7−9 誰かに仕えることは人生そのもの
キュラータの質問にストレートに答えて良いものか……ハーヴェンはまたも、悩んでしまうものの。キュラータの真剣な眼差しを前にしては、「知りません」と言える雰囲気でもなさそうか。
(それに……キュラータさんの記憶には、クージェのこと以外に、グラディウス側の秘密も紛れているかも知れないし……無理させない程度であれば、思い出探しを手伝うのはアリか)
それでなくとも、キュラータは既に活動に支障が出るレベルの頭痛で苦しんでいた。頭痛を緩和させるためにも、予備知識として説明する分にはいいかと、割り切り。あくまで「悪魔のメカニズム」の話だと、前置きを入れつつ……ハーヴェンは悪魔の記憶喪失について、参考事例としての答えを示す。
「まず、前提として。……俺が知っているのは、ヨルムツリー側の通例であって、グラディウス側の通例じゃない。キュラータさんの状況を聞いている限りだと、記憶の在り方については悪魔のそれに近いとは思うが……完全一致ではない部分もあるだろうから、参考程度で聞いてくれよ?」
「承知しました。……そうですね。前提が異なることは、きちんと把握しておくべきでしょう」
なるほど、キュラータは非常に冷静だ。頭痛がぶり返している様子もない。この調子であれば、踏み込んだ内容に話が及んでも問題ないか……と、ハーヴェンは思いつつ、「悪魔の前提」を説明し始める。と、その前に。
「……イグノ君はどうする? この話、ちょっと長くなる上に、中身も難しくなりそうなんだが……」
「うーん……それって、あれか? 調査とか、リュシアンの事とかに関わってくる? だったら、ちょっと興味はあるんだけどな。でも、腹が減ったなぁ……」
「アハハ、それもそうだよな。それじゃ……」
「そうですね。……イグノ様に夕食をしていただきながらにしましょうか。少々お行儀が悪いですが、ゲストルームのテーブルで晩餐と洒落込むのも、一興かと」
持ち前の執事らしさを発揮して、キュラータが自分が寝かされていた部屋へとハーヴェンとイグノを招き入れる。彼らの話では、本当は日帰りでの調査の予定だったそうだが、あいにくと進捗が芳しくないそうで。このまま一泊になりそうだと、ハーヴェンは少しばかり肩を落とした。
「それで、先程の渋いお顔だったのですか」
「そうなんだよ。本人のショックが大きいのと同時に、深魔になった前の記憶がどうも曖昧で。結局、フィステラさんが深魔になった原因が分からないままなんだ」
そう話しながらも、ハーヴェンとキュラータは給仕の手を休めずに、イグノに「ちょっとした晩餐」を提供し始める。ハーヴェンが「出来合いのもので悪いんだけど」と言いつつ、寸胴鍋ごと取り出したのはコク深いブラウンのビーフシチューと、やや大ぶりなブール。なんでも、いつお嫁さんが空腹で暴走してもいいように、スープの類とパンは切らさずストックしているそうで。中でも、ビーフシチューはかの大天使様お気に入りの一品なのだとか。
「えっと……俺がもらっても大丈夫なのか? 幼女ちゃん、怒らせると怖いんだろ?」
「うん、大丈夫。今夜は帰れないかもってメッセージは飛ばしてあるし、ちゃんと夕飯は用意してあるし。……まぁ、ちょっとご機嫌斜めになっているかも知れないが。帰ったらデザートを作るから、問題ないさ」
「ハーヴェン、本当に尻に敷かれてるんだな……。仕事もして、料理もして……。そんなに働いて、ぶっ倒れたりしないの?」
「ハハ……お尻に敷かれるのも、料理するのも、俺の趣味だから。……そこは気にしないでくれ」
イグノの正直なご心配に、またも頭を掻いてしまうハーヴェンだったが。イグノがこんな風に人の心配をできるようになるなんてと、内心ではほっこりしていたりする。いつかの力試しの時に「攻撃魔法を避けられない方が悪い!」なんて、自分勝手な事を言っていた彼からしてみれば……大きな進歩だろう。
「にしても……うっめ! マジで美味いんだけど、このシチュー! 俺、こんなに美味いメシ、初めてかも……!」
