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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第7章】思い出の残り火
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7−5 不老不死は罪の形

 こっちの騎士も素敵……! あぁ、こちらは鎧姿が逞しいわ……!

 キャビネットの前で熱に浮かされたように呟くルエルは、彼女の周囲だけに展開されている別空間へ行ってしまわれたらしい。ハーヴェンとイグノが「なんだかなぁ」と頭を掻きつつ、呆れているが。ハーヴェンもリュシアンの身の上には興味があるようで、イグノに「ある意味で当然の質問」を重ねている。


「執事さんの直談判の結果、リュシアンは当主になれたんだよな? だとすると、叔父さん達はどうなったんだろう?」

「うーん……。叔父一家が結局どうなったかは、俺も知らないかも。多分、屋敷から叩き出されたんだろうけど」


 イグノもそこまでは知らなかったらしい。ハーヴェンに何故か申し訳なさそうに、眉根を下げた。


(叔父一家はリュシアン坊っちゃまに屋敷を叩き出され、自分達の元屋敷に帰ったはいいものの、生活が立ち行かずに……おや? どうして、私がそれを知っているのでしょう……?)


 イグノの話では、例の執事は悲願を達成した後に命を散らしたことになっている。それに関しては、キュラータも朧げながらも、事実と認識している次第ではあるが。もし仮に、キュラータがその執事であったのなら。……どうして、死んだ後の事も知っているのだろう。


(私は、誰だった……? 使用人であったことは、間違いなさそうですが……。私は、リュシアン坊っちゃまを……?)


 恨んでいた。憎んでいた。彼さえいなければ、彼女は……。


(彼女……? 彼女は、リュシアン坊っちゃまのせいで……?)


 混濁する記憶の中で不穏に囁くのは、明らかに後ろ暗い怨嗟。リュシアンを「坊っちゃま」と、親愛を込めて呼んでいた記憶はありつつも……どうもその限りではない、黒い感情がムクムクとキュラータの心を染めていく。


「……グッ⁉︎」

「キュラータさん、どうした? 顔色が悪いようだが……」

「だ、大丈夫……です。少しばかり、嫌なことを思い出しかけたようで……」

「嫌なこと……?」


 思い出しかけたという言葉尻に、他人事ではない感傷を嗅ぎ取ったのだろう。ハーヴェンが「そういう時は、無理をせずに深呼吸を」と、キュラータの背中をゆっくりと摩る。


「そう、ゆっくり……ゆっくりでいい。こういう時に無理をすると、心が壊れちまう事もあるから」

「そうなのですか……?」

「うん。運が悪いと、そうなるな。……キュラータさんと悪魔の原理を一緒にしていいのかは、分からないけれど。俺も悪魔に闇堕ちした直後は、記憶喪失になっててな。それで、何かを思い出しそうになる度に、頭痛に苦しめられていた」


 ハーヴェンは上級悪魔であると同時に、「追憶越え」の悪魔でもある。追憶越え……それは「追憶の試練」を達成して、生前の記憶を細部に至るまで丸ごと取り戻した上級悪魔を指すが、この「追憶の試練」の成功率が非常に低い事もあり、追憶越えの悪魔は3000年程の歴史を誇る魔界であろうとも、指折り数える程度しか出現していない。

 そんな「追憶の試練」を乗り越えたハーヴェンにしてみれば、キュラータの体調不良に思い当たる事があり過ぎると同時に、自分とキュラータの境遇が似て非なることにも気付いて……さて、どうしたものかと嘆息する。


(キュラータさんには親の悪魔はいないからなぁ……。悪魔基準で適当なことを言って、いいもんだろうか)


 キュラータの頭痛の原因はそれとなく理解できるものの、彼は純粋な悪魔ではないため、解決方法が悪魔のそれと同一かどうかをハーヴェンには判断することができない。彼が悪魔であり、彼にも親……つまりは真祖の悪魔が存在しているのならば。助言や助力を乞う事もできるだろうし、記憶を取り戻した後のフォローもある程度は望めるだろう。

 記憶を取り戻すという事は、辛いことや悲しいこと……更には後ろ暗いことや、自分の罪なども思い出してしまうという事である。本来であれば死をもって雪がれるはずの禍根が転生してしまったがために、忘れたくても忘れられない状況が続くともなれば。寿命のない彼らは、今度は取り戻してしまった記憶に未来永劫苛まれることになる。


(まぁ……俺はベルセブブがおちゃらけてたお陰で、あまりクヨクヨせずに済んだ部分もあったけど。キュラータさんのこれは、ちょっと根深そうだし……このまま記憶を取り戻して、大丈夫なんだろうか)


 ……不老不死は罪の形。不老不死だからとて、何も考えずに面白おかしく暮らしていける程、悪魔達は杜撰な作りをしていない。彼らは記憶に対して驚くほどに繊細で、驚くほどに脆弱なのだ。それが故に、真祖の悪魔達は配下の記憶の在り方にそれとなく神経を注ぎ、必要があれば手助けする事もある。彼らとて、配下……ましてや、貴重な上級悪魔が記憶のせいで壊れていくのを、指を咥えて見つめているつもりはないらしい。


「なぁ、ハーヴェン。キュラータさん、大丈夫なのか? めっちゃ苦しそうだけど」

「……あまり大丈夫じゃないかもな。少し休んだ方がいいだろう」


 ハーヴェンが悪魔と記憶の関係性に思いを巡らせていると、花騎士にはしゃいでいる場合ではないと、イグノも気づいた様子。いかにも心配そうにキュラータを見つめては、「これはガチャ爆死した時の痛みだ……」と、ちょっぴり訳の分からない事を呟いている。一方……肝心のルエルはまだ、別のお熱が冷めないようだが。天使は記憶喪失に関しても完全に戦力外だと判断し、ハーヴェンはルエルの背中に生温かい視線を向けつつ、キュラータをソファへと誘導した。


「キュラータさん、氷嚢とかいる? 氷でよければ、いくらでも出せるけど」

「申し訳ありません……お願いしてもいいでしょうか?」


 永久凍土の悪魔は伊達ではないとばかりに、ハーヴェンは手元の空気を急激に冷却させると、ちょうどいいサイズの氷のブロックを作り出す。そうして作り出されて頼りなさげに浮かぶ氷の下に、イグノがしっかりとタオルを差し出していた。


「サンキュー、イグノ君。イグノ君はなんだかんだで、気が利くな〜」

「ま、それ程でもあるかな。ほらほら、キュラータさんはサッサと横になれよ。無理して起きてると、辛いと思うし。爆死の後は、寝ちまうのが一番だ」

「私は爆死? とやらは、しておりませんが……いずれにしても、お言葉に甘えさせていただきましょう。……ありがとうございます」


 イグノが口走った謎キーワードに反応する余裕はあるらしい。その様子に、ハーヴェンはほんのり安心してしまうものの。横になった途端、機能停止をしたかのように眠り始めたキュラータを見届けて……彼の記憶にまつわる何かがこの部屋にあったのだろうと、尚も考えてしまう。


(キュラータさんが頭を抱え出したのは、リュシアンの話が出てからだった気がするが……。もしかして……?)

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― 新着の感想 ―
イグノ君、最近いいやつになってきてる気がする。 序盤はめっちゃヤな奴路線まっしぐらだったのに!笑 ハーヴェン先生とマモン先生のおかげですね。 キュラータさん、ここで記憶の断片が出てくることに何か意味が…
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