1−22 本当にどうかしている
「セドリック! どういう事なのか、説明できるな……?」
いつもは、情けなく萎縮しているくせに。エルシャが変貌した深魔を指差しては……セドリックの父・ラゴラス伯が、エンドサークル越しに詰め寄る。そんな彼の少し背後では……オロオロとしながらも、失望の涙を溢す母親まで揃っていた。
「別に、あなたには関係ない事です。……何を今更、父親ヅラしているのです」
「フン! お前なんぞ、もう息子ではないわ! 私達の可愛いエルシャを、どうして深魔になんかしたんだ!」
私達の可愛いエルシャ。……そうだ。いつも、そう。妹は何をやっても、どんな事になっても……気にかけてもらえる。例え……深魔になったとしても。
(あんな状況になっても、可愛いエルシャ……か。あれを可愛いと言えるなんて……本当にどうかしている)
別に、セドリックに対する両親の愛情がなかった訳ではないだろう。だが、セドリックは幼い頃から早熟で、有り体に言えば……「手のかからない子」だったのである。そして、セドリック自身がその事に気付いたのも非常に早かったし、何より……自分が「天才」なのだと自覚するのにも、そんなに時間もかからなかった。
だからこそ、セドリックは不思議であると同時に、非常に不愉快だったのだ。出来のいい自分よりも、出来が悪く、何もかもが遥かに劣ったエルシャを無条件で可愛がる両親が。そして、何も出来ないくせに、自分よりも愛を注がれているエルシャが……誰よりも、憎い。自分を取り巻く境遇と環境が、何よりも……疎ましかった。
「お取り込み中のところ、すみません。貴方様達が、このおクソガキの親御さんでいらっしゃいます?」
「えっ? おクソガキ……? たっ、確かに、私達はセドリックの親でしたが……」
既に過去形で「親でした」と言っている時点で、ラゴラス伯はセドリックを見捨てられる程に薄情であるらしい。そんな中、同じようにエンドサークルに張り付いていたリッテルに話しかけられて……あろうことか、彼はどことなしか嬉しそうに声を上擦らせるのだから、情けないにも程がある。そんな光景に母親の方は面白くない顔をしている……訳でもなく。おかしな言葉を吐きつつも、次元の違う存在感を放つリッテルに、ただただ萎縮しているだけのようだ。
「セドリック君には深魔の発生について、校則・禁則事項違反の嫌疑がかけられております。エルシャちゃんは現在、主人が沈静化に向けて動いておりますので、おそらく問題ないと思いますが……セドリック君の方は、身柄を学園の方で預からせていただくことになりました。よろしくて?」
「そっ、そりゃぁ、もちろん……」
「ちょっと、お待ちになって!」
お伺いを立てる……と見せかけて、有無を言わせない風なリッテルの言葉尻に、ラゴラス伯がセドリックの身柄引き渡しを軽やかに了承しようとするが。オロオロするばかりだったラゴラス夫人が、慌てて話に割り込んでくる。
「どうされました?」
「セドリックは……セディはこの後、どうなるのですか⁉︎ 私達の元に、きちんと帰ってくるのでしょうか⁉︎」
「お前……この期に及んで、何を言っているんだ。セドリックはあろうことか、私達に睡眠魔法をかけた挙句に、エルシャを深魔にしたんだぞ⁉︎ 極刑に決まっているだろう!」
「そんな!」
父の縁者のものとは思えない冷たい言葉に、母の縁者のものらしい悲痛な絶叫。そんな両極端な反応に、しっかりと説明を加えるべきだと考えたのだろう。リッテルの背後で様子を窺うばかりだったティデルが、ため息を吐きつつ言葉を継ぐ。
「いやいやいや、まだそうと決まった訳じゃないし。どうしてこんな事をしたのかについて、綺麗サッパリ吐いてくれれば、殺しゃしないと思うわ。ただ……」
「ただ?」
「やらかした事を考えても、無期禁錮になる可能性が高いでしょうね。まぁ……どっちにしても、会えなくなるのは間違いない、か。……だから、ちゃんとお別れはしといた方が良いと思うわよ」
