6−47 ホント、救いようがないっすね
鋼鉄の肌はザラリとしているのに、どこか生温かい。
ナルシェラは自分のために残された魔剣を手にし、深く深く息を吐き……魔獣達を見据えている。彼らは相変わらず、口元では威勢よくグルグルと唸っているが、魔剣の放つ輝きに怯えてもいるらしい。先程までジリジリと縮まりつつあった輪が、今度はジリジリと広がりつつある。
「何故だ⁉︎ どうして、あんたばっかり……新しい力をもらえるんだ⁉︎」
一方で、計画を台無しにされたばかりか……ナルシェラの手元にある魔剣の威容を見せつけられて、セドリックはまたも嫉妬に駆られ、頭を掻きむしる。
メローをナルシェラに食べさせ、神の器を完成させて……神の元へ連れ帰ったのなら。見返りに、新しい力を授けてもらえるはずだった。バルドルと同じように、天使言語さえをも理解できる叡智を。悪魔達と同じように、魔法の深淵を探求できる不老不死を。セドリックという存在を更に高みへと導いてください……それが、セドリックがグラディウスの神へと持ちかけた提案であり、神もまた、興味深そうにセドリックの願いを叶えてやろうと約束してくれていたのだが。
……そのメローがあろうことか、リンゴではなく剣になるなんて。飛んだ番狂わせだ。
「何故だ⁉︎ 何故だ、何故だ……何故だ⁉︎ 僕は何も、うまく行かないのに……どうして、ナルシェラばっかり……!」
「うーん……やっぱ、人徳じゃないっすかねぇ。王子様はメローにそうさせるまでに、性格も人柄も抜群だったってだけじゃないすか?」
「……なんだって? それはつまり、僕の性格が歪んでいると言いたいのか……?」
「とりま、そんなトコっすかね。まさか、自覚なしなんすか? いやいやいや、これだけのコトをしておいて……そりゃ、ありえないっしょ」
完全に形勢逆転とまでは、いかないけれども。攻勢を押し返し始めた状況を、ガラは狼の姿のまま楽しんでいた。そして、ここぞとばかりに……メローを追い詰めた恨みも上乗せして、セドリックをおちょくる。
「あんた……ホント、救いようがないっすね。その自分さえ良ければいいって考え方、捨てた方がいいっすよ。そんなんだから、出し抜かれるんす。誰にも愛されなくて、誰にも相手にされなくて。可哀想っすね〜?」
「うるさい! 僕は天才なんだ……本当は、僕こそが選ばれるべきはずなんだ! それなのに……いつも、いつも、いつも! 僕は……!」
いつも、2番だった。
両親の愛は妹へと真っ先に注がれて、自分は余った愛をついでに注がれるだけ。
魔法学園の本校へ入学しても、特に注目されることもなく他の生徒に埋没して。
しかも、ミアレットなどと言う、出どころも不明な平民に魔力も注目度も出し抜かれて。
自ら望んで飛び込んだグラディウスの箱庭では、神様が目をかけ、注視するのはナルシェラばっかり。
思い返せば、思い返す程。セドリックは本当に欲しい愛も、注目も、力も……何もかも。どれ1つとっても、誰かに齧られてあぶれた食べ残ししか、与えられてこなかった。だから、自らもぎ取ろうと思ったのに。それすらも、うまく行かなかった。何故なら……メローというリンゴはただ大人しく食べられる事を拒み、ナルシェラに傅く事を選んだのだから。
「ま、まぁ、いいでしょう。そんなちっぽけな剣でできる事なんて、高が知れている。……あなた達が弱者なのは、変わりません。たった一振りで勝った気になるなんて……思い上がるのも、いい加減にしたらどうです」
「その言葉、そっくり返してやんよ、セドリック。……メローも、王子様も。あんたが思っている程、弱かない」
それもそのはず、メローが遺した魔剣・ハティブロートはたった一振りであったとしても、劣勢を容易く覆してくれそうな威厳に満ちている。そして、「彼」はナルシェラに勇気と希望とを存分に与えもしているようで……あれ程までに頼りなさげだった王子様は、凛々しい横顔をガラにも見せつけていて。そのことが何よりも、ガラには頼もしく……そして、嬉しく感じられた。
「王子様。とにかく、こんな辛気臭い所、おさらばするに限るっす! そいつで、やっちゃって下さい!」
