7−11 講義の方が大事なんで
明くる日。いつも通りにナルシェラとディアメロと一緒に魔法学園へ登校した後、講堂に赴くミアレットであったが。エントランスから伸びる廊下で、女子の群れに進路を阻まれる。その顔ぶれに、ナルシェラに「嘘おっしゃい」返しされていたお嬢様が紛れているのも認めては、ミアレットは内心で「まーた、面倒な事になったわぁ」とボヤいていた。
「えーと……もうすぐ、講義が始まりますけど……」
「そんな事、どうでも良くってよ! 今日はあなたに大事な忠告をして差し上げるため、待っておりましたの!」
「あっ、そういうのいいです。どうせ、ナルシェラ様達に近づくなー……とか。身分を弁えろー……とか。的外れなご忠告でしょうし。それよりも、講義の方が大事なんで」
「なんですって⁉︎」
なんですって……じゃ、ないでしょうに。ここは魔法学園、つまりは魔法を勉強するための場所である。恋愛よりもお勉強を優先するのは、生徒の態度としても真っ当なはず。ミアレットは何も、間違ったことは言っていない。
(あぁ、マジでメンドいわぁ。本当にピーチクパーチクと、よくここまで喋れるなぁ……)
どうやら、「嘘おっしゃいお嬢様」は一団の中でも偉いお貴族様のようで。彼女をこき下ろされて、黙っていられないとばかりに……取り巻き達もお嬢様に続け放てと、捲し立てるように口撃を仕掛けてくる。
「ちょっと成績がいいからって、調子に乗って!」
「うーん、特に調子に乗っているつもりはないですけど……。あっ、あれですか? 皆様的には、自分より成績がいい相手は全員調子に乗っている認識になるんです?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ほ、ほら! 大体、平民のクセに生意気なのよ! どうして、本校にいるのよ⁉︎」
「ちゃんと登学試験は突破しましたよ? 実力を疑われているんでしたら、副学園長先生に確認します? アケーディア先生だったら、公平な意見をくれると思いますし」
「あなたなんかが、副学園長先生に相談なんてできるはずないじゃない!」
「できますよ? 私の護衛にとカテドナさんを紹介してくれたのも、副学園長先生ですもの。だから、カテドナさん経由で相談も可能かと……」
「うぐっ……」
「な、なんですの、こいつ……!」
だが、しかし。ミアレットはただ虐められるだけのか弱い下級生ではなかった。次から次へと浴びせられる意地悪に冷静な返答をしては、逆に彼女達に「ご忠告」を差し上げる始末である。
「えーと、1つ言っておきますけど。私は王妃様の座は狙っていませんよ? ナルシェラ様達には、ちょっとしたご縁があって気に入られているだけですし……。ただ、なんとなくですけど……皆さんはナルシェラ様達が苦手なタイプじゃないかなぁ……」
「そんなはず、ないわ! だって、私達はこんなにも美しくて、実力もありますもの!」
「そうよ、そうよ! 平民の下級生とは、出来も身分も違うの!」
「その自信、どこから来るんでしょう……? 多分、その自信は逆効果だと思いますよ。完璧に元婚約者のステフィアさんと雰囲気一緒ですし。ナルシェラ様が顔も見たくないとか言っていた相手に似ているだなんて、わざと嫌われに行っているとしか思えないです……」
現に嫌われてますよ、既に。まぁ、皆様の顔が似たり寄ったりで、王子様は誰が誰かまでは覚えていないみたいですけど。
ミアレットはちょっとした捨て台詞を吐きながら、呆気に取られているお嬢様達の輪から脱出せしめて、ようやく講堂内にたどり着く。しかし……無事に席に着いたとて、妙な事になったと早々に肩を落とした。
(あぁぁぁ……どうしたら、平穏に魔法の勉強ができるのかなぁ……)
王子様が学園に通い始め、変な噂が立ってからというもの。ミアレットの周囲は良くない方向へ騒がしくなりつつある。お嬢様達のヘイトも無駄に買っているようだし、本格的に対策を考えた方が良さそうだ。それに……。
(多分、この程度じゃ済まないんだろうなぁ……。直接的な嫌がらせはまだないにしても……事あるごとにお喋りに巻き込まれるのは、勘弁して欲しいんですけどぉ……!)
王子様達はミアレットと時間を共有することを望んでいるが、彼らがミアレットに傾倒すればする程、学園生活は居心地が悪いものへと変わっていく。もちろん、元凶の王子様達はとってもいい子だ。根本的には善人な彼らのこと、お願いすれば真剣にミアレットの困り事について考えてくれるに違いない。
(でも、王子様達に離れてって言えば、アケーディア先生に相談しそうなのよね。そうなったら、お嬢様達が退学になっちゃうかも)
そう。ミアレットは望まない方向で、お嬢様達がお仕置きされないかが心配なのである。
何せ、今のアケーディアはプリンス兄弟の経過観察に夢中も夢中。グラディウス帰りでデミエレメントまで昇華しているナルシェラに、ミルナエトロラベンダーの精油で魔力を取り戻し始めているディアメロ。兄弟揃ってレアケースな上に、着実に訓練の成果も見えているともなれば……彼らは垂涎モノの研究対象であろう。
そんな彼らが、ミアレットのために学園を離れるとなったら。何かにつけ極端なアケーディアは、元凶の方こそを排除してくるかも知れないのだ。
(それに……ディアメロ様はアケーディア先生の性格も、何故かよく知っているんだわぁ)
ヴァルムートに対して、「副学園長先生にも掛け合って、お前を退学にしてもらう」と脅迫めいた事を言っていたが。これはディアメロが自分の価値と、アケーディアの気質とをよく理解しているが故に成立する台詞だ。それでなくても、ディアメロはナルシェラと比較しても、やや強引で排他的な部分がある。ミアレットの学園生活を脅かすともなったらば、自分が持てる最大限の切り札……アケーディアというジョーカーをもアッサリと切るだろう。




