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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第6章】囚われの王子様
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6−35 鮮やかな正当防衛

 静かながらも、確かなる威圧感。ヴァルムートをピタリとマークし続ける使用人達に、半ば強制的に連れてこられた食堂には、既にきちんと人数分の食事が用意されていた。

 ディアメロご一行の4名分に、ヴァルムートと彼の兄であるらしいフレアム。そして、それぞれの兄弟の隣には母親でもある両王妃。更に……フレアムの母・フィステラの隣には、あのアルネラもしっかりと席に着いている。ルエルの正面を陣取り、鋭い視線を投げているのを見ても……彼女は殊の外、ルエルを敵視しているようだ。


(なんだか、もう険悪な雰囲気なんですけどぉ?)


 これでは、和やかに食事どころではない気がする。ミアレットの背後に控えるカテドナとキュラータ分はしっかりと抜けているところを見ても、彼らはこちら側の使用人と判定されたようで……もちろんながら、カテドナ達はそんな「つまらない事」で文句は言わないものの。勝手に使用人扱いで、食事を省くのも失礼な気がすると、ミアレットはまたも気苦労の頭痛を覚えていた。


(これ以上の失礼は、本当にやめておいた方がいいと思う……!)


 ミアレットが恐る恐る、チラリと左隣を見やれば。アルネラの挑発的な視線を優美に受け流し、フフと口元に嘲笑を留めるルエルの横顔がそこにはあった。白磁のように艶やかな頬に、清らかな水流を思わせる、透明度抜群のエアリーブルーの縦ロール。彼女がひっそりと息を吐くたびに揺れるそれは、キラキラと控えめに輝き、「聖女」の神々しさに磨きをかけているようにさえ思える。


(見た目だけは清らかなんだよなぁ、ルエルさんも……)


 だが、しかし。ルエルは中身も気質も、激情の武闘派である。心身共にタフな彼女にしてみれば、アルネラの威嚇なんぞ、ちっぽけな小動物のそれにしか見えないだろう。


「折角のお食事ですけれど、私は辞退させていただくわ。……カテドナ。処分をお願い」

「かしこまりました」


 先に口火を切ったのはルエルだった。提供されたスープから立ち上る湯気に顔を顰めて見せると、予断なくカテドナに指示を出す。そうしてカテドナも心得ておりますとばかりに、ルエルの前からスープの皿を下げると、そのままアルネラへと質問を投げる。


「……我らがルエル様は、穢れた食物はお召しになりません。このような食事を供するなど……毒味は済ませているのでしょうか?」

「な、何が問題だと、申すのだ? この通り、大丈夫だが……」


 疑いの視線を向けられて、アルネラは手元のスープを掬って、口に運んで見せる。だが……当然の如く、その程度のパフォーマンスでルエルとカテドナを納得させられるはずもなく。彼女達は何かを示し合わせたように、ニコリと微笑んだ。


(……詰んだ。アルネラさん、詰んだわ。何を企んでいたのか、知らないけど……強制給仕させられるパターンだわ、これ)


 やっぱり、この光景……見た事がある気がする。ミアレットは強烈なデジャヴに、新たな戦慄を覚えていた。

 前回は「下剤」であったが、今回の「イタズラ」はどんなものだろう。ローヴェルズのメイド達の末路を知ってる手前、そこまで害がないものだといいのだけど……と、ミアレットは何故かアルネラの方を心配してしまう。

 それもそのはず、天使と悪魔のタッグを前に、普通の人間が無事でいられるはずがないのだ。それが故に、加害者側の心配をしてしまうのは、ミアレットにとって当然のこととなりつつあった。


「自分のスープを啜る程度で、誤魔化せるとでも? それとも……あぁ、もしかして! 将軍様自ら、毒味をしましょうというパフォーマンスですの? それは。では、カテドナ? 是非に、こちらの趣味の悪いスープの毒味をしていただきなさいな」

「承知致しております。えぇ、最後の一滴まで……無理やりにでも、流し込んで差し上げましょう」


 ルエルの命令を受け取って、カテドナがニィッと微笑む。しかして、いつもながらに冷徹な表情をすぐさま戻すと、カテドナがアルネラの背後に回ったかと思った、次の瞬間。彼女の顎を後ろから鷲掴みにし、有無を言わさず強制的にスープを流し込んだ後、力任せに口を閉じさせた。


