1−24 伐採する事が最終目標
「マモン先生! こっちです!」
「おぅ。ミアちゃん、またまたお手柄だぞ! どれどれ、っと。う〜ん……これまた、妙なところに出たな?」
ミアレットが魔物の急襲(と殲滅)の間に見つけた出入り口はやはり、マモンには見えていない庭園への抜け道だった。
ぽっかりと空いた、出入り口の向こう側。黒光りするタイルの道以外の部分は、ただただ漆黒の芝生が広がるのみである。それでも、道なりにタイルを辿っていくと……庭の中心部には、世にも不気味な黒い枯れ木がニョキニョキと生えているのが、見えてくる。
「なんだか、気味が悪いですね」
(そうですね。しかし……先程までは、魔物がいたのでしょう? この庭には、それらしき姿はなさそうですが……)
周囲をプカプカと浮かんでいる是光が、ミアレットに同意を示しつつも、訝しげな声を上げるが。一方でマモンは「この光景」に見覚えがあるらしい。ある程度枯れ木に近づいたところで、「それ以上は進むな」と指示を出してくる。
「ちょい待ち。それ以上先は、ホイホイ行かない方が良さそうだ」
(お館様、いかがされました?)
「……この嫌な雰囲気、覚えがあるんだよ。……間違いない。こいつはクダンの戦役の時に感じたのと同じ、グラディウスが撒き散らしていた魔力だ。……あれは多分、グラディウスの苗木の1つだろう」
「えっ? グラディウスって、あの……?」
「あぁ。この世界の混沌の元凶であり、ゴラニアを蝕む暗黒霊樹のことだな。深魔が発生しだしたのだって、元はと言えばグラディウスのせいな訳だし。……詰まる話、グラディウスを伐採する事が最終目標だと言っていい」
そこまで言って、更に険しい顔をするマモン。先程、「甘く見ていたかも知れない」と、エルシャの心迷宮についての違和感も溢していたが。こんな形で予想が的中すると思ってもいなかったのだろう。さらに深いため息をつくと、ミアレットに指示を寄越してくる。
「……とは言え、進まないことには話も進まない……か。ミアちゃんにも、ついて来てほしいんだが……もし、気分が悪くなったりしたら、すぐにその場で待機。無理はしないでくれ」
「それは構いませんが……。う〜ん、あまりピンとこないです」
「その様子だと、まだ平気みたいだな? 実は、グラディウスが吐き出す魔力には、瘴気がタップリと含まれている。俺達悪魔は瘴気なんざ平気だし、逆に魔力としても扱える部分があるから、問題ないんだが……悪魔以外の奴にとっては、瘴気は猛毒になりかねない。それは人間だけじゃなくてな。……闇属性を持っていない奴が瘴気の中で活動するのは、あまりオススメできない事なんだよ」
瘴気とは穢れを孕んだ魔力のことであり、深魔発生の遠因でもある。もちろん、魔禍や深魔は対象に「強い負の感情」がある事が、そもそもの発生条件ではあるものの。マモンによると、濃い瘴気が発生している状況下においては、些細な悪意でさえ簡単にピックアップされてしまうものらしい。
「更に言っておくと。……瘴気は耐性がない奴が継続的に浴びると、色んな後遺症が残ることもあってな。長期的に浴びてなきゃ大丈夫だし、数時間程度であれば勝手に抜けていくもんだから、心配もいらないが。ちっとでも変な違和感があったら……うん、そうだな。こいつを使うといい」
そんなことを言いながら、マモンが何かの液体が入っている小瓶を差し出してくる。焦茶の色付きガラスに入ったそれは、明らかに薬品らしい雰囲気を醸し出しているが……ラベルには小洒落た女の子のイラストと一緒に、瓶の中身も書かれていた。
「ミルナエトロ・ポーション……?」
「そいつは瘴気障害用の特効薬だ。瘴気が原因の不調全般に効き目が出るよう、調合してある。何かあったら、クイっと飲み干してくれ」
「……飲むんですか? なんだか、不味そう……」
「ま、薬だからな。割合、口当たりはマイルドにしてあるみたいだが……味はそれなりっぽい。その辺は我慢してくれよ」
「そ、そうですよね……。ありがとうございます」
こんな状況でワガママを言っている場合ではないか。それでなくとも、マモンの製薬会社で調合されている薬はいずれも効き目が抜群で評判も上々なのだと、アーニャからも聞いていた気がする。何気なく渡されたひと瓶ではあるが……かなりの貴重品であることは、間違いないだろう。
「さて、と。お薬をお渡ししたところで、先にすす……ん?」
「どうしました? マモン先生」
「……あの霊樹ベビー、こっちを見てやがるな」
「えっ……?」
木がこっちを見ている……? あからさまに不自然かつ、不気味なマモンの呟きに、ミアレットもグラディウスの苗木に視線を向けると。さっきまではヒョロヒョロと、頼りなさげなシルエットをしていたのに。今のそれは確かに、樹木らしからぬ姿をしている。
(なんだろう……どこか、エルシャに似ているような……?)
