6.5−3 せっかくだから、俺は槍を選ぶぜ!
ハーヴェンの予告通り、下のフロアに降りた途端に……心迷宮の雰囲気が変わった。
相変わらず廊下は分かれ道だらけだし、どこをどう進んできたのか覚えてもいないが。真っ黒だった壁には、不気味な黒い植物の蔦が絡み合っていて……何となく、遺跡とか廃墟っぽい感じがする。
「グッ……! せりゃぁぁぁッ!」
そんでもって、魔物も絶賛増量サービス中。上のフロアとは比べ物にならないデッカい魔物がウジャウジャ出てくるようになったもんだから……俺も張り切って応戦しているものの。ロムルスはリーチが無駄にある分、意外と攻撃が当たらない。しかも、攻撃が当たったところで、アルマスの時みたいに「ズバッと一撃!」な手応えもなくて。やっぱり、アルマスにしておけばよかったと痛感していた。
(でも、ロムルスの方が格好いいんだよなぁ……)
アルマスは見るからにスタンダードな「聖剣!」って感じだったけど、ロムルスは持ち手とか、刃の付け根とかに細かい彫刻があったりして、全体的に装飾も凝っているんだよ。ゴージャスで尖った感じが、俺の感性にも刺さりまくるもんだから……ちょっと手放し難い。
「苦戦しているみたいだな、イグノ君。どうする? アルマスに戻すか?」
結局、ハーヴェンが魔物の大半を片付けたところで、話しかけてくる。ハーヴェンの提案に、攻略的にはアルマスに戻した方がいい事くらい、分かっているんだけど。……なんか、妙に悔しいんだよな。楽して美味しい思いをするのもいいが、できれば気に入った武器で美味しい思いを噛み締めたいもんで。
「……いや、このままでいい。俺はロムルスが気に入った」
慣れていないせいか、使い勝手はイマイチだし、アルマスみたいな分かりやすいアドバンテージもないかも知れない。だけど、武器ってのは、デザインも大事だよな⁉︎ これから使い込めば、カッチョ良く扱えるはずだし……せっかくだから、俺は槍を選ぶぜ!
「そう? それなら、構わないけど……槍は剣と比べて少しだけ、扱いが特殊だからなぁ。やっぱり、ちょっと難しかったか……」
「そうなのか?」
「うん。俺もあまり使ったことがないから、具体的なことは言えないけど。リーチが長いとそれだけ、間合いを測りづらくなる部分があるんだよ。だから、相手との距離感を掴むのには、慣れが必要だと思う」
「えぇ〜……それじゃ、やっぱり剣の方がいいってことか? アルマスは最初っから上手く使えたし……」
ま、まぁ? 初めから聖剣を使いこなせちゃったのは、俺が天才だからだろうけど。勢いでロムルスも使いこなせると思っていた手前、ちょっとガッカリだ。
「いやいや、そうじゃないさ。慣れちまえば、槍が有利なことも多いぞ。リーチが長い分、相手の間合いに入ることなく攻撃できるし、高いところにいる相手にも攻撃が届くし。槍の方が剣よりも、圧倒的に攻撃範囲が広いな」
「あっ、なるほど」
そういう事か。確かに、剣よりも遠くの相手に攻撃が届くもんな。これなら、安全な場所からネチネチ攻撃もできそうだ。
(よっし! やっぱり、これはロムルス一択だろう! 聖剣はちょっと惜しいが……剣はありふれてるし、他の奴とカブる気がするし)
ロムルスを使いこなせば、美少女ちゃん達からも「格好いいロムルスを使いこなすイグノ様、やっぱり格好いい!」と、素敵な声援を浴びせてもらえる事だろう。デュフフ……! 待っててね、未来のマイハニー達! 俺はロムルスと一緒に、強くなってみせるよ!
「さて。お喋りはこの位にして……ここから先は、気を引き締めた方が良さそうだ。この気配……そろそろ、ボスとご対面ってトコかな」
俺があれやこれやと、華麗なる計画を立てていると。いつの間にか、妙に開けた場所に辿り着いていた。うん、確かにイベントが起こりそうな雰囲気だな、ここは。……肝心のボスは、見当たらないけど。
「魔力の圧迫感が増しているし、濃度も上がっているな。おそらく、魔力と瘴気を吐き出している元凶が近いんだろうけど……。それはそうと、イグノ君。息苦しさとか、気怠さとかはないか?」
「うーん……今のところ、そんな感じはないかもな」
「そか。じゃぁ、遠慮なくこのまま進むが……万が一、気分や体調が悪くなったりしたら、教えてくれ。心迷宮の攻略も大事だが、何よりも探索者の存命が最優先だ。それでなくても、今回は相当数のフロアを馬鹿正直に降りているから、探索が長引いている。……何かあったら、遠慮せずに言ってくれよな」
「お、おぅ……!」
それって、アレか? ハーヴェンは第二王妃よりも俺が大事だって、言ってるのか? それはそれで、ちょっと嬉しいけど……そういうセリフは、美少女に言って欲しかったなぁ。
「……! ハ、ハーヴェン。アレ……」
「お?」
「まさか、アレがボスなのか……?」
俺がぼんやりと考えていると、視界の奥でガサリと動くものがある。そうして、暗がりに目を凝らせば。カサカサと生理的に受け付けない「何かの音」と一緒に、2本の気色悪い触覚が近づいてくる。……ま、まさか、アレって……アレだよな?
「アハハ……そうだな、アレだな。サイズは特大だけど……キッチンによくいる、あの虫さんだ」
「あの虫さんって……いやいやいや、待って!」
Gじゃねーか! まんま、デカいGじゃねーかよ、アレ! こんな特大サイズ、キッチンにいたら堪ったもんじゃねーぞ⁉︎
「うーんと、どれどれ……あぁ、うん。ありゃ、どう頑張っても最上位種だろうなぁ」
「最上位種……ってことは、強いのか?」
「遭遇自体も珍しいんだが……残念な事に、かなりの難敵だ。俺も100年くらい特殊祓魔師をやってるけど、2回しかお目にかかった事がないし、それなりに苦戦した記憶がある」
・漆黒アプソロブラッティナ:ゴキブリに酷似した、大型の魔物。迷宮深度6以上にて出現を観測。瘴気を溜め込んだ影響で極端に肥大化しており、重厚な見た目に反して、床や天井を縦横無尽に素早く這い回る。原始的な外観ではあるが、高度な知性を持ち得ており、魔法を使う個体も観測されている。
……ハッキリ、書かれてるじゃん。「心迷宮魔物図鑑」にも、ゴキブリって思いっきり書かれてるじゃん。しかも、Gの気色悪さはそのままに、デカい・賢い・強いが揃い踏みとか。何の悪夢だよ、これ……!
「とにかく、イグノ君! 来るぞ!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 俺、心の準備ができてないんだけど⁉︎」
「まぁ、何事にも初めてはあるさ! 気張って行ってみよう!」
「うわぁぁぁッ⁉︎」
何事にも初めてはある……って、そんなご無体な! 第一、こんな初体験はない方がいいんだよ⁉︎ お気軽に巨大Gと戦おうとするなよ!
(と、とにかく……!)
こういう時は魔法で遠距離攻撃をかますに限る! 折角のロムルスを汚したくないもん! こうなったら、俺の華麗なる炎魔法で燃やし尽くしてやる……!




