6−52 呆気ないほどに淡白で、意外なまでに薄情
毒が隠し味の会食に、瀕死な帝王様の薬事に……そして、ヴァルムートの誘拐未遂に。
波乱の一夜を無事に越えて、ミアレットはカテドナチョイスのよそ行きに袖を通しては……あくびを噛み締めていた。結局、エックス君は帰ってきていないまま。ミアレットもディアメロも、エックス君が心配であまり眠れなかったのだ。
「大丈夫ですか、ミアレット様」
「はふ……大丈夫です。ちょっと眠たいのと、エックス君が心配なだけで……」
「あぁ、エックス君の事はご心配はいりませんよ。しっかりとお役目を果たして、魔法学園へと帰還しているそうですから」
「ほえっ?」
カテドナが嬉しそうに教えてくれることには。なんでも、エックス君はナルシェラを見事に見つけ出したそうで、仕込まれていたポータル魔法で帰ってきているとのこと。だとすると……。
「ナルシェラ様、無事だったんですね⁉︎」
「えぇ、無事も無事です。色々と向こうであったようですが……お怪我なども特段されていないそうで、アケーディア様のチェックが終わったら、グランティアズへお帰りいただけるとご連絡がありました」
「それ、ディアメロ様には……」
「キュラータ殿から、お伝えいただいているのではないかと。なので、そろそろ……」
カテドナが意味ありげに言葉を途切れさせた瞬間、隣から大袈裟な歓声が聞こえてくる。どうやら、ディアメロにもナルシェラが無事という吉報がつつがなく届けられたようで。すぐさま、ドタドタと荒々しい足音が近づいてきた。そして……。
「ミアレット! 聞いたか⁉︎ 兄上が無事だったって……あっ」
「……ディアメロ様。ミアレット様は今、お召し替え中です。……レディの着替えを覗くのと、ナルシェラ様が無事だったことは、別問題なのでは?」
「……す、すまない……つい……」
ディアメロは勢い余って、ノックを忘れる程に舞い上がってしまったらしい。彼の背後で「あちゃー」と言いたげに額に手をやっているキュラータの様子を見ても、彼が制止する間もなく、ディアメロは特攻をしでかしてくれた様子。
「着替えはほぼ済んでいますから、大丈夫ですよ。とにかく、ナルシェラ様が無事でよかったです。この後、迎えに行きましょうね」
「そ、そうだな! 朝食を済ませたら、すぐに出発するぞ!」
覗き見も不問に付されて、安心ついでに更に舞い上がるディアメロ。本当にお兄さんが好きなんだから……と、ミアレットは微笑ましい気分になるものの。もう1組の「兄弟」の処遇も思い出し、こちらはどうしたものかと渋い顔をしてしまう。
(フレアム様は将軍様達のやらかしが発覚したから、自動的に帝位への道は閉ざされる……のよね、この場合。将軍様が帝王様の毒殺をしようとした時点で、「知らなかったもーん」では通せないんだろうなぁ)
様子を見る限り、フレアム自身はハシャド王毒殺(未遂)に直接関与はしていないだろう。だが、裏を返せばフレアムは身近で起こっていた反逆行為に気づけなかったという事であり、それを止めようとしなかった時点で「警戒心の薄い間抜け」のレッテルを貼られたに等しい。自分が関与していようが、いなかろうが。親戚(しかも実母と叔母)から反逆者を出した時点で、彼が帝王になれる可能性は万に一つもあり得ない状況だ。
(でも、だからと言って……ヴァルムート君も微妙かぁ……)
片や、結果的に帝王の凶事を解決に導いたヴァルムートは、帝王の座に相応しい……と、簡単に片付くはずもなく。ハシャド王が復調した暁には、次期帝王の座は「しきたり通りに」実力者の中から選ばれることになる。しかし、今回の件で「実は魔力適性に乏しかった」ことが判明した以上、ヴァルムートが実力で帝王の座をもぎ取るのは不可能に近い。
(両方とも前途多難ね……。でも、それ以上に気がかりなのは……)
そのヴァルムートが、「向こう側」に拐かされそうになった事である。これも未遂に終わったから、良かったものの……キュラータがいなかったらば、アッサリと誘拐されていただろう。尚、キュラータの予測では、グラディウスの生贄にしようとしたのではないか……との事だった。
(ヴァルムート君は特別な力を貰えるって、言われていたみたいだけど……多分、違うのよね?)
