6−43 手を取り合うことを是としていますので
点で話にならなかったな。全くもって、腹立たしい。
ミアレットは迎賓館に戻ってから、ようやくそれらしい夕餉をディアメロと頂いているが。テーブルの向かい側では、ミアレットがお取り寄せした「思い出のバゲットサンド」に豪快にかぶりつきながらも、ディアメロがクドクドと愚痴をこぼしている。
(ディアメロ様、相当にご立腹だわー。ご機嫌、超斜めだわー。でも……それも、仕方ないかぁ……)
ディアメロが「点で話にならなかった」と憤懣を募らせているのは、他でもない、クージェ帝国第一皇子・フレアムである。
「王になったら、どんな国を作っていくのか」。ディアメロとの問答で、フレアムは「理想の帝国を作る」と答えたものの。続けてディアメロから放たれた「あなたの理想とは?」の質問に対し……しばらくチラチラと母親と叔母様の顔色を窺った後に、堂々と「ゴラニア最強の帝国だ」と鼻の穴を大きくして宣ったのだから、これまた大層ご立派であった。
「平和ボケしているローヴェルズには、思いも寄らぬことだろうが」
しかも、フレアムはご丁寧にもローヴェルズを見下し、愚弄することも忘れない。鼻の穴を通常サイズに戻すことは忘れたまま、上から目線で言ってのける大胆さと言ったら……背後でカテドナが殺意混じりのガンを飛ばしているのにさえ、気づけない程である。
「確かに、あの様子ではその先まで見越せているとは、思えませんねぇ……」
「だろう? このご時世で最強になった暁に、何をするつもりなのやら、フレアム公は」
「戦争ならば、受けて立つぞ」と荒々しい鼻息のディアメロの手元に、しっかりとコーヒーを差し出しながら。キュラータも苦笑いを隠そうともしない。
「別に、戦争が起こるわけではないでしょうに。ディアメロ様、落ち着いて」
「……それもそうか。しかし、兄があれではヴァルムート公が不憫で仕方がない。とは言え……ヴァルムート公も似たり寄ったりのようだし、クージェの跡目問題は紛糾しそうだな」
因みに、今でこそ苛立ちを顕にしているものの。会食中(お食事どころではなかったが)、ディアメロは王子様スタイルでお上品に立ち回っていた。が……きっと、我慢してお上品に振る舞った反動だろう。未だに気が立っているディアメロは、優雅なお言葉をお吐きになった口で、ガブガブとバゲットサンドに無遠慮に噛み付いている。
(やっぱり、ナルシェラ様とディアメロ様は、なんだかんだで真面目よね。ちゃんと、王国を豊かにするにはどうすればいいか、考えているみたいだし)
相当に、怒りを抑えつつ。ディアメロは「我が国は、手を取り合うことを是としていますので」とにこやかに応じていた。ディアメロは感情的な部分はあれど、しっかりと王族として振る舞う器用さも持ち合わせている。それが故に……しっかりと自分の理想も提示しては、余裕さえも見せつけていた。
(でも……あの様子じゃ、分かってなさそうね。フレアム様も、将軍様達も)
ローヴェルズの経済は幸いと、安定している。だから、税収の見直しと調整をして……それぞれの領地に合った特産品の模索と安定供給に根ざした公共事業を進めていきたい。それがナルシェラが語った「王としての夢」であり、同時に兄を支えようとしているディアメロの目標なのだと、フレアムにも聞かせていたが。
(この差を見せられたら、ますますローヴェルズの方がいいってなるわぁ。何より、私はレトロなお城の方が好みだし)
モキュモキュとバゲットサンドを齧りつつ。問答の顛末を、ミアレットはぼんやりと思い出す。
結局のところ、フレアム達は見識や悔いを改める事もなく。お縄についたまま……ルエル達が戻ってきた後は第一王妃権限で、第二王妃と将軍様は食堂から貴族牢へと連行されていった。一応、フレアムは実行犯ではなかろうとの見解で、牢屋行きは免れていたが。後ろ盾とも言える母親達が揃いも揃って、牢屋行きともなれば。悔い改めない限り、平穏な皇子様ライフは戻ってこないに違いない。
(それにしても、ナルシェラ様の夢か……。そのナルシェラ様は今頃、どうしているかなぁ……って。えっ?)