「そう、だね。悪いけれど、僕達は……この世界に残るつもりはない。元の世界に帰らせてもらうよ!」
「くっ……お前達、何をしている! ナルシェラを仕留めれば、きっとご褒美をもらえますよ……行きなさいッ!」
セドリックの号令で、尻込みしていた魔獣達がいよいよ踊りかかってくる。きっと、以前のナルシェラだったら恐怖に竦んで、逃げるどころか……動くことさえ、できなかったろう。
「メロー君……僕に力を貸してくれ!」
だが、今のナルシェラは1人ではない。手元には、信頼している相棒が。すぐ横には、頼れる用心棒が。彼らがそばにいてくれるからこそ、ナルシェラは前に進むことができるし……強くもなれる。
「う、嘘でしょう……?」
ナルシェラが繰り出すのは、初めて魔剣を握ったとは思えない程に、華麗な剣捌き。魔獣達の牙や爪を強か弾き、軽やかに鋒で屠っていく姿は、王族仕込みの格式や魔剣の煌めきも相まって、優雅にステップを踏む貴公子のそれである。そんな彼の華麗な姿に……セドリックは嫉妬に加えて、耐え難い敗北感も噛み締めていた。
「……可哀想な事をしてしまった。いくら魔物とは言え、殺めずに済めば良かったのだけど」
「いや、王子様。そんな事を言ってる場合じゃ、ないっしょ。ホント、どこまで平和ボケしてるんだか……」
根っからのお人好しなナルシェラは、セドリックを恨んではいない。メローにそうさせてしまったのは、自分が弱かったからだと自覚もしている。だが……そのメローの想いを無駄にしないためにも。ナルシェラはグラディウスの生贄になることを徹底的に拒み、人間界へ何が何でも帰ってやろうと、心に決めてもいたのだ。だから……。
「……セドリック君には、さようならを言わないといけないみたいだね。君とはいい友人になれると思っていたのだけど……どうやら、僕の勘違いだったようだ」
「ま、待て……! 第一、この世界に人間界への出口なんて、最初からありませんよ! 逃げようたって……」
「見つからないのなら、探せばいい。ないのなら、切り拓けばいい。僕は何が何でも、この世界から出てみせる。……ガラ君。君も付いて来てくれるかい?」
「当然っすよ。こうなったら、徹底的に探して……探しまくって。絶対に帰ってやりましょう、あっちの世界に」
それが相棒の望みでもありましたし。ガラは牙を見せながら、狼の姿で器用にニヤリと笑う。思い入れたっぷりの相棒はとうとう、いなくなってしまったけれど。その相棒が残したご主人様の行く先を見届けるのは、悪くない。
そうしてナルシェラとガラはもうもう用はないと、セドリックにくるりと背を向け、行方知れずの暗闇へと歩み始める。
「させない……逃さない! 清廉の流れを従え、我が手に集え! その身を封じん、アクアバインドッ!」
しかし、ここで逃げられたら、セドリックは大いに困るのだ。神様に願いを叶えてもらえないばかりか、大事な器を逃がしてしまったとあらば、無事でいられる保証もない。なので、せめてナルシェラだけでも確保せねばと、セドリックは咄嗟に拘束魔法を展開するが……。
「キュピピピピピッ‼︎」
「……⁉︎」
ナルシェラへと一直線へと伸びる水流の縄は、突然の鋭い鳴き声と強烈な突風でかき消される。形状からするに、風属性の魔法のようだが。その主らしき飛行物体を見やれば……そこに浮かぶはパタパタと羽ばたく、白銀のボディ。
「エックス君……!」
「キュピッ!」
「え、エックス君⁇ もしかして、あの小鳥のことっすか?」
そう……間一髪のところでセドリックを阻んだのは、飼い主を見事に見つけ出したエックス君だった。
【武具紹介】
・ハティブロート(闇属性/攻撃力+92、魔法攻撃力+84)
アップルフォニー・メローが自らの意思で魔法道具化し、発生した漆黒の魔剣。
片手剣に分類され、非常に軽いのが特徴。
ベースは闇属性だが、メローの風属性の名残か、剣身部分に鮮やかな黄金色の装飾が施されている。
持ち主の闘志の昂りに呼応し、一定確率で俊敏性を高める追加効果がある。




