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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第6章】囚われの王子様
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6−37 画期的な変質

 マルディーンはヴァルムートを否定することは、何も言っていない。ただ魔力の変調を感じ、親切に薬を出してやろうとしただけだ。それなのに……ヴァルムートの母・ヴァルヴァネッサは烈火の如く怒り出し、異国の薬剤師を睨みつけている。


「えぇと、母君、落ち着いて。私は何も、ヴァルムート様が重篤だと言っているのではなく……これはあくまで、予防薬ですよ。別に病気でなければ、それまでです。薬の効果が出ないだけですし、害がある訳では……」

「ですから! ヴァルムートちゃんにはそんな病気、予兆もありませんの! お薬は必要ありません!」


 あまりの不自然なお怒りにはミアレット達だけではなく、当のヴァルムートも怪訝そうに顔を顰めている。

 確かに、「あのルルシアナ製薬」の薬剤師とは言え、マルディーンの信頼性はクージェでは皆無である。ルルシアナ商会の名こそ知れ渡っているものの、本拠地がカーヴェラという事もあり、クージェではルルシアナ製薬の薬を取り扱っている店はまだまだ少ない。故に、ヴァルヴァネッサの警戒心も多少は理解できるが……ここまで一方的に怒る必要性もないだろうに。


「マルディーン殿と言ったか」

「えっ? えぇ。如何しましたか、ヴァルムート様」

「……俺はその薬、飲んでもいい。アルネラの症状を見抜いていたし、貴様の目利きは確かなのだろう? だったらば、予防のためにも、是非に頂こう」

「ヴァルムートちゃん⁉︎ だ、駄目よ! それを飲んだら、絶対に後悔するわ‼︎」


 だが、自身が招いた国賓という事もあるのだろう。彼は一定の信頼を、マルディーンに見出したらしい。母親の必死の制止も半ば強引に無視して、(マルディーンを「貴様」呼ばわりしつつ)しっかりと薬を受け取ると……ヴァルムートは躊躇もなく、丸薬を飲み下す。一方で、不自然なお怒りを撒き散らしていたヴァルヴァネッサは、これまた不自然な様子で震えては、薬を飲み込んだヴァルムートを顔面蒼白で見つめているが。


「……! なんだろう、体がとても軽い……!」

「えっ……? えぇっ⁉︎ ヴァ、ヴァルムート君が……縮んでいく⁉︎」


 ヴァルムートが薬を飲んだ途端、彼のパンパンに膨らんでいた頬がまるで、空気が抜けた風船のようにシュルシュルと縮んでいく。いや……縮んだというよりは、贅肉が落ちたと言った方が正しいか。半ば埋没していた目元も、クッキリパッチリと。変化が収束した暁には、明らかに別人にしか思えない顔を、ヴァルムート自身もペタペタと触っては……信じられないと、驚愕の表情を浮かべていた。


「こ、これは……どういう事なんだ……?」

「あら、ま。あなた……しっかり、瘴気障害だったようね? おそらく、それ……畜魔症ですわね」

「畜魔症……?」


 ルエルが口走った病名に聞き覚えがないようで、ヴァルムートは細くなった首を不思議そうに傾げている。そうされて、隣から静かにマルディーンが補足を加えるが……。


「……畜魔症とは、瘴気障害の一種でして。瘴気への親和性が魔力の器だけではなく、肉体そのものにも紐づくことによって、脂肪細胞等にも魔力因子を付加させる病気です」

「それ、病気なのか? 聞く限りでは、いい事に思えるが……」


 マルディーンの解説だけを聞けば、畜魔症は血液以外にも魔力因子を持たせることができ、魔力量が増える画期的な変質にも思える。ヴァルムートのぽっちゃり加減を考えると、副作用には体重増加が挙げられるだろうが……これも許容範囲であれば、魔力を底上げできるのはメリットでもあろう。だが、その限りではないのか……マルディーンはどことなく、困った様子で言葉を詰まらせている。どうやら彼にとって、この結果は予想外だった様子。


(もしかして……瘴気が原因なのが、不味いのかしら?)


 いくら魔力を底上げできるとて、瘴気は言わば「穢れた魔力」である。溜め込むのが魔力だけであればいいのだが、瘴気も一緒ともなれば、他の瘴気障害を引き起こす可能性はあるだろうし、何より……本人が魔物化する可能性も否めない。

 そう、瘴気によって魔物化するのは野生動物だけではないのだ。そして、人間が瘴気によって魔物化する時は……大抵は深魔として発現することを意味し、深度によっては、討伐まっしぐらなんて状況もあり得る。


(だから、マルディーンさんは困っているのね……。このまま行けば、ヴァルムート君も魔物になる可能性が……って、あれ? でも、今はそこまで心配しなくても良くない? だって、お薬はすぐに効いたんだし……)


 と、そこまで考えたところで、ハタと別の問題が浮上してくることにも気づく、ミアレット。もし、仮に……ヴァルムートの魔力適性が畜魔症によって賄われていたのならば。畜魔症の緩和は魔力適性の低下を招くことを意味し、彼の魔術師としての適性が損なわれる事に他ならない。


「も、もしかして……ヴァルムート君のお母様が焦っているのって、病気が治っちゃうと、ヴァルムート君の魔力適性がなくなるかもしれないからですか……?」

「……!」


 恐る恐る、ミアレットが指摘すれば。ヴァルムートの背後で、満足そうに頷くカテドナを他所に……マルディーンは気まずそうに、額に手を充てて天を仰いだ。彼らの反応からするに、ミアレットの予測は概ね正しかったようだが。勢いで掘り起こしてしまった現実の余韻は、あまりに重苦しい。

【補足】

・畜魔症

瘴気によって発症する様々な「瘴気障害」のうち、瘴気への異常適合に付随する脂質異常症。

本来は魔力因子を持ち得ない脂肪細胞が瘴気に侵され、皮下脂肪にも魔力を蓄えるようになる、過剰反応の一種。

魔力適性の底上げこそできるが、瘴気への親和性も高め続けることとなり、過度の肥満だけではなく、長期化すれば、負の感情の増長や致命的な精神崩壊を引き起こす。

また、畜魔症の罹患者は輪をかけて凶暴化する傾向が見られる。

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― 新着の感想 ―
おおっ! これは重要な回ですね。 ヴァルムート君の魔力の背景が見えてきました。 そして、それにはママが関係している模様。 ヴァルムート君がぽっちゃり気味に描かれていたのは、そういうことだったのですね。…
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