黒々とした芝生に埋もれていたはずの根っこは、いつの間にか手足を形成しており、霊樹自体が「四つん這い」の状態になっている。そんな霊樹の「顔」には緑色の瞳が嵌っており、しっかりと編み込みされた髪の毛の様子まで、枝で見事に再現されていた。
「マモン先生。何となくですけど……あれ、エルシャに似ている気がします……」
「……そうか。だとすると……こいつはかなり不味い状況みたいだな……」
心迷宮に潜入した時から、終始飄々としていたはずのマモンがガリガリと頭を掻く。そうして参ったなと小さく呟き、非常に絶望的なことを口走った。
「あれは対象者を食い物にして生長している状態でな。……どうして、こんな状況になったのかは分からんが。グラディウスの種が体内で芽吹いて、対象者そのものを苗床にしているんだ」
「それじゃぁ、エルシャは……!」
「このままいくと、エルシャちゃんが死んじまうだけじゃなく、新しい元凶の発生にもなりかねない。とは言っても、あの調子だとまだ芽吹き始めだろうし……心迷宮の中で事象が発生しているだけなら、まだ間に合うぞ」
マモンがクイと顎で示して見せるように、グラディウスの苗木は「霊樹ベビー」であるらしい。根っこを引っこ抜いて、四つん這いになってみたはいいものの。出来立ての手足では、「ハイハイ」さえも覚束ない様子だ。
「だけど、発生した状況が現実世界にも反映されたら、アウトだ。そんなことになったら……エルシャちゃんは深魔じゃなくて、霊樹として伐採される羽目になる」
「そんな! エルシャを助ける方法、ないんですか⁉︎」
「もちろん、このまま指を咥えて放置するつもりはないぞ。……チィと荒治療になりそうだが、手段を選んでいる場合じゃなさそうだし。ここは思い切って、俺も奥の手を出すとしましょうかね」
(荒治療って。それはそれで、大丈夫なのかしら……)
今までの猛進劇からしても、マモンの強行突破は苛烈過ぎる。そんな事まで、色んな意味で身をもって体験してしまったからこそ……ミアレットは不安を拭えないが。ミアレットの不安をよそに、マモンが「奥の手」と称して呼び出したのは……絢爛な蒔絵が施された、深い紫色の鞘。それは見るも見事な、大振りの一太刀だった。
【道具紹介】
・ミルナエトロ・ポーション
マモンの製薬会社で作られている、瘴気緩和に特化した回復薬。
瘴気によって生じる病気や障害に対して、優れた効能を発揮する。
魔界に咲く魔法植物・ミルナエトロラベンダーの花をすり潰したペーストを配合しているため、香りは非常にいいものの……肝心の薬自体はとても苦い。
【補足】
・ミルナエトロラベンダー
魔界に咲く、魔法植物の一種。
ヨルムンガルドが地底に潜った際に、彼の体に付着していたマナの女神の髪の毛が魔界に根付き、植物化したもの。
ルーツを神界に持つが故に、魔界の濃い瘴気にあっても非常に強い光属性を示し、瘴気を逆に浄化する性質がある。
そのため、余程の上級悪魔でない限り触れることさえ許されないが、魔界でも風邪薬として重宝されて来た歴史があり、砂糖漬けにしたものを煎じて飲むのが一般的な服用方法。




