6−48 大悪魔様仕込みの魔法
「一体、どこから来たんだ、こいつは……?」
折角の拘束魔法をアッサリと解除されたことも、腹立たしいが。ナルシェラが名前を知っていたことからしても、この小鳥はまたも、「向こう側」の味方らしい。手持ちの魔獣を片付けられた上に、増援まで。セドリックにとってはこの「手厚さ」も、非常に腹立たしかった。
「クソ……! 畜生如きが、僕の邪魔するなッ! 悠久の間に浮かぶ深淵より来たれ! 闇の鼓動を聞け……ダークディセイブ‼︎」
「ギュワッ!」
腹立ち紛れに、セドリックが闇属性の攻撃魔法を放つ。初級魔法とは言えど、「負の感情が強ければ強い程、威力が上がる」特性もあり、今のセドリックが放つダークディセイブはかなりの威力になるだろう。しかし……対するエックス君は鋭い一声だけで、防御魔法らしき壁を構築し、アッサリと攻撃を防いでみせる。その上で、更にけたたましく鳴き始めたかと思えば……。
「キュピピピピッ! ギュワワッ!」
今度は激しく羽ばたくエックス君。続け様に風系統と思われる魔法を発動し、セドリックに容赦なく浴びせ始めた。
「くっ……! うっ、うわぁぁぁぁッ⁉︎」
暴力的な威力の竜巻に飲み込まれ、セドリックが遥か彼方へ飛ばされていく。そのあまりに間抜けな様子に、ナルシェラとガラはもうもう、安心を通り越して、呆れることしかできない。……飛ばされて、退散だなんて。昨今の喜劇でも、滅多にない光景である。
「あのぉ〜、王子様。あの鳥、意外と強いんすか?」
「うーん……僕も手紙を運んでくれるだけだと、思っていたのだけど……。彼の作成者が大物悪魔さんなものだから、あらかじめ相当の魔法を仕込んでくれたのかも知れないな」
「あっ、そういうことっすか……?」
エックス君の猛攻性能は、あらかじめ仕込まれていたものではなく、ナルシェラ救援を見越した改良によるものだが。窮地を救われたナルシェラとガラには、そんな裏事情は知り得ぬことであるし、どうでもいいことであろう。
「とにかく、エックス君……助かったよ。ありがとう」
「ピチッ! ピチッ!」
愛想を振りまく愛嬌はそのままに。ナルシェラにお礼を言われて、彼の肩に着地すると同時に、ドヤっと胸を張るエックス君。それでも、お役目を忘れていませんとばかりに……一頻りナルシェラに甘えると、またもパタパタと飛び立つ。
「今度は何をしようとしてるんすかね?」
「さ、さぁ……」
エックス君の改良内容・その2。マモンはある程度の戦闘を見越すと同時に、ナルシェラを安全に逃すための魔法もエックス君に仕込んでいた。攻撃魔法と防御魔法も然り。そして……転移魔法もまた然り、である。
「ピチッ! ピチチチッ!」
「エックス君……?」
セドリックを大悪魔様仕込みの魔法で撃退したエックス君が、またも別の魔法を展開し始める。そうして……ナルシェラとガラの前に鮮やかに浮かんだのは、本来は魔力消費量・構築難易度も高いはずの、とある転移魔法の魔法陣だった。
「……ホント、高性能っぷりがヤバいっすね、この鳥。これ……多分、ユグドゲートっすよ」
「ユグドゲート?」
「人間界行きのポータルを構築する魔法っすね。そうそう簡単に使えない魔法だった気がしますけど……ま、魔法道具は何でもアリっすから。作成者が大物悪魔ってなりゃ、不思議じゃないっすねー」
魔法道具はあらかじめ魔法回路に魔法発動のギミックを加えておけば、該当の魔法が使えない利用者でも、作成者と同じ魔法を利用することができる。魔法回路に命令文を書き加え、オリジナルの魔法陣を書き出す技術と知識は必須となるものの、それはあくまで作成者側の負担であって、利用者側への負担にはならない。
しかも、原動力はフィールドの魔力を消費する仕組みになっているので、利用者側は魔力がなくとも問題なし。魔法道具へと落とし込めさえすれば、特定言語で構成される種族限定魔法だって利用できてしまう。やや大袈裟な言い方ではあるものの。ガラの言う「魔法道具は何でもアリ」も、あながち間違いではない。
「ピチッ、ピチッ!」
「あっ、行こうって言ってるみたいっすよ」
「そのようだね。……そうか、エックス君は僕達を迎えにきてくれたのか」
「キュキュッ!」
嬉しそうにピュイピュイと一頻りハミングした後、ナルシェラの肩に戻ってくるエックス君。またも得意げに胸を張っているが、愛嬌たっぷりに彼が作り上げた転移魔法は紛れもない本物。宙に浮かぶ転移魔法の魔法陣が、観音開きで開かれれば。その向こうには、ナルシェラとしては初めての場所ではあるものの……明らかに懐かしい空気を醸し出す、明るい世界が繋がっていた。
【魔法説明】
・ダークディセイブ(闇属性/初級・攻撃魔法)
「悠久の間に浮かぶ深淵より来たれ 闇の鼓動を聞け ダークディセイブ」
闇属性の初歩的な攻撃魔法とされるが、中級魔法・ダークスクリーム、上級魔法・ダークシンフォニアの派生元となるため、闇属性魔法を極めようとするならば必須級とされる。
術者自身のネガティブな負の感情を押し出し、フィールド中の瘴気へと結びつけ、死霊を擬似的に作り出して対象者を攻撃させる。
「欺く・惑わす」の意味通り、この魔法で生成された死霊は「まやかし」ではあるものの、術者の負の感情が強ければ強い程、リアルに即した死霊を作り出し、威力も高まる。
・ダークスクリーム(闇属性/中級・攻撃魔法)
「絶望の深淵より 黒き咆哮を上げろ 闇の慟哭を聞け ダークスクリーム」
ダークディセイブの「欺く・惑わす」要素を更に拡張した攻撃魔法であり、影や闇から「恐怖」の負のイメージ要素を引き出し、擬似生成した死霊の群れに対象を攻撃させる。
死霊達が悲痛な叫び声を上げながら狂ったように襲いかかるため、対象者の精神力が弱っている場合は、即死の追加効果を発生させることがある。
中級魔法ではあるが、「死霊の群れ」を擬似生成するため、魔力消費量が多く、最低限の発動でも効果範囲が非常に広いのが特徴。
・ユグドゲート(闇属性/上級・転移魔法)
「故郷を思い 原野の世界へ踏み分けん 我が身の禊を受け入れろ ユグドゲート」
異空間移動を叶える、転移魔法の1つ。悪魔言語・ヨルム語による、悪魔専用の種族限定魔法。
元々は魔界に「手違いで落ちてきた人間」に対し、真祖の悪魔が「お目溢し」をするために発案された。
しかしながら、純粋な人助けのための魔法……ではなく、「手違いで落ちてきた人間」=「罪人ではない清らかな人間」の魂を受け入れることを嫌ったために、渋々ヨルムンガルドが作り上げた魔法とされており、現代では主に悪魔が人間界へ出るために使われている。
発動には「悪魔としての祝詞を持つこと」、「空間の乖離を理解していること」が必須とされており、術者は自ずと上級悪魔以上の階級のみに絞られる。




