7−1 王子様は超有望株
(うぁ……! やっぱり、こうなったか……!)
講義を終えて、エルシャと別れた後に向かったエントランスでは、ある意味でミアレットが予想した通りの光景が広がっていた。待ち合わせ場所でもあるソファには、仲良くナルシェラとディアメロが優雅に腰を下ろしているが……「とある噂」のせいで、とうとう彼らに「直接交渉」を仕掛ける令嬢が現れ始めたのだ。
(王子様は超有望株に見えるわよね、そりゃ。お姫様に憧れる子が出るのも、無理はないわぁ……)
今のナルシェラとディアメロは、「魔力適性の回復」をするために魔法学園に通っている「優遇生」と認識されている。そして、魔力適性の獲得も確実視されており、王族ならではの「血筋の良さ」は健在だと囁かれ始めているのだ。
その結果……何がどうなって、そうなったのかは定かではないが。彼らもまた、優秀な魔力適性を持つ婚約者を探していて、魔法学園で最も優秀な令嬢がグランティアズの王妃になれると……呆れる程に、我欲ダダ漏れの噂が流れていた。
(根も葉もない、下らない噂……って、言いたいところだけど。この辺はきっと、カーヴェラでの話が活きているんだろうなぁ)
厳密にはナルシェラ達がカーヴェラにやって来たのは、「婚約者」を探すためではなく、「優秀な従者」をヘッドハントするためだったが。しかし、それらしい交流会を開催していたし、ミアレットも(まだ軽傷だったが)いかにもな貴族令嬢に絡まれた実績がある。
そんなカーヴェラでの一幕を考えれば……噂の根拠はなきにしもあらずであるし、お花畑全開なゆるふわ女子が勝手に捏造した妄想だと、言い切れないのも妙にややこしい。
(優秀な従者の部分が、優秀な婚約者に置き換わっちゃったのね……。この辺りは、私も無関係とは言えないんだろうけど……)
だが、ミアレットは断じて、王妃になりたいなんて野望を抱いたことは、一瞬たりともない。
ミアレットにしてみれば、ナルシェラやディアメロが気に入った相手がいるとあらば、他の令嬢と婚約を結んでもらうのは構わないし、何なら気楽になれるとさえ思っている。しかし……2人ともミアレットに懸想していると隠しもせず、堂々と婚約者にすると宣言してしまっているため、ミアレットは余計な気を揉む羽目に陥っているのだ。
(ヴぅ……なんだか、話しかける前から睨まれている気がするぅ……!)
できることなら、サッサと声をかけて撤収したいのだが。ミアレットがエントランスに足を踏み入れた途端、邪魔するなと鋭い視線をくれちゃう女子生徒の多いこと、多いこと。ミアレット側にその気はなくとも、王子様達が気に入っているとなれば。嫉妬の矛先がミアレットに向くのは、自然な流れだろう。
(考えたら、魔法学園ってある意味で貴族学校みたいなものだもんね……)
魔力適性の発現はどうしても、血筋に左右される。そして、魔法学園の本校にやってきている生徒達は皆、分校での登学試験をパスした成績優秀者……つまりは、魔力適性に恵まれた人材である。魔力適性が高いからと言って、爵位やら、地位やらが比例して高くなるわけではないものの。総じて名家出身者が多いのも、1つの現実であろう。
それが故か、在学中に婚約するカップルもチラホラいるようで……魔法学園側(というよりは、天使様達)の恋愛事情には大らかな気質もあり、勉強も婚活も謳歌しちゃうタフネスな生徒達も生息しているのが、このオフィーリア魔法学園という魔境の一面でもあった。
「どうします? ミアレット様。……目障りなハエを叩き落として参りましょうか?」
「あっ、いえ……大丈夫です。この場合は……ガラさんに、なんとかしてもらいましょ」
「……仰せのままに。私としては、不届き者を駆除したいところですが……ミアレット様は常々、荒事は避けられますものね。ここは睨み返すだけにしておきます」
「アハハ……そうですね。そのくらいで、許してあげてください……」
ミアレットを睨むなんて、なんて身の程知らずな。挑戦的な視線を寄越す女子生徒達に、冷徹な視線で睨み返すカテドナだったが。……流石に、上級悪魔の威圧感は余すことなく伝わったようで。彼女がキッと目元を鋭くした途端、令嬢達が小さく悲鳴を上げた。
(ガラさーん……! お待たせしましたぁ……!)