「う、うぐっ……カホッ……! カホッ……!」

「アッ、アルネラ!」


 まさか、間髪入れずに注ぎ込まれると思わなかったのだろう。流石の将軍様も抵抗すら許されず、哀れ、スープをグイッと一気飲みさせられる始末。そんなアルネラの隣に座っていたフィステラは慌てて、アルネラの背中を叩き、スープを吐き出させようとするが……。


「ルエル様。この通り、この者はあなた様を害されようとしていたようです。この大袈裟な反応は、おそらく毒物が混入されていると知ってのものかと」

「そのようね。もしかして、そちらの王妃様とやらも共犯なのかしら? ふふ……どう? そっちの無礼者を助けてほしい? 洗いざらい正直に話せば、助けて差し上げない事もなくてよ」

「な、何を……」


 全てを見透かすようなルエルの提案に、フィステラはたじろぐ。だが、素直に白状するのはプライドが許さないらしい。食事の席だというのに、あろうことか……フィステラが腰の剣を抜き、振りまきざまにカテドナに斬りかかった。


「……この剣は宣戦布告と見て、よろしいですか?」

「な、なっ……!」


 だが、カテドナから返されるのは悲鳴ではなく、底冷えするような視線。相手が普通のメイドさんであったのなら、ひとたまりもなかったろう。だが……あいにくと、カテドナはそんじょそこらのひ弱なメイドさんではないのだった。


(あっ、こっちの王妃様も終わったかも)


 ミアレットの悪い予感を的中させましょうとばかりに、フィステラの凶刃をあっさりと摘み、カテドナは首元に差し向けられた鋒を事もなげにポキリとへし折る。その上で、へし折った破片でフィステラの右目を軽やかに屠った。


「ギャッ……⁉︎」

「母上ッ⁉︎」


 最初から穏やかになるはずもない、晩餐ではあったが。いくらなんでも流血沙汰になるなんて、聞いていない。それは、ミアレットだけではなく、ディアメロやヴァルムートも同じと見えて……カテドナの鮮やかな正当防衛に、驚きのあまり硬直している。……こうなっては、人の子達に天使と悪魔の制裁を止めるのは、不可能だろう。


「本当に、どうしようもない人達ですこと。仕方ありませんわね。えぇと、そっちの皇子……フレアムと申しましたか?」

「えっ……あぁ、そうだ! 俺こそは、次期皇帝の……」

「現実味のない自己紹介は、要らなくてよ。で? そちらのお馬鹿さん達、助けてほしいのかしら? 怪我も毒も、このルエルにかかれば、綺麗さっぱり治療して差し上げられるけど」

「それは、真か……?」


 当然じゃない。私を誰だと、思っているの?

 麗しい縦ロールを優雅な手つきで弄りながら、ルエルが含みのある微笑を見せる。だが、意外と鈍感なフレアムは……きっと、ルエルの正体を知らないせいもあるだろうが……未だに偉そうな態度を改める事もなく、「だったら、サッサとしろ」と居丈高に答えた。


「……口を慎め、痴れ者が」

「ヒッ⁉︎」


 だが、当然の如くフレアムの回答は及第点にも及ばなかったようで。彼の答えが気に入らぬと、すぐさま降ってくるのは、カテドナの極寒の視線と言葉……そして、並々ならぬ威圧感。


(だ、大丈夫かな、これ……)


 テーブルを挟んだ位置からでも、カテドナの怒気が容赦なくミアレットにも届く。そんな氷点下の熱気に当てられて、ミアレットは固唾を飲んで状況を見守るが……当事者でもないのに、怯えなければならないなんて。これでは食事どころか、生きた心地すらしない。


「ルエル様に助力を乞うのならば、誠心誠意、頭を下げなさい。もし、できぬと言うのなら……強制的に、その出来の悪い頭を沈めて差し上げますが?」

「ひっ……! お、お願いします、ルエル様。数々の無礼をお許しいただき……母上達を、お助けください……」


 いくらお偉い皇子様であろうとも、ようやく身の危険(身の程)を思い知らされたようで。さっきまでの勢いが嘘のように、フレアムの傲慢がヘナヘナと萎れていく。それに、実の母と叔母を見捨てるわけにもいかないのだろう。屈辱に顔を歪めるのもそこそこに……フレアムは渋々、ルエルに頭を下げた。

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>「承知致しております。えぇ、最後の一滴まで……無理やりにでも、流し込んで差し上げましょう」 ほら~~~こうなるんだから……(爆笑)
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