6−38 真実の至近距離
ミアレットが導き出した推測は、運悪く真実の至近距離を掠めてしまったらしい。そして、憔悴し切った表情からしても……ヴァルヴァネッサは知っていたのだろう。ヴァルムートが畜魔症であることも、彼の魔力適性が病によって賄われていた事も。
「は、母上……俺は、もしかして……」
「……ヴァルムートちゃん、大丈夫よ。あなたは生まれつき、少し魔力が弱かっただけ。あなたは何も、悪くないわ」
力なく答えるヴァルヴァネッサであったが、もうもう取り繕うつもりもないのだろう。贅肉が落ちて精悍な顔つきになったヴァルムートに微笑みつつ……フレアム達が同席していることさえも、気にせずにポツリポツリと内情の一部を語り出す。
「そちらのお嬢さん……ミアレットさんと言ったかしら? あなたの推察通り、畜魔症が緩和されてしまうと、ヴァルムートちゃんの魔力適性も減ってしまうわ。とは言え……知っての通り、瘴気障害は完治できない病気でもあるから、恩恵が完全になくなってしまうわけではないけれど」
「それにしたって! わざと病気にするなんて、どうかしてます!」
「そうね。それが、普通の感覚よね。でも……そうするしかなかったのよ。我がハルデオン家の系譜から、魔力適性が弱い者が生まれたなんて事実は……埋めなければならなかったもの」
しかも、その隠蔽はハシャド王も容認していたと言うのだから、驚きである。
「もちろん、最初は猛反対されたわ。陛下はね、ヴァルムートちゃんが自分の息子であることに変わりはないのだから、魔力適性の有無に関係なく……伸び伸びと育ってくれればいいと、言ってもいたの」
だが、ハシャドは良くても……ハルデオン家の者達はそれを良しとしなかった。ヴァルヴァネッサが優秀だったが故に、彼らはヴァルムートの不出来はハシャドの血筋のせいだと喚きもしたし、いっそのこと、ヴァルムートを亡き者にせよと言い出す者もいたらしい。
だが、ハシャドとヴァルヴァネッサには息子を殺すなんてことはできなかった。それに、ハルデオン家にとってもヴァルムートは生きていた方が良いと判断されたそうで……ヴァルムートを「帝王の後継」として生かすために畜魔症にすることを提案したのは、ヴァルヴァネッサの父だったと言う。
「最初はね、私はファニア家とは仲良くしてもいいと思っていたのよ。確かに、当家は魔法一筋の家系ではあるし、私自身も魔法の方が重要だと思ってもいるわ。でも……陛下の純粋な夢を壊すのも、忍びなくて。……フレアム君がヴァルムートちゃんと同い年じゃなかったら、ここまで肩肘張らずに済んだのに」
「それは、どういう意味……?」
意外な告白に、フィステラが回復したての目を丸くしては第一王妃を見つめている。一方で、第二王妃の視線を受けて……やや自嘲気味にヴァルヴァネッサはため息を吐きながら、言葉を続けた。
「そのままの意味よ。同い年の皇子がいるとなったら、実家が黙っているわけ、ないじゃない。……私は父から何がなんでもファニア家を出し抜けと、言われ続けていたの。それに……あなたも敵対心、剥き出しだったし。これで仲良くなれる方がおかしいわ」
ライバルの家系に、同い年の皇子が生まれた。しかも、向こうは優秀な魔力適性まであるらしい。
その事は、ヴァルヴァネッサはともかく……ハルデオン公爵の神経を逆撫でするに、十分だった。仮にヴァルムートを亡き者にしたとしても、ファニア陣営には優秀な皇子というカードは残る。いや……むしろ、ヴァルムートがいなくなったら、ファニア家の皇子のみが成人を迎え……場合によっては、そのまま即位する未来もあり得る。
それでなくとも、有力貴族のストラート家がここ最近、「帝王の選定条件」について苦言を呈するようになってきたのだ。魔力適性の保持率の関係から、帝王は貴族から選ばれるのだし、魔力を持てる可能性が低い平民にとってはタダの茶番であろう。そんなことならいっその事、ローヴェルズと同じように世襲制にすれば良いだろうに……と。
不都合な同い年の皇子の存在と、有力貴族の不都合な主張。この2つの逆境から試算されるのは、ファニア家に実権が渡る可能性と、それに伴うハルデオン家失墜の予兆。しかも、ヴァルムートは魔力適性が乏しいという悪条件まで揃っている。
「だから、陛下はヴァルムートちゃんを生かすためにも、渋々提案を飲んだのよ。……このまま有力候補1人の状態を放置すれば、確実にファニア家が台頭する。そうともなれば、自分達の事しか考えていない、ファニア家のこと。……ストラート家の意見を採用して、アッサリと帝位継承を世襲制にするだけではなく、都合の悪い相手を手当たり次第に放逐するだろうと」
「なっ……! それは、何の世迷言だ⁉︎ ファニア家は、そんな事は……」
「しないとでも、言いたいのかしら? アルネラ将軍。あなた……貴族内で自分が何て言われているか、ご存知? 身内が大好きな、依怙贔屓将軍。あなたの言う世迷言って、真実を指すの?」
第一王妃の指摘が図星だったようで、言い返せずにギリギリと歯軋りをするアルネラ。そんな彼女の様子にミアレットは「なんだかなぁ」と、ますます呆れざるを得ない。
(自分がどんな風に思われているのか、本当に分かっていないのかしら……)
出会ってからまだ1日も経過していないのに、アルネラの間抜けっぷりをミアレットは十分に理解させられていた。ハシャド王も彼女に関しては「目が曇っていて、使い物にならない」と評価を下していたようだし……実力こそあるのかも知れないが、根本的にオツムが足りない気がする。
(それに比べて……ヴァルムート君のお母様は、流石って感じよね)
ルエルをターゲットに選んだ、「人を見る目のなさ」を露呈した第二王妃や将軍様と比較しても、ヴァルヴァネッサの語り口は堂々と安定している。ヴァルムートを敢えて畜魔症にしたことは、許されざることではあろうが。その背景に「貴族ならではの問題」があった事も的確に示しては、ヴァルムートを守るためだったと締めくくった舌鋒からしても、彼女の頭は非常によく回ると思わざるを得ない。そして……。
「いつか、こんな時が来るんじゃないかと思っていたけれど……でも、ね。私はそれを恐れると同時に、心のどこかで望んでもいたの。ヴァルムートちゃんを守るんだなんて、大義名分を作り上げたところで……やっていることは所詮、親のエゴですもの。……こんな馬鹿げたこと、いつになったら止められるんだろうって、いつもいつも思っていた。貴族なんかじゃなければ、こんなにも苦しまなくて済むんじゃないかって……ずっとずっと、ね」
愛の示し方を、間違えちゃったみたい。
最後にポトリと落ちた第一王妃の呟きは、軽々しい口調の割に……有り余る苦悩に満ちていた。




