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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第6章】囚われの王子様
255/327

6−41 天使の温情と、悪魔の配慮と、薬剤師の敏腕と

(まだ間に合いそうですが……少しばかり、厄介な状況のようです)


 ディアメロがフレアムと「王の資質」について問答をし始めた頃。ハシャド王の寝室に案内されたマルディーンは、彼の衰弱加減に眉を顰めていた。


「ルエル様。ハシャド王は想像以上に、危険な状態かと。まずは、ポイズンリムーバーをお願いできますか?」

「えぇ、任せなさいな。緩和薬の調合はお任せして、宜しくて?」

「もちろんです。すぐに取り掛かります」


 ベッドに横たわる帝王は、体躯こそ猛々しさを保っているとは言え……顔色は死人のように青白く、所々で脈打つ血管は異様に黒々としている。それでも、きっと普段からしっかりと鍛えていたのだろう。ジワジワと肉体を侵食する毒にも負けず、彼は意識こそ手放していても、体力は十分に残していると見える。


(脈の速度は安定していますね……おそらく、心臓が強い証拠でしょう。本人の生命力が強くて、助かりました)


 マルディーンはこの状態であればまだ間に合うと踏んでは、「会長」から託された落とし子コレクションからローレライ原産とされる、ダイダイホオズキの実を選び出す。

 丁寧に瓶詰めされ、綺麗な字でラベルが貼られている花が多い中……ダイダイホオズキは花ではなく、「実」の状態で用意されており、緩衝材に埋められた格好で箱詰めされていた。しかも、表皮がツヤツヤしているのを見ても……搬送途中に毒が漏れないよう、ワックス処理まで施してある様子。


(ハハハ……しっかりと、下処理までして下さいましたか。流石は会長です)


 ダイダイホオズキには優れた利尿作用と解熱効果に加え、強力なデトックス効果がある。しかしながら、鮮やかなオレンジの実は非常に脆く、少しでも傷つけたり、潰してしまうと、強烈な毒が飛び散るため……薬として扱う以前に、搬送にも細心の注意が求められるのだ。その上、霊樹の落とし子は軒並み調合も難しい植物であるため、希少性も相まって、並の薬剤師ではお目にかかれる機会さえないとされる。


(なので、まずは……毒とワックスを中和する必要がありますね)


 しかしながら、マルディーンは経験豊かな腕利きの薬剤師である。ダイダイホオズキの扱いも心得ており、処理法も熟知している。そうして、彼は繊細な実を潰さないように、手慣れた慎重さで浄化された薬水へと沈めていった。


(やはり、高魔力のダイダイホオズキは違いますね。順応性も非常にいい)


 鮮やかなオレンジ色の実が穏やかなグリーンに変われば、毒が中和された合図。薬水へ毒を吐き出した実を引き上げ、更に新しい薬水へと移し変える。そこに、今度はミルナエトロラベンダーの蕾を練り潰したものを加えると……ダイダイホオズキのグリーンの実が、ミルナエトロラベンダー入りの水溶液をグングンと吸収し始めた。


「ところで、ヴァルヴァネッサ様。……ハシャド王のこの状態を見ても、クージェの医者は何もおっしゃらなかったのかしら? 余程の藪医者でもない限り……いいえ、違いますわね。藪医者だろうが、素人だろうが。これがただの病気ではないことくらい、誰にだってすぐに分かる事でしょうに」


 マルディーンが水溶液を吸い尽くし、ぽってりと太ったダイダイホオズキの実に、解毒作用のある薬草を練り合わせていると。ルエルが当然の質問をヴァルヴァネッサに投げている。当のハシャド王はルエルの魔法の効果もあり、先程よりは呼吸も落ち着いたようだが……まだまだ危険な状態だ。


「その通りですね、天使様。ですが……国内の医者は皆、口を揃えて申しました。“瘴気障害を治す術はない”と。陛下の病は人為的なものであると私が訴えても、首を振るばかり。精密検査もさせましたが、原因や証拠は掴めませんでした」


