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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第7章】思い出の残り火
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7−3 皮肉な結果を残す悪魔の所業

「やはり、ヴァルムート公の失踪には不可解な点がありますね」


 ガラが孤軍奮闘に戦々恐々としている、一方で。王妃レースの被弾を回避せしめたキュラータは、ルエルと一緒に「深魔発生の事故現場」を訪れていた。

 目の前に広がるのは、何をどうやったらここまで壊れるのかと言いたくなるような、木っ端微塵の惨状。頑丈な鉄格子は無論のこと、クージェ自慢の鋼鉄の壁も縦横無尽に凹み、既に牢としての原型を留めていない。しかも、当事者のフィステラが繋がれていた牢の他に、アルネラが囚われていた4つ隣の牢まで破壊し尽くされているのだから……深魔は相当に暴れたと見える。


「確かにね。アルネラ将軍がいなくなっているのは、まぁ……巻き込まれた可能性を考えれば、不自然ではないにしても。フレアムならともかく、ヴァルムートの方がわざわざフィステラに近づくかしら?」

「どうでしょうねぇ。あの陰気な性格ですから、嫌味の1つや2つ、言いに行ったのかも知れませんが。……自身も落ちこぼれだと判明した手前、逆に嫌味を浴びせられる可能性もありますし。狡猾な彼が近づくとは、考え難い。ですので……」

「あぁ、そうね。その方が自然ですわね。……ヴァルムートは改めて攫われたと、おっしゃりたいのでしょ?」


 ヴァルムートに対する印象が良くないらしく、キュラータは澄まし顔を装いながらも、辛辣な悪口を並べに並べ立てる。そんな彼の大人気ない様子に、「仕方のない子ね」と思いつつも……ルエルは否定もせず、フフと口元で微笑んだ。


「あなたのそういう人間臭い所、嫌いじゃなくてよ。ですけど、ここで2人で喋っていても、埒が明かないわ。とりあえず……調査担当者にも話を伺いに行きましょうか」

「調査担当者……あぁ。彼にはいつぞやの時に、私もお世話になりましたっけねぇ……」


 手元のレポートを見つめながら、キュラータは思わず遠い目をしてしまう。

 調査担当者の欄には「ハーヴェン」としっかり記載されており、かの御仁が大物悪魔であることを身を以て知っているキュラータにしてみれば、レポートにある「調伏成功」も納得の内容だった。


「流石は凄腕の特殊祓魔師と言ったところでしょうか。調伏成功ということは、大元のフィステラは無事なのでしょう?」

「えぇ、そうね。協力者がいない中で、よく無傷で彼女を生かしてくれたと思うけれど。でも、フィステラは遅かれ早かれ、処刑確定なのよねぇ。助かったところで、どうせ死ぬ運命なのだし……却って、気の毒だったかしら?」


 なお、当のハーヴェンはフィステラが重罪人であることも、処刑確実と目されていることも知っていたようだが。助けられる命は助けちゃうのが、慈悲深いようでいて、皮肉な結果を残す悪魔の所業というもので。彼には特段、悪意も他意もない。


「ハーヴェン様、いらっしゃいますか?」


 ルエルが声をかけつつ、ハーヴェンがいるらしいフィステラの元私室に踏み込めば。腕を組んで難しそうな顔をしているハーヴェンと、赤毛の少年が話し込んでいる姿が目に入る。


「おっ、久しぶりだな。ルエルさんに……えっと、キュラータさんだったけ?」

「お久しぶりです、ハーヴェン様。先日の調伏について、確認したいことがあり、お伺いしましたわ」


 ハーヴェンに一方的にやり込められたキュラータにしてみれば、やや肩身が狭い気もするけれど。大物悪魔は過ぎた事にはあまり頓着するタイプではないようで、人懐っこい笑顔を見せながら、気さくにルエルに応じる。


