7−4 薄幸の花騎士・リュシアン
「なぁ、ハーヴェン。……折角助けたのに、やっぱり処刑されるの? それじゃ助けた意味、意味なくない?」
フィステラの処遇に思うことがあるのか、ハーヴェンとルエルの会話に参加してきたのは、赤髪の少年。歳はミアレットと同じくらい、制服を着ているのを見ても……彼もどうやら、魔法学園の生徒のようだが。
「そうだよなぁ。イグノ君も、頑張ったのになぁ。……でも、こればっかりは俺達が口を挟めることでもないんだよ。俺達の仕事はあくまで、深魔の調伏・討伐まで。助けた後の身分の保証までは、管轄外なんだ」
「そっか。……ただ、この部屋を見てるとさ。なんか、やるせない気分になるんだよなぁ」
「お?」
イグノと呼ばれた少年は、何やら相当に気になることがある様子。フィステラの部屋に何気なく置かれているキャビネットを指し示しては、悲しそうにため息をつく。
「ここの王妃様、これを集めるのに苦労したんじゃないかなぁ。これ、月刊・騎士道のおまけフィギュアだよな……」
「月刊・騎士道……?」
「うん。クージェで読まれてる、雑誌でさ。俺の実家でも、養父が集めてたからよく知ってる。歴代の騎士や、有名な戦士を象った人形なんだけど。意外と出来がいいとかで、こっち目当てで買っている人間が多いし……コレクターもいるって聞いてたな」
「へぇ……そんなものがあるんだな」
どれどれとハーヴェンやルエルもキャビネットを覗き込めば。そこには確かに、騎士服や鎧姿の人形達がピシリと整列していた。
「俺もこういうの、よく分かるし……ここまで集めたのに、お別れとか。悔しいだろうなぁって、ちょっと同情しちゃうな」
「……」
イグノのため息で、キャビネットのガラスが僅かに曇る。そうして明らかに元気がない少年の頭を、「仕方ないさ」と撫でようとするハーヴェンだったが……すぐさま、イグノが頓狂な声を上げるものだから、思わず手を引っ込めた。
「うぉぉぉッ⁉︎ ちょっと待て! ここにいるの、花騎士シリーズのリュシアンじゃねぇ⁉︎」
「は、花騎士シリーズにリュシアン……? イグノ君、もしかして……貴重品なのか、それ」
「あぁ! 薄幸の花騎士・リュシアン! 確か、これが付録になってた号が配送事故に巻き込まれたとかで、関係者しか持ってない超貴重品なんだよ!」
「そ、そうか……」
先程までの落ち込みはどこへやら。興奮しだしたイグノは「スゲェ!」やら「やっぱ、リュシアンは格好いいな!」と口走っている。彼の勢いに、ハーヴェンもタジタジだ。
(リュシアン……? そのお名前、どこかで……)
他の3人がキャビネットを熱心に眺めている一方、キュラータはいつになくズキズキと痛む額を抑えていた。薄幸の花騎士・リュシアン。彼がそう呼ばれているのには、確か……。
「ところで、イグノ君。……このリュシアンはどうして、薄幸などと言われているのかしら? きっと理由があるのよね?」
「よくぞ聞いてくれました、ルエルさん! リュシアンは元々、ファニア公爵家の正式な跡取りだったんだけど……子供の時に両親が馬車の事故で亡くなって、すぐに家督を継げなかったらしいんだ。そんで、乗り込んできた叔父夫婦と娘達に虐められ……本当は公爵家当主のはずなのに、屋根裏部屋に追いやられていたんだとか」
「なるほど。それは確かに、薄幸と呼ぶに相応しい境遇ですわね……」
そうだ。なぜか、その話はよく知っている。
リュシアンは後見人だと乗り込んできた叔父一家に蔑ろにされ、食事も粗末なものしか与えられなくなり……しかも男児なのに、下手な女性よりも美しいのがいけなかったのだろう。叔母や従姉妹達からはあらぬ嫉妬を受け、事あるごとに鞭を振るわれていた。
(それでも……リュシアン坊っちゃまは、負けなかった……)
イグノの解説を頭の中で思い出を補填しながら、キュラータはようやく「坊っちゃま」の正体に辿り着く。