「そか? うんうん、それは何より。気に入っていただけて、シェフは大満足だぞ〜」
「でしたらば、イグノ様。お飲み物は、こちらのレモンスカッシュはいかがでしょうか? 肉料理にはサッパリしたお飲み物が良いかと」
「あっ、是非是非! くぅぅぅ〜! こっちも沁みるぜ……! やっぱ、一仕事した後のメシは美味いな!」
ハーヴェンやキュラータは魔力さえあれば活動ができる魔法生命体とあって、基本的に食事は必要としない。なので、夕食はイグノの分だけで良いのだが……それでも、使用人としての立ちる振る舞いが骨の髄まで染み付いているキュラータは何かと、細かい事にも神経が回るタチのようで。抜かりなく自前のティーセットを呼び出すと、今度は洗練された所作でハーヴェンに紅茶を淹れ始めた。
「ハーヴェン様にはこちらを」
「いや、俺までもてなしてくれなくてもいいんだけど……。まぁ、そうだな。うん、ここはありがたくいただいておくよ。……キュラータさんはどうも、お茶を出さないと落ち着かないようだから」
「その通りです。先程の夢の中で辛うじて、生前から執事であったことは思い出しまして。誰かに仕えることは人生そのものだったと申しても、過言ではないでしょう。ですので、つい……」
一点の曇りもない茶器から立ち上る湯気は、白磁の中で波打つ美しい琥珀色がいかに完璧に淹れられたかを、惜しげもない香りで示してくる。ティーカップを受け取った瞬間に、何気なく淹れられた紅茶の完成度を理解すると同時に、彼の従僕具合は相当の筋金入りだと、ハーヴェンは舌を巻いていた。
「キュラータさん。1つ、確認だが」
「えぇ、なんなりと」
自身も料理人である手前、ハーヴェンはお茶やコーヒーの淹れ方も熟知している。だからこそ、キュラータが差し出してきた紅茶の完成度も理解できるのだが……彼の淀みない手際に、ハーヴェンはある疑念を深くしていた。
「……この紅茶の淹れ方は、さっきのお休み以前からできてたことか? それとも、思い出したことか? 香味と水色といい。この紅茶は淹れ方をマスターしている奴じゃないと、出すのが難しい一杯な気がするが」
「お褒めいただき、光栄ですね。この一連の所作は、ルエル様にお仕えする以前からできていた事でして。そうですね……強いて言えば、グラディウスの庭で覚醒してからすぐに思い出させられた……が正しいでしょうか」
「思い出させられた?」
「左様です。……グラディウスの神は、作り出した眷属全てに使用人としての役割を持たせていました。どうやら、彼には我らに面倒を見させたい相手がいたようです」
「その相手、キュラータさんは知っているのか?」
紅茶で口元を湿らせながら、ハーヴェンが問いかけるが。「いえ、残念ながら」とキュラータは首を振る。それでも、ヒントに覚えがあるかも知れないと……目を眇めて、何かを懐かしむ遠い眼差しを虚空へと伸ばす。
「私は元幹部クラスと言えど、そこまでは知らされていません。ですが……それに通じる記憶はありそうな気がします」
「お?」
「……以前、私には探し人がいると申していましたが。どうやら、その探し人は我が姉だったようです。ですが、彼女の死に際も含めて……少しばかり、不自然な部分がありましてね。ご主人様だったリュシアン坊っちゃまの隠し事も含めて、調べ尽くし……姉の最期を思い出したいのです」
「そうか……って、えぇッ⁉︎ キュラータさん、あのリュシアンの執事さんだったのか⁉︎」
「その通りではありますが……そんなに驚かなくても、よろしいのでは……? しかしながら、先程話題に上がっていた執事は姉の方ですがね」
「……へっ?」
間抜けな声を上げるハーヴェンを前に、さもおかしいとクツクツと肩を揺らすキュラータ。そうして、改めて「思い出した事」をハーヴェンやイグノに語って聞かせるが。彼の口から紡がれるのは、確かに薄幸でありながらも……後ろ暗い余韻を残すリュシアンの姿だった。




