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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第6章】囚われの王子様
263/327

6−49 姑息が身上

(やはり、来ましたか)


 時はそう……ナルシェラが魔剣を手にした頃、だろうか。キュラータはクージェ帝国城の中庭で、雨のように降り注ぐ矢の応酬をはたき落とすのに精一杯になっていた。


(多少、予想はしていましたが……やはり、相性が悪すぎる!)


 怒涛の如く矢を降らせているのは間違いなく、キュラータが良く知る元同僚・グリフィシーだろう。

 悪いことに、グリフィシーは狡猾な狩人である。非常に用心深く、滅多なことでは前線に姿を現さず、後衛からの不意打ちや闇討ちを何よりも好む。その上、彼が愛用するボウガンもまた、キュラータの武器と同様に魔法武器であり……射手の居所を知らせないために、放たれた矢は大なり小なり、蛇行するよう設計されている。

 防御に長けるとは言え、完璧な前衛タイプのキュラータには彼の所在を把握できないことには、勝機を掴むのも難しいが……それすら許されない有様に、キュラータは内心でチッと舌打つ。


(本当に不甲斐ない。勢い勇んで飛び出して、このザマとは)


 しかしながら、今は自分に失望している場合ではない。グリフィシーがやってきた目的も不明ではあるが、何より彼の攻勢にはいつもの余裕がないと、遅まきながらに気付くキュラータ。そうして、マンチニーラで攻撃を防ぎながら、入念にグリフィシーの癖を反芻する。

 背後から、頭上から、側面から。ありとあらゆる死角を狙って撃ち込まれる猛攻には、確かに隙らしい隙はない。だが、いつもであれば放たれたことさえ気づかせぬ早撃ちを打ち込んでくるのが、グリフィシーという男の所業である。それなのに……今宵の襲撃は普段の勢いも、苛烈さも息を潜めていた。


(……なるほど。グリフィシーは急いでいるのですね。さて……何をそんなに、慌てているのやら)


 定点のブレと、照準のブレ。熟練の狩人と言えど、移動しながら「大物」を仕留めるのは、骨が折れる様子。いくら相性有利と言えど、キュラータの防衛性能は並外れたものがある。キュラータ側に有効な攻撃手段がないのと同様に、グリフィシー側にもキュラータへの決定打となる攻撃手段はなさそうか。それに……。


(おや? もしかして、両手を使う余裕もないのでしょうか? 連射の間隔がいつもよりも広い気が……)


 自らの毒を鏃に仕込む性質上、グリフィシーのボウガン・ヘムロッカーは魔法武器と言えど、魔力を直接放つものではない。矢こそ魔法道具効果で、無尽蔵に湧いてくるものの。大型の弩でもあるため、片手で扱うのはやや無理がある。独特な形状で設計されているせいか、威力は凄まじい分、弓の類にしてはやや重いのが難点だ。


(とは言え、接近戦に持ち込まないことには、勝機はありません。そうですね。ここはサッサと城壁を登ってしまいましょう)


 中庭を彷徨うばかりでは、いかにも狙ってくれと言っているようなものである。キュラータは今までの攻撃の傾向や位置を入念に思い出しながら、移動しているらしいグリフィシーの進路を予想する。城砦に囲まれた中庭はほぼ無風、矢の流れは素直だと考えていい。その上で……襲いくる鏃の角度は様々だが、軌道の湾曲加減からするに、グリフィシーは後方にいるだろうとキュラータは思い至る。


(やはり、背後が好きなのですねぇ……グリフィシーは。姑息が身上なのも、相変わらずですか)


 キュラータは正直なところ、グリフィシーが嫌いである。表でこそ礼儀正しく、丁寧な口調と態度を崩さないが。親切を装って相手が困ることを平気でやってのけたり、足を引っ張ったりと、グリフィシーはなかなかにいい性格をしているのだ。正々堂々を好むキュラータにしてみれば、彼の態度は非常に好ましくない。


(まぁ……今となっては、私の方が裏切り者ですけれど。彼と袂を分つのは、遅かれ早かれでしたでしょうし。敵対はむしろ、好都合ですか)


 ならば、ついでに綺麗サッパリ決別してしまうのも、一興だろう。

 キュラータはそんな事を考えながら、俄然面白くなってきたと、窮地でさえも余裕を吹き返す。まだまだ勢いの衰えない矢の合間を掻い潜り、キュラータは狙い定めた頂上へと、窓を足掛かりにして壁を上り切っては……待ちに待ったご対面と参りましょうと、軽やかに渡り廊下の手すりへと降り立った。


