6−36 獅子身中の虫
「態度は気に入らないけど……いいわ、許してあげる。高慢さだけが取り柄の皇子様にしては、頑張った方でしょうし」
誠心誠意の謝罪と嘆願には、程遠いけれど。ルエルはとりあえず、中身は天使様である。きちんと最低限の慈悲は持ち合わせていると見えて(嫌味で応酬しているが)、リフィルリカバーとポイズンリムーバーを展開し、「お馬鹿さん達」の一命を取り留めてやるが。
「ふぅ……こんなものかしら?」
肩を竦めながら、ルエルがアッサリと光魔法を展開すれば。みるみるうちに目玉が元通りになって、フィステラは喜ぶどころか……得体の知れないモノを見るような目で、ルエルを見つめていた。
(アハハ、そうですよね……。目玉が丸ごと復活すれば、普通に驚くわ……)
どうやら、ルエルの奇跡は王妃にとって刺激が強すぎたらしい。信じられないと右目に手をやりつつも、王妃は口をハクハクと動かすばかりで、それ以上の威厳も言葉も絞り出せない様子。そんな彼女の隣では……顔を真っ青にしたアルネラが、掌を見つめてカタカタと震えていた。自分が仕込んだ毒がどんな物なのか、よく理解していると見えて、この世の終わりだと言わんばかりの絶望の表情を浮かべたままだ。
「あぁ、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。摂取してから、時間も経っていませんから……既に解毒も済んでおりますし、今のうちに処置を施せば、後遺症も残らないかと」
「そう? なんだ、つまらないわね」
誰に言われるでもなく。マルディーンは小ぶりの薬研と乳鉢を使って薬を練っており、手持ちの薬草を組み合わせて、手際良くラベンダーパープルの丸薬を作り出している。ルエルの「彼女らしいセリフ」に苦笑いしつつ、どうぞとアルネラに差し出しているのを見るに……こちらの薬剤師さんには、意地悪をする趣味はなさそうだ。
「毒物を検分しない事には、正確なことは言えませんが。魔力の濁りが感じられたことから、一種の瘴気障害を起こさせる毒だったのでしょう?」
「……」
黙秘を貫きつつも、差し出された丸薬を恐る恐る、口に含むアルネラ。ルエルのポイズンリムーバーによって、毒自体はしっかりと浄化されているが、瘴気障害は魔法で完治させることはできない。魔力の器に植え付けられた瘴気との親和性を緩和しない事には、いくら血を浄化したところで、再発の可能性は根深く残るのだ。
(うわぁ、瘴気障害を起こす毒なんてものがあるんだ……。だとすると、ヴァルムート君のお父さんも瘴気障害なのかしら?)
マルディーンはアッサリと言ってくれるが、人間にとって「瘴気障害」は「不治の病」なのが共通認識。それは、例え転生者とて……ゴラニアで暮らしている以上、ミアレットだってよく知っている。
一口に「瘴気障害」と言っても、症状や原因、深刻度は様々だけれども。全てにおいて共通しているのは、放置すればいずれ死に至る病だということである。しかも、明確な治療法はないときているものだから……アルネラの悲壮感は、大袈裟でもない。
(こればっかりは、自業自得だけど……どうして、選りに選ってルエルさんを狙っちゃうかなぁ)
ターゲットがルエルになったのは、アルネラの私怨なのだが。そもそも、ここまでディアメロご一行を拒絶する反応を見せるとなると、ハシャドへのお見舞い(治療行為)自体が不都合なのだと考えるべきか。何せ、ローヴェルズ側はクージェを侵略しようとしているのではなく、あくまで善意で支援に来ているのである。普通の感性ならば歓迎こそすれ、拒否はしないだろう。
(うーん……ここまでするとなると、ヴァルムート君のお父さんが元気になるのは、都合が悪いのかも?)
そこまで考えて、ミアレットはヴァルムートが語った「貴族」の在り方について、思い出していた。
フレアムとヴァルムートは腹違いの兄弟。しかも、それぞれの母親はクージェの公爵家出身であり、両家の仲は最悪なのだとか。それが故に、ハシャド王は両家から妻を娶ることで「仲良くしてね」と、お願いしているつもりだったのだろうが……実際には、彼の選択はあまりいい結果を生まなかった。
(確か、ヴァルムート君のお母さんの実家の方が、位は高いんだっけ……)
情報源がヴァルムートのため、彼が誇張しているだけかも知れないけれど。フレアムの母親が第二王妃と位置付けられている時点で、こればかりはヴァルムートの見栄だけではないように思える。
同じ公爵家でも、ハルデオン家は筆頭公爵家であるらしい。つまりは、クージェ国内でも1番偉い貴族という事であろうし、影響力が大きい家柄である事も目に見えている。それを失墜させられるとなったらば……確かに、ライバルでもあるファニア家にとっては、美味しい展開にしかならないだろう。
(ハシャド王は意図せず、貴族の地位争いを加速させちゃったのね……)
まだ確定はしていないが。様子からしても、ファニア姉妹が帝王を害そうとしていることは、薄らと見えてくるもので。ハシャド王が崩御すれば、フレアムの即位をゴリ押しできるし……その暁に、帝王権限でハルデオン家を強制的に排除する事もできる。フレアム本人の意気込みは今ひとつ、見えてこないものの。少なくとも、ファニア家にとってハシャド王が邪魔なのは、間違いなさそうだ。
(獅子身中の虫って、彼女達みたいなのを言うんだろうなぁ)
なんとなく、生前に聞き齧った慣用句を思い起こしながら、ミアレットは食事は諦めた方が良さそうだとため息を吐く。いくらなんでも、アルネラが強制的にお給仕されたのと同じスープを啜ろうなんて豪胆さは、ミアレットにはない。それに……この騒動では、空腹を感じる方が難しい気がする。
「あぁ、それと……ヴァルムート様にも、こちらのお薬を処方しておきますね」
「えっ?」
ミアレットが食事の行方を気にしているのも、お構いなしに。お人好しな薬剤師さんが、今度はヴァルムートにもお薬を勧めている。しかし……当の本人には自覚症状はないのか、ヴァルムートはただただ、首を傾げるばかり。
「おや? もしかして、お気づきではない? あなたにも、瘴気障害の予兆が見られますので……」
「何を根拠にそんな事を! 私のヴァルムートちゃんに、そんな病気がある訳ないじゃない!」
「……えぇと?」
マルディーンに不可思議なことを指摘され、アルネラと同じように自分の掌を見つめるヴァルムートだったが……マルディーンの見立てに異議を申し立てたのは、ヴァルムートご本人様ではなく。彼の母・ヴァルヴァネッサだった。
【登場人物紹介】
・ヴァルヴァネッサ・ハルデオン・クージェ(地属性)
クージェ第一王妃であり、第二皇子・ヴァルムートの実母。39歳。
クージェ筆頭公爵・ハルデオン家の長女であり、自身も優秀な魔術師。
ハルデオン家は初代皇帝を輩出した大魔術師の家系で、魔力崩壊前に栄えた魔法学園都市・首都クージェリアスを興し、クージェ草創期から帝国を牽引してきた名門中の名門とされている。
そのせいか、ヴァルヴァネッサ自身は剣よりも魔法の方が優れていると考えており、魔法至上主義に取り憑かれている。