「もちろん、分かる範囲で答えるよ。どんな事が気になった?」

「ハーヴェン様はアルネラとヴァルムートの遺体などを見かけませんでした? 例えば、心迷宮内でとか……」

「いや。少なくとも、フィステラさんの心迷宮には他人の記憶がでしゃばっている様子はなかった。途中、性質変化を挟んだ階層もあったが……最後まで迷宮性質が変わらなかったことを考えても、今回の深魔はシングルだ。他に食い散らかした相手はなかったと見ていい」


 ハーヴェンの言う「シングル」とは、ターゲットの深魔が単一の対象者から生み出されたと言う意味である。しかし一方で、本当に稀ではあるが……魔禍の大元になった対象者に共通の「悪意を向けている相手」がおり、恨み(逆恨みも含む)を晴らすべく結合してしまう事がある。そして、これらの結合を経た深魔のことを「マルチプル」と呼び習わしており、並みの特殊祓魔師では対応できない難物として認識されている。


「勢いで調伏することになったから、前情報もなかったし……結局はシングルで助かったんだけど。……これがマルチプルだったら、応援を要請しなければならないところだったな」


 マルチプルの深魔の心迷宮は、攻略難易度が一気に跳ね上がる。結合した対象者の人数が多ければ多いほど、迷宮が複雑化する傾向があり、1人の特殊祓魔師だけでは対応できないことも多いのだ。しかも……入り口では詳細な状況を把握できないこともあり、性質変化を経て初めて「マルチプルの深魔だった」と判明する場合もある。そのため、攻略途中でマルチプルだと判明した時は、メモリーリアライズの持ち主でもある「責任者」は速やかに応援を要請するとが推奨される。

 心迷宮攻略は長期化すればする程、探索者の存命率が下がると同時に、対象者の精神と魂が蝕まれる可能性が高くなる。しかしながら……結合した大元が複数いる場合は、その攻略自体がスムーズに運ばなくなるのだ。大元が増えるという事は即ち、心迷宮のボス・漆黒霊獣の数も増えるという事。そして……複数の漆黒霊獣が瘴気を吐き出せば、その濃度が一気に上がるのも明白で。……探索者と対象者の両方に、瘴気汚染の負荷は重くのしかかってくる。

 なので、マルチプルの深魔に単身で挑戦するのは極めて危険とされており、いくらハーヴェン程のベテランと言えど、存命の保証はない。いや……むしろ、彼ほどのベテランだからこそ、応援要請の判断を速やかにできると言った方が正しいか。


「とは言え……フィステラさんの様子を見ていると、あまり良い結果じゃなかったかも知れないなぁ。自分の中に巣食っていたのが、黒い虫さんだったって知った途端……別の意味で絶望していたし」


 ……因みに、深魔の大元となる対象者には、薄らとではあるが……心迷宮の最深部(要するに、ボスフロア)で起こっていた状況が記憶として残る。フィステラの心迷宮がどこもかしこも漆黒の壁に覆われていたのは、クージェの街並みを踏襲していただけだろうが。……漆黒霊獣ばかりはそうもいかない。漆黒霊獣の姿は、対象者の心の在り方が如実に顕れるのだ。そして、ハーヴェンの言う「黒い虫さん」が意味するところは……。


「……なるほど。自分の心が不浄であると知ったらば、それはそれは絶望しますわよね。私でしたら、生き恥を晒すのも苦痛ですわ。……きっと、サッサと処刑してくださいましと、お願いするでしょうね」

「うん……まぁ、そうかもなぁ。フィステラさんにはある程度の話も聞けたけど……正直なところ、それどころじゃなかったみたいだし。無事に助けられたはいいものの、逆に残酷なことをしちまったかなぁ……」


 フィステラの漆黒霊獣が黒い虫さんだったのは、ハーヴェンのせいではないのだが。何かにつけお人好しな悪魔は、罪悪感を感じているようで。困った様子で頭を掻く姿は、妙に不憫である。

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― 新着の感想 ―
ハーヴェン先生とルエルさんの情報交換。 確かに、助けられたフィステラさんは別の意味でつらいかもですね。 でもそこで助けるのがハーヴェン先生の良いところだと思います!
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