「おや……? お久しぶりと、挨拶をしたいところでしたが……どうして、あなたがヴァルムート様と一緒にいるのです? グリフィシー」


 ようよう邂逅せしめてみれば。渡り廊下を急ぐグリフィシーの手には、ヴァルムートの手がしっかりと握られているではないか。その様子に……彼の攻撃に鈍りがあった理由を鮮やかに理解するキュラータ。どうやら、「彼ら」の狙いはヴァルムートらしい。


「人攫いとは、随分と粋ですね? ……リキュラ様のご命令ですか?」

「えぇ。その通りですよ、キュラータ。ふふ……互いに、苦労しますね?」


 互いにとは、どういう意味だろう。

 キュラータはどことなく、小馬鹿にするようなグリフィシーの口調に、ピクリと眉を上げるが。冷静にグリフィシーが「ここにいる現実」に、思いを巡らせる。


(もしかして……ヴァルムートの畜魔症を仕組んだのは、グラディウスなのでしょうか?)


 ヴァルヴァネッサによれば、ヴァルムートを生かすために畜魔症にすることを企てたのは、彼女の父親だったと言う。だが、どのように畜魔症を罹患させたのかについては、彼女も知らなかったようだし……薬の出どころも把握していなかった様子。


(しかし、よくよく考えたらば、ヴァルムートの耐性は異常とするべきですか。もし、ヴァルヴァネッサ妃の話が正しいのであれば……ヴァルムートは生まれてからずっと、畜魔症だったことになります)


 畜魔症。瘴気障害の一種であり、脂肪にも魔力因子を持つようになった結果、贅肉と一緒に魔力を溜め込む病気であるが……マルディーンの薬を飲んでも、ヴァルムートの体型がワガママなままだったら、まだ救いがあったのかもしれない。

 しかし、ヴァルムートはマルディーンの薬を飲んだ途端、体型も変化してしまった。それは要するに、彼の贅肉は全て瘴気障害によって賄われていたと言う事であり、それだけ瘴気を溜め込んでいたという事である。であれば……普通はあんなにも太る前に気が狂れるか、魔物に成り下がってしまうだろうに。それなのに、ヴァルムートは目方と一緒に瘴気を溜め込んだまま、人間としての姿も保っていた。そして……それは通常であれば、「ありえない事」なのだ。


「そういう事、ですか。……ヴァルムート公もまた、依代の候補になり得ると判断されたのですね? 瘴気に対する異常耐性……つまりは、精霊の先祖返りの性質を持つと見出された……と」


 自分の事だというのに、状況を把握できないのだろう。ヴァルムートはキュラータとグリフィシーの顔を交互に見比べては、彼らの様子を窺っていたが。彼の懸念を無理やり押し流すように、グリフィシーが柔らかく微笑みながらヴァルムートをやんわりと焚き付ける。


「まぁ、そんなところですね。このお方は、我らの神に見出されたのですよ、キュラータ。これ程までに、名誉なことはありません。でしょう? ヴァルムート様」

「そう、その通りだ。俺は選ばれし存在……本来はあったはずの魔力を封印されているだけに過ぎん。だから……俺は、グリフィシーを従者とし、魔力を取り戻しに行く事にした。ディアメロ公と同じように……」

「……ディアメロ様と同じ、ですって?」


 何がどうなって、そのような勘違いが生まれるのだろう? こんな勘違いをさせるまでに、グリフィシーは何をヴァルムートに吹き込んだのだろう?

 キュラータにはヴァルムートの真意や心情を理解することはできないが。それでも、ヴァルムートの勘違いが明らかによろしくない事だけはキッチリと把握して。先に行かせるわけにはいかないと、キュラータはメイスのグリップを握りしめていた。

【武具紹介】

・ヘムロッカー(闇属性/攻撃力+106、魔法攻撃力+42)

グリフィシーが所持する魔法武器。漆黒の鈍い輝きを放つ、見るからに禍々しいクロスボウガン。

リムとグリップに毒を浸透させるための蔦模様の彫刻が施されており、握るだけでセットされた矢に毒が流れ込む仕組みになっている。

リムが左右非対称に設計されており、3本通された弦から柔軟な弾道の矢を放つことができる。

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― 新着の感想 ―
なるほど、ヴァルムート君に目をつけたのはそういうわけだったのですね。 特異体質……。重要人物だわ。
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