カテドナの威圧にも慣れたものと、ミアレットが所在なさげに頭を掻いているガラに視線を投げ、こっちこっちと手を振れば。そうされて、ガラも気づいたようで……助かったとばかりに、頬を緩めるとナルシェラ達に声を掛ける。どうやら、女子生徒達の輪を崩すきっかけを掴む事ができず、ガラも苦労していた様子。
「あっ、ナルシェラ様に、ディアメロ様。ミアレットさんが来てるっすよ〜。そろそろ、お帰りの時間っす!」
「そうか。それじゃぁ……僕達も帰ろうか、ディア」
「そうですね。サッサと城に戻って、ミアレットと思う存分、話がしたいですし」
差し障りのない対応をするナルシェラの一方で、不機嫌を隠そうともしないディアメロ。しかしながら、慇懃なナルシェラさえもミアレットの姿を認めて、忽ち破顔するのだから、周囲の女子生徒達にしてみれば面白くない。そして、止せばいいのに、相当にチャレンジ精神溢れる1名がミアレットに食ってかかって来たではないか。
「ちょっと! ナルシェラ様と楽しく歓談していたのに……平民如きが、邪魔しないでくださる⁉︎」
「えっとぉ? 別に私は邪魔するつもりはないですよ? ただ、待ち合わせの約束をしていたから、迎えに来ただけですし……」
「嘘、おっしゃい! ナルシェラ様はこの後、私と晩餐をご一緒する予定でしてよ!」
「ありゃ、そうなのです? じゃぁ、ナルシェラ様はこのままお出かけですか?」
待ち合わせしていたのは、嘘ではないのだが。ヒステリー気味の女子生徒に絡まれるのが面倒すぎたため、ミアレットは言い返すこともせずにコテンと首を傾げ、ナルシェラの様子を窺う。そうされて……当のナルシェラは、もげてしまうのではないかと思える勢いで、頭を横に振った。
「いや、晩餐の約束なんてしていないよ。それこそ、嘘おっしゃい! ……って、言ってやりたいな」
「そ、そんな……!」
「……そうですね。先程まで、一方的に勝手な話をしていましたけど。兄上ははっきり断っていましたよ? 晩餐はミアレットと摂るから、何処の誰かも知れない馬の骨とはご一緒できないって」
「……ディア。確かに晩餐は断ったけれども……僕は、そこまでは言っていないよ。とは言え……ふぅむ。ミアレット以外の子女は皆、同じ顔に見えるなぁ。これでは名前も覚えられないし……そもそも君達のお揃いの化粧は、流行りなのかい?」
どうやら、ナルシェラは本気でそう思っているようで、「はて、奇怪な」と首を傾げている。そんな王子様の天然っぷりに、ディアメロとガラは腹を抱えて笑いを堪えているが。……当の女子生徒達にしてみたらば、屈辱にも程がある。互いに顔を見合わせ、悔しがる形相までお揃いにしては……ミアレットを尚も睨んでくるのだから、逞しい限りだ。
「えっとぉ……とにかく、帰りましょうか……。ほら、ナルシェラ様に、ディアメロ様も。……それ以上、女の子を虐めちゃダメですって」
「おや、心外な。別にいじめたつもりはないが……」
「そうだぞ。僕はただ、事実を列挙しただけだ」
「いやいや、事実を列挙するにも言い方があるでしょう、言い方が。……ディアメロ様はそういう刺々しい所、治りませんね? 少しはナルシェラ様を見習って下さい」
「うっ……! わ、分かった。……善処する」
ミアレットの指摘に慌てるディアメロを見つめ、ナルシェラは終始ニコニコと嬉しそうにしている。しかし、彼らの愉快な雰囲気とは裏腹に、面倒な事になったと……ミアレットは内心で気を揉まざるを得ない。
(あぁぁぁ……! まーた、面倒な事になった気がするぅ……! どうやったら、静かに魔法の勉強ができるようになるのかなぁ……)