ティデルの優しいようで、絶望的な予測に……ガクリと膝を折ると同時に、号泣するラゴラス夫人。「どうして、こうなってしまったの」と、激しく肩を揺らしては嗚咽を漏らす。
「こんな所で大袈裟に泣かれても、白ける上に無意味です。僕は幼い頃から……そうだな。エルシャが生まれた時から、か。それから、ずっとずっと……僕にはあなた達から生まれた事自体が、不満でしかありませんでした」
「それは……どういう意味なの、セディ……?」
「……僕は人間じゃなくて、悪魔に生まれたかった。人間でいることが、苦痛でならなかった。だから、エルシャを犠牲にして……深魔の破片で悪魔になるための道具を作ることにしたのです。この世界では人間は最も弱くて、最も下らない存在でしかない。あなた達を見つめながら、僕はいつもいつも……そんな事を考えていました」
「セディ……!」
「だから、あなたがこんな所で泣く必要もありません。……悪魔になれるのなら、生まれる場所はどこでもよかったんだから。何も、母親はあなたじゃなくてもよかった」
膝を抱えながら、母の涙の意義さえも拒絶するセドリック。そんなあからさまに冷血な対応に、ラゴラス伯は尚もセドリックを糾弾するが……。
「育ててやった親に対して……なんだ、その口の利き方は⁉︎ お前なんぞ、すぐにでも処刑されたら良いんだ! この……」
「……おっさん、その辺にしておきなさいよ。今のは、おクソガキなりのお別れの挨拶なんだろうから。ったく……育ててやったなんて偉そうな口を叩くんなら、その程度のことはちゃんと察してやれって」
「し、しかし……!」
改めて「お手上げポーズ」を取りながら、やれやれと首を振るティデル。そうして、リッテルにも最終確認をとばかりに、話しかける。
「んで、リッテル。旦那様の魔法はいつ解けるって?」
「エンドサークルの効果は1時間程度みたい。きっと、エルシャちゃんの深魔はそのくらいで鎮められると踏んだのでしょうね。うふふ……! 流石は私の旦那様! 鎮静化は普通だったら、4〜5時間はかかるのに〜!」
「……はいはい、惚気るのもそこまでにしておきなって。だけど……本当に、大丈夫かな? ……なんだか、怪しい感じがするけれど」
「えっ?」
「いくら拘束されているとは言え、深魔ってここまで深く昏睡するものだっけ?」
「それも、そうね。言われてみれば、確かに……」
ティデルが指摘する通り、エルシャはウィンドチェインで拘束されただけだったはずである。DIVE現象が発生した後は、多少は脱力するとは言え……少しは抵抗を続けるのが、深魔の常なのだが。
「……やっぱ、この深魔は発生そのものがおかしかったみたいね。……その辺のカラクリは後でじっくり聞かせてもらわないと。いいわね? セドリックとやら」
「……僕から、話すことは何もないな」
「そ? それじゃぁ……後は向こうさんに任せるだけだわサ」
「もちろん、任せてちょうだい! 拷問は天使の得意分野ですもの!」
「……いや、別に拷問しろって言っている訳じゃ……はぁぁ。やっぱ、リッテルは妙にズレてるわー。それ、天使のセリフじゃないし。……あんたと一緒にいると、退屈しないわね」
「うふふ……! それほどでも〜」
「や、だから。褒めてねーし」
さも疲れたと、もう1つため息をつくティデルだが。ここはリッテルの分も気を引き締めなければと、警戒心を募らせる。何せ、明らかにターゲットの様子がおかしいのだ。油断ならない状況なのは、間違いないだろう。
(……大人しくしている、ワケじゃなさそうだわね。なんか、こう……内部から弱っている気がする)
目の前で唸り声1つ上げられない、哀れな深魔を見上げては。ティデルは深魔の様子を見守ると同時に……リッテルの手綱もきっちり握らないとと、別の意味でもため息をついていた。