グラディウスは悪意を栄養に育つ、暗黒霊樹。神様の使者役を欲している反面、自身が強くあることを本能的に優先させる傲慢さと貪欲さを併せ持つ。
そんな中、ヴァルムートは生まれた時から畜魔症という、瘴気と隣り合わせの病に冒されていたにも関わらず、人間の姿を保っていた。瘴気への異常耐性に加え、境遇と本人の気質とで醸成された、強すぎる負の感情をも備えるとなれば。グラディウスにとって格好のご馳走になるに違いないと、小馬鹿にする態度でキュラータは鼻を鳴らす始末。
(アハハ……。キュラータさんも、ヴァルムート君が嫌いなのよね……)
結局は私情を優先するのが、いかにもキュラータらしい。
彼は真面目であると見せかけて、人探しを優先した結果に、アッサリとグラディウスを裏切った。……そう、彼は呆気ないほどに淡白で、意外なまでに薄情なのだ。ディアメロの身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いているのは、ルエルの命令もあるだろうが……おそらく、彼本人がディアメロを気に入った「私情」が幅を利かせているのだろうと、ミアレットは睨んでいる。
(それはそうと、グラディウス側にはキュラータさんみたいなのがゴロゴロいるなんて……なんだか、それだけで頭が痛いんだけど)
キュラータ曰く、「グラディウスの花」から生み出された魔法生命体は、特殊な魂を封入されたグラディウスの尖兵の中でも特別な存在になるそうで。それぞれ媒体になった花の色によって、瞳や爪の色こそ違えど……お揃いの魔法回路を授けられており、近くにいる場合はそれとなく互いの現在地が分かるらしい。
しかも、悪いことに……グラディウスの神様は、キュラータのような魔法生命体をいとも簡単に作り出せると言うのだから、恐ろしい。
「これでも、一応は幹部クラスだったのですよ、私も」
とは、キュラータ本人の談だが。しかし、いくら特別と位置付けられていようとも、彼らは帰還用の魔法回路を持たされている一方で、勝手に人間界に出てくることはできない。なので、ヴァルムートを攫おうとした「グリフィシー」の後ろでは、彼を送り出した相手……彼らの先輩でもある、更に別格のリキュラが糸を引いているだろうとのことだった。
(リキュラさんって確か、サイラック家を唆していた奴よね……?)
クージェでも暗躍していたとなると、彼の行動範囲は広いと考えるべきか……あるいは、ヴァルムートそのものが目的だったのか。流石のキュラータも「そこまでは知りませんねぇ」と首を傾げていたが、ヴァルムートに関しては「何かのついでだったのではないか」とも言っていた。
それもそのはず、もし仮にヴァルムート誘拐が目的だったのならば、昨日という日まで待たずとも良かったはず。それこそ、魔法学園(つまりは彼らにとっての敵地である)なんぞに入学されたら、グラディウス陣営からしたらばやりづらいだろうし、普通に考えれば、魔法学園に入学する前に事を起こした方が苦労も少ない。なので……おそらく、彼らには昨日という日に、別枠で本命の目的があったのだ。
(とりあえず……この件は、天使様達に任せておけば、大丈夫よね。ルエル様も、監視部隊を要請するって言っていたし)
いずれにしても、荒事はノーサンキューである。今はとにかく、ナルシェラを迎えに行くことが最優先。深く悩んでみても、自分にはあまり関係ない……と、その時のミアレットは思っていたが。ミアレットが無関係でいられる程、現実は甘くなく。彼女の周囲にだけは、頑なに平穏が訪れないのだった。