ミアレットがナルシェラを思い出すついでに、テーブルの上に置かれていたエックス君の鳥籠を見やれば。さっきまでいたはずの小鳥ちゃんが、忽然と消えていた。
「エックス君がいない……」
「えっ? 本当だ……エックス君、どこに行ったんだ……?」
「もしかして……ナルシェラ様を見つけられたのかしら?」
作成者のマモン曰く。改良後のエックス君は、声を魔力波長に置き換えたものを認知する仕組みになっているそうで。ナルシェラの波長データを元に、神界の監視システムと通信をしており……それらしい波長の一致を感じ取ったらば、鳥籠の底に仕込まれている転移魔法で出動していくと言っていた気がする。
「勝手に出かけて行っても、心配しなくていいからなー」
と、マモンは飄々と言っていたが。……いくら相手が魔法道具とは言え、心配なものは心配である。
「……? キュラータさんも、どうしました?」
しかも、エックス君がいなくなったのと時をほぼ同じくして、キュラータもただならぬ雰囲気を醸し出しているではないか。険しい表情で虚空を見上げており、何かを探っている気配だが……。
「この感じは、まさか……?」
「キュラータさん、何かあったのです?」
「えぇ、少し不味い状況のようです。おそらくですが……私の元同僚が近くにいるものかと」
「へっ? キュラータさんの元同僚さん、ですか?」
キュラータは暗黒霊樹・グラディウスから生み出された魔法生命体である。そんな彼の元同僚ともなれば、当然……その相手もグラディウスの尖兵だと考えるべきか?
「誠に申し訳ございません。ディアメロ様に、ミアレット様。少し様子を見て参りますので……お2人は隣の部屋でお待ちいただけますでしょうか?」
キュラータの緊迫した面持ちからするに、彼の言う元同僚はよろしい相手ではないらしい。きっと、ミアレットとディアメロの安全を確保するためだろう、2人に隣の部屋……ルエルとマルディーン、カテドナが休んでいる……へ移動するよう、進言してくる。
「もちろん、それは構わないが……大丈夫なのか?」
「無論、ご心配には及びません。ルエル様の契約下にある以上、裏切る真似は致しませんよ」
「いやいや、そうじゃない。僕が心配しているのは、キュラータ、お前自身のことだ。……僕はとっくに、キュラータを信頼しているさ。エックス君もだが……お前がいなくなってしまうのは、とても寂しい」
「……」
だから、必ず帰ってくるんだ。
ディアメロの意外にして、当たり前の懇願に……困惑しつつも、キュラータはフッと口元で嬉しそうに微笑すると「必ず帰って参ります」と小さく返事する。
(こうも絆されては、敵いませんね。どうやら、今の坊っちゃま……あぁ、いや。王子は殊の外、甘えん坊のようだ)
またも、正体不明の「坊っちゃま」を思い出しかけ、キュラータは混濁する記憶を律する。少なくとも、彼の元同僚は上の空で対峙できるほど甘い相手ではなかろうと、廊下を進む道すがら、気を引き締め直した。それでなくとも……。
(私が気づいたということは、向こうも気づいているはず。しかし、困った事になりました。彼とは、相性が悪いんですよねぇ……)
キュラータが知る限りでは、彼……グリフィシーは遠距離攻撃を得意とする、後方支援タイプだったはず。前衛タイプのキュラータにとって、あまり歓迎したい相手ではない。
(それでも、出来る限りのことは致しましょう。……折角、手に入れた自由と居場所です。みすみす失うつもりもございません)