 おそらく、彼らはハシャド王を救うこと以上に、アルネラを敵に回すのが怖かったのだろうとヴァルヴァネッサは悔しそうに唇を噛む。しかし、仮に原因が人為的なものだと判明したとて……「人間の文明」において、瘴気障害に根本的な治療法がないのは、紛れもない現実である。もし、他に治療の可能性を模索するとなれば……。


「ふぅ……仕方ないわね。マルディーン様、1つお願いしてもよろしくて?」

「お願い、ですか? 僕ができることであれば、喜んで協力致しますが……」

「……こうなったら、しっかりと根幹から瘴気を祓って差し上げるしかないわ。あなたの作ったお薬に、これを混ぜていただける?」


 そう言うが早いか、ルエルは再び翼を広げると、自らの羽を1枚毟った。そして、それをそのままマルディーンへと手渡す。


「天使の羽は魔力の塊であり、生命の活性化をもたらすわ。あいにくと、新鮮なうちに使わないと効果を発揮できないけれど。……抜きたてであれば、十分に役立つはずよ」

「……! 承知致しました。是非に加えさせて頂きます」


 天使の翼は魔力の供給器官であると同時に、神界の霊樹・マナツリーの束縛の証でもある。そして、天使の翼に生える羽は非常に強い光属性を宿し、抜いた直後であれば、魔法道具や魔法薬の材料にすることができる。


「ふふ……私にここまでさせたのですから、しっかりと息を吹き返しなさいな、帝王様とやら。あなたは相当に幸運よ? 天使の羽が魔法材料として利用できるのは、長くても数日なのですから」


 だが、意図しない悪用を避けるためだろう。天使の羽は抜け落ちた瞬間から劣化が急速に進み、一週間を待たずとも魔力分解されて、虚空に消えるのが常である。そのため、天使の羽を使った魔法薬にありつけるなんて幸運は、普通の人間にはまずまず舞い降りない。


「さ、できましたよ。ヴァルヴァネッサ様、こちらをハシャド王に」

「ありがとうございます……!」


 天使の温情と、悪魔の配慮と、薬剤師の敏腕と。幸運が重なりに重なった、ペースト状の魔法薬を恭しく受け取ると……ヴァルヴァネッサは感動で涙ぐむのもそこそこに、ハシャド王の口へゆっくり薬を含ませる。天使様の羽効果か、暗がりでもキラキラと輝く魔法薬相手に、咳き込むこともなく。ハシャド王は意識がないなりにも、緩やかな呼吸と一緒に魔法薬を飲み下していった。

【補足】

・ダイダイホオズキ

ローレライ原産の「霊樹の落とし子」の一種であり、クロゲッカビジンの派生種。

年に2回、黒い萼(外皮部分)を持つ実を鈴なりに付けるが、この萼はしばらくすると自然と溶けていき、その際に強烈な腐敗臭と神経毒とを空気中にばら撒く性質がある。

そのため、花が咲いた後からアミホオズキ(萼が腐り落ち、葉脈だけ残った状態)になるまでの間は、不用意に近づかない方がいい。

残された実部分は特に薬効が高いとされ、解熱・利尿作用に加え、体内の毒素を強制的に排出させる効果がある。

ただし、実部分も無毒ではないため、薬種として扱う場合には所定の毒抜きが必要。


・クロゲッカビジン

「霊樹の落とし子」と呼ばれる、ローレライ産の原生植物。

サボテンに近い姿をしているが、鋼鉄霊樹・ローレライに相応しく、花も幹も真っ黒でメタリックな質感である。

毒があるのは花部分のみであり、開花期に花粉と一緒に毒を撒き散らすが、その一瞬以外は無害とされる。

鋼鉄にも似た外皮に守られた多肉質部分は水分だけではなく、クリーム状のペースト内に亜鉛やセレンなどの、美容に有効なミネラルも多く含まれていることから、化粧品の材料に打って付けである。

しかしながら、ローレライが消失した現代では産出が限られており、採取できるのは強欲の大悪魔・マモンの庭のみ。

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― 新着の感想 ―
おおっ! 天使様の羽根が使えるなんて幸運(*^^*) ミアレットさんがしょっちゅう天使様や悪魔様と一緒にいるので、ついつい忘れちゃうんですけど、天使様に遭遇するって珍しいことなんですよねえ~ クロゲ…
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