7−12 由緒正しいお家
「何よ、あれ……!」
妙に気になる捨て台詞を残して、ミアレットが去った後の廊下で。上級生と思しき令嬢の一団が、ギリギリと歯を食いしばっている。しかしながら、彼女が指摘した「既に嫌われていますよ」の一節を妙に否定できないものだから、悔しい以前に、彼女達は焦り始めてもいた。
……何を隠そう、「嘘おっしゃいお嬢様」ことモリリンは歴史だけしか残されていない貧乏貴族の出身だったりする。魔力適性こそ獲得できたものの……生家は時代の波に乗り遅れ、生き残り戦術に失敗し、お家が傾きつつあるのだ。そんな事情もあり、歴史も血筋も確かな王子様との縁談は願ってもないチャンス。何がなんでもお近づきにならなければと、彼女の鼻息は荒々しい。
もちろん、そこには彼女の親御さん達の息もかかっているのだが。ご本人様も、親御さんも。……魔術師として立身出世した方が手堅い事に気づけない時点で、お察しであろう。
「このままでは、ナルシェラ様の隣を確保できませんわ……!」
因みに、この一団の中では伯爵家出身のモリリンの家格が一番高い。そのため、第一王子……つまりは、ナルシェラの婚約者の座はモリリンに譲ることについては、取り巻き達の中で決定事項であるものの。非常に都合が良いことに、ローヴェルズの王子様は2人もいる。第一王子の隣を譲ったとて、第二王子の隣でも貴族としてはかなりの旨みがある。なので、モリリンを持ち上げるついでに、ディアメロとの仲を取り持ってもらおうという打算が、彼女達の中にはあるのだ。
「どうしますの、モリリン様」
「まずはあの平民を排除しない事には、王子様達に近づくことさえ、ままなりませんわ」
排除したところで、嫌われている現実は変わらないだろうに。ミアレットの忠告をサラリと聞き流した彼女達は、(落ちぶれていても)貴族であるという矜持を武器に、王子様達との縁を強引に結ぼうとしている。その強硬手段が王子様達に何よりも嫌われる悪手だなんぞ、想像すらできないのだった。
「……決闘会を企画しましょう。そうすれば、平民を潰すと同時に、ナルシェラ様に私の実力を示せるではありませんか」
「なるほど! それであれば、あの平民に目にモノを見せてやれますわね!」
「なにせ、モリリン様は中級クラスへ昇進遊ばした実力者ですもの!」
「その通りよ。訓練と称して、叩き潰せばいいのですわ」
魔法学園の分校では生徒同士の私闘は禁止されていたが、それは表向きは本校も変わらない……と見せかけて、実は抜け道があったりする。執行部宛にそれらしい企画書を提出し、訓練の一環と認められれば、特定の生徒を名指しにできないにしても、共同訓練と称して決闘の舞台を整える事はできる。
「それでなくとも、ナルシェラ様のパートナーになるには、最も実力があることを示さなければなりませんわ。所詮、平民は場違いである事を教えて差し上げれば、ナルシェラ様達の目も覚めるはず」
「そうですわよね! それに、私達には魔法武器もありますわ!」
「ふふ……そうでしたわね。新学期に折角、魔法武器を誂えて頂いたのですもの。こちらも存分に使わせていただかなくては」
彼女達の魔法武器は、クラス講義の一環でハーヴェンが上級生達に用意した逸品である。一部のクラス昇進の条件に武器の習熟度も絡むとなれば、実戦で使わないにしても、練習用の武器があった方がモチベーションは上がると、ハーヴェンは判断したのだろう。それがまさか……こんな風に下級生を虐めるために使われるだなんて、夢にも思っていないに違いない。
***
「あぁ、それ……きっと、モリリン様だと思うわ」
「モリリン?」
モンロー? と、思わず心の中で呟いてしまったミアレットの内部事情はさておき。共に午前中の授業を乗り切ったエルシャによれば、彼女はモンローではなく、モリリン・ファラードという、それはそれは由緒正しいお家柄のお嬢様ではないかとのことだったが。
「ファラード家って、今は落ちぶれているみたいで。元々は、ファヴィリオ家と同じように、王様から領地経営を命令されてて……あっ、そうそう。確か、魔法道具の開発が得意なお家だったはず」
「なるほど……だから、今は落ちぶれているのね……。魔力崩壊前はよかったんだろうけど。魔力崩壊後に魔法道具で食っていくのは、難しい気がするわぁ……」
かと言って、霊樹戦役後に息を吹き返せたかと言えば、そうでもなく。ファラード家も魔力適性こそ取り戻したようだが、復興時期の波に乗り遅れてしまったのだろう。それでなくとも、現代の魔法道具事情は魔法学園にも研究機関があったり、精巧な魔法道具を作ってしまう悪魔様がいたりと、人間が簡単に食い込める分野ではなくなっている。
「それにしても、バカバカしいわ。お家なんか、なくなってしまえば、いっそ楽なのにね」
「いや、アンジェ……それは極端過ぎない?」
途中から話を聞いていたらしいアンジェが、突き抜けた事を言い出すので、隣からランドルがすかさずツッコむ。しかし、アンジェの言い分も一理あるかもしれないと、片やミアレットは思ってしまった。
(由緒正しいお家に生まれると、貴族ならではの苦労もついて回るものなのね……。アンジェじゃないけど、確かにない方がラクかもしれないわぁ)
【登場人物紹介】
・モリリン・ファラード(炎属性)
オフィーリア魔法学園本校に通う生徒。19歳。
斜陽のローヴェルズ貴族・ファラード伯爵家出身。
生家のファラード家に目立った功績があるわけでもなく、領地経営も上手くいっていない事もあり、爵位とプライドはあれど貴族らしからぬ質素な生活を余儀なくされてきた。
モリリン本人は高い魔力適性を持ち得ていたことで、魔法学園本校へと登学を許されている優等生ではあったが。
……王子様の登場で、ファラード家復権へと全力で舵を切ってしまった模様。