リュシアン・ファニア。両親の死亡や叔父一家の横暴にも負けず、副将軍にまで上り詰めた美貌の騎士。だが、彼が公爵家当主に返り咲くためには、尊い犠牲があったのも事実で……。
「でも、ここにいるって事は……このリュシアンさんは、最終的には騎士になったんだよな? 話を聞いている限りだと、リュシアンさんが大人になっても、叔父一家が家督を譲るようには思えないが……」
「その通りだよ、ハーヴェン。でも……リュシアンさんには、とっても優秀で、忠誠心バッチリの執事がいたみたいでさ。他の使用人が叔父一家に媚びる中で、リュシアンの味方であり続けたんだ。きっと、執事の方もどうにかせにゃいかんと、思ったんだろうな。執事は命と引き換えに、帝王にリュシアンさんの現状を訴えたとか……」
リュシアンが生きた時代は、およそ100年前。丁度、霊樹戦役直後の復興期に該当する。そして、魔力適性の目覚めがあるかどうかが、貴族の明暗を分け初めた時代でもあった。
そんな中……魔力を回復しつつある貴族が増える一方で、自身の目覚めが遅れていた帝王の警戒心は相当だったらしい。一時的とは言え、帝王への直訴(つまりは帝国城への不法侵入)はいかなる理由があろうとも、危険行為・簒奪行為とみなされ、その場で切り捨てられても文句は言えない状況に陥っていた。にも関わらず、かの執事は傷だらけになりながらも叔父一家の不当な所業を帝王に訴え、念願叶うと同時に息を引き取ったとされている。
「まぁ……! なんて、お可哀想な事でしょう……! そう、その執事さんのおかげで、リュシアンは負けずにいられたのですね……!」
「う、うん……。多分……。まぁ、騎士になれたのは、本人の才能もあると思うけど……」
どうやら、ルエルは意外と涙脆いらしい。いつの間にか純白のレースで縁取られたハンカチ片手に、オヨヨと涙を流している。人目を憚らず滂沱の涙を流すルエルを横目に、イグノとハーヴェンは顔を見合わせるが。イグノは更に何かを思い出したようで、興奮冷めやらぬと尚も人形の解説を続ける。
「あっ、因みにさ。この花騎士シリーズってのは、イケメン騎士特集の付録の事で。全部で7人いるんだけど、リュシアンは、中でもめっちゃ人気があるんだよ」
「そうなんだ。ヒィ、フゥ、ミィ……おっ。ここにもちゃんと、7人いるな。なるほど、なるほど。確かに、他の人形よりも一際華やかに見えるし、美男揃いだな」
「イケメンですって⁉︎」
「あっ、う、うん……」
イグノとハーヴェンの間にグイグイと割り込み、今一度、キャビネットの中をまじまじと見つめ始めるルエル。涙も超高速で乾かしたかと思えば、「確かにイケメン揃いですわね……!」と鼻息を荒げている。
「……ハーヴェン。ルエルさんって、天使様……なんだよな?」
「うん、そうだな……」
「もしかして、面食いだったりする?」
「もしかしなくても、天使様達は基本的に面食いのイケメン好きだ。イグノ君も、ロックオンされないように気をつけろよ。……場合によっては、プライベートも丸裸にされる勢いで、ストーキングされるから」
「お、おぅ……」
きっと、「薄幸のリュシアン」というキャッチコピーによって、余計に妄想が捗るのだろう。キャビネットの前を堂々と陣取り、興奮している天使様は……とてもではないが、清らかな乙女とは程遠いのだった。
【登場人物紹介】
・リュシアン・ファニア(水属性)
霊樹戦役直後の時代に、早い段階から魔力適性を再獲得していたファニア公爵家出身の騎士。没年57歳。
5歳の時に馬車の事故で当主であった父を含む両親、彼らに同行していた主要な使用人を喪っており、後見人に据えられた叔父一家が乗り込んできてからと言うもの、苛烈な冷遇を強いられることとなる。
専属執事の献身の結果、魔力適性を取り戻していた貴族としての素質もあり、弱冠13歳の異例の早さで公爵家当主として家督を継承、叔父一家を放逐。
その後は順調に武功を積み重ねる中で妻子にも恵まれ、穏やかな日々を過ごしていたと伝えられる。




