6−39 魔力は持って生まれてこなかった方が悪い
いつか、こんな時が来ると思っていた。
ヴァルヴァネッサはしんみりと……それでいて、ようやく重圧から解き放たれたと言わんばかりに、どことなく安心した表情を見せているが。渦中のヴァルムートは当然ながら、ぶつけられた現実を受け入れられないでいる。
(俺は……無能だった? 俺は……)
ヴァルヴァネッサの告白は、ヴァルムートにとって存在そのものを否定される現実だった。
自分は帝王と優秀な母親から生まれた、絶対的な支配者。稀有な魔力適性を持ち、オフィーリア魔法学園本校へと足を踏み入れることを認められたのではなかったか。それなのに……。
《魔力は持って生まれてこなかった方が悪い。無能は無能らしく、支配されていればいいんだ》
いつかの時に、自分自身が魔法学園の教師へと放った言葉が、そのまま胸に突き刺さる。
彼の持論によれば、「魔力は持って生まれてこなかった方が悪い」。だから、この場合は「魔力を持たずに生まれてきたヴァルムートが悪い」となる。しかしながら、無論のこと……この持論が自分に適用されるだなんて、彼自身は夢にも思っていない。
「クククッ……アハハハハッ! そう、そうだったの! だったら、私達のフレアムちゃん以外に、帝王に相応しい人間はいないじゃない! 良かったわね、フレアムちゃん!」
「そ、そうですね、母上! ヴァルムートなんぞ、最初から眼中にありませんでしたが! これで、俺以外の候補はいなくなった訳ですし……」
しかも、追い討ちをかけるようにフレアム達が「自分達こそが支配者なのだ」と大仰に騒ぎ出す。「無能は無能らしく、支配されていればいい」。これもまた、ヴァルムート自身から出た言葉であったが……今まさに、自分が支配される側に転落したとあっては、彼の心はポキリと折れ、いつもの横柄さを取り戻す事もできないでいた。取り繕ったように「オホホホ」と下品に笑うフィステラの侮蔑混じりの視線を受けても尚、ヴァルムートには言い返す気力もない。
「おや……それはあり得ないのでは?」
「えっ……?」
「そもそも、あなた達は罪人でしょう? ルエル様に毒を供したばかりではなく、ハシャド王にも毒を盛っている可能性が浮上しているのですから」
だが、しかし。そんなフレアム達の上機嫌に水を差したのは、意外や意外。ディアメロの背後に控える、キュラータだった。
「陛下は、本当に体調が優れないだけで……何を根拠に、そのような事を申すのです!」
「そ、そうだ! 我らがそのような卑怯な真似をするはずないではないか!」
……ルエルのスープに毒を混入するのは、卑怯な真似には含まれないんだろうか?
その場の全員が、白けた視線をフィステラ達に向けるものの。悲しいかな。自らを清廉潔白と思い込んでいる第二王妃様と将軍様は、ローヴェルズのメンバー全員に「ダメだ、コイツら」と思われている事なんぞ、思いも寄らない。
「左様でしたか。でしたらば、ヴァルヴァネッサ様。すぐにでもルエル様とマルディーン様に、ハシャド王を診ていただいては、如何でしょう。病気にしても、毒にしても。お二人にかかれば、良い治療法が見つかるはずです」
口では「左様でしたか」と肯定しつつも、ヴァルヴァネッサに水を向ける時点で、キュラータがフィステラ達を信用していないことは明白。それは、ルエルも同じと見えて……フィステラではなく、ヴァルヴァネッサに「案内をお願い」とニコリと微笑む。
「お、お待ちを! 陛下はお休み中……」
「これ以上は見苦しくてよ、アルネラとやら。それに、さっきも洗いざらい正直に話せば、助けてやると言ったつもりでしたけど……忘れてしまいまして?」
ルエルは麗しい笑顔を繕いながらも、目では笑っていない。そうして、ルエルが妙に据わった眼差しでカテドナに合図を送れば。カテドナも「承知しました」と小さく答えると同時に、手際良く拘束魔法を展開する。
「愚かなる者に、大地の怒りを示せ。我が意志を受け取り、打ち据えん。ローゼンビュート」
「う、うわっ⁉︎」
ファニア陣営3名様の足元から、ニョキニョキと蔦の鞭が繁茂し始め、あっという間に雁字搦めに拘束せしめる。椅子に縛り付けられた姿は、無様というより他にないが。口だけはまだまだ威勢もいいため、三者三様にギャーギャーと喚く元気はあるらしい。
「き、貴様ッ! 使用人の分際で、このような真似をして、タダで済むと思っているのか⁉︎」
「そうだぞ! 俺は次期皇帝になる男なんだ! これは許されざる……」
「罪人に許されざるとも、結構です。あなた達は揃いも揃って……何を勘違いしているのやら」
相手にする価値もないと、カテドナはヒラヒラと手を振っては、呆れ顔を隠さない。しかも、きちんと「事と次第」を説明し、「彼らが置かれている状況」を分からせてやる意地悪まで抜かりなくやってのける。
「そもそも……あなた達は人間界における罪人ではなく、神の世界における罪人なのですよ。そろそろ、身の程を弁えたらいかがでしょう」
「それは、どういう意味……?」
「ルエル様を害そうとした事で、あなた達は神の怒りに触れたも同然。……ルエル様は漠然と聖女と崇められているわけではないのですよ。そうですよね? ルエル様」
「ふふ……その通りよ、カテドナ。全く、ディアメロ君からも私に構わない方がいいと、言われていたでしょうに。まぁ、いいわ。折角だし……あなたの曇った瞳、ここでしっかり晴らしてあげる。覚悟なさいな……人間の将軍様とやら」
スクと立ち上がり、意味ありげな微笑を漏らすと……ルエルは惜しげもなく、美しい4枚の翼を思う存分に広げた。ファサと軽やかな音と同時に、羽根からこぼれ落ちる神々しい光。手品でも、魔法でもない。あからさまに「本物」を見せつけるルエルの立ち姿は、無礼な無心論者の頭の中さえも真っ白に染めていく。
「嘘、でしょ……?」
「まさか、こ、この女が……天使様だなんて……!」
そうして、遅まきながらにフィステラとアルネラは理解するのだ。どうやら、自分達は知らぬところでとんでもない相手に喧嘩を吹っ掛けてしまったらしい事を。
「ウフ、その通りでしてよ。私はルエル。……神界の眷属にして、女神の愛し子達を見守る聖女ですわ。で? この私に毒を盛ろうとした事について、申し開きする事はありまして?」
「そ、そ、それは……」
胡散臭い占い師だとばかり思っていた相手が、文字通りに「聖なる女」だったなんて。アルネラの曇った眼では到底、見透かせるはずもなく。ルエルの強烈な神聖性を前にして、ようやくクリアに現実が見えるようになったものの……時既に遅し、である。




