6−34 何気に危険地帯
「で? ハシャド王の拝診はこの後すぐでいいんだな?」
「あぁ。それで頼めるか? しかし、お前……よく、あのアルネラを納得させられたな……」
黒塗りの魔法駆動車が行き着いた先は、帝国城の中庭を抜けた先の迎賓館。流石に城ともなれば、市街地とは異なる荘厳な光景が広がる……ワケでもなく。クージェはどこまでも質実剛健の精神が行き届いているようで、帝国城も街とひと続きの城壁で連なっている。確かに、規模こそ大きいものの……景色は大して変わらなかったし、迎賓館もやはり黒いブロックを積んだ形式を保っていた。
唯一、変化があるとすれば。黒枠に囲まれた空が夕焼け色になっている事くらいである。
「まぁな。ヴァルムートからある程度の予告もされていたから、父上に相談してみたんだが……だったら、手紙も持っていくといいなんて、勧められてな」
そんな中庭で、呆れ顔でディアメロご一行を迎えたのは、ヴァルムートその人。斜に構えた態度ながらも、彼自身はディアメロ達を出迎えに行こうとしていたのだが……将軍に却下され、彼らの受け入れも半ば諦めていたのだと言う。
(なんだかんだで、ヴァルムート君はお家で苦労しているのね……)
帝国城を「お家」と一括りにして良いのかは、定かではないが。彼にとって、帝国城は住まいであるのは間違いないだろうし、本来であれば最も気が休まるべき場所でもあろう。それなのに……ヴァルムートは魔法学園にいた時よりも、疲れた顔をしているではないか。
「何れにしても、約束通りに来てくれて感謝する。もちろん、父上を早めに診て欲しいのだが……」
それよりも、夕食が先か。
まるでこちらを監視しているかのように、ピタリと張り付いている使用人を見つめながら、ため息を吐くヴァルムート。彼の様子からしても、ミアレット達を取り囲む使用人達は、将軍の息がかかった者達なのだろう。勝手な真似はさせまいと、視線で皇子であるはずのヴァルムートを制してくるのだから、彼らは彼らで豪胆である。
(うぁぁぁ……この感じ、ローヴェルズのメイドさん達に近いかも?)
彼らを前にして萎縮しているのか、ヴァルムートはいつぞやの威勢も潜めては、仕方ないと肩を竦め、付いてこいとディアメロ達を促す。そんな彼の似合わない萎れた姿に、ヴァルムートは典型的な外弁慶なのかもとミアレットはこっそり考えていた。
「……」
「えっと、どうしました? マルディーンさん」
「少し、気になる事がありまして……あちらは、ヴァルムート様とおっしゃいましたか?」
「えっ? えぇ、そうですけど……ヴァルムート君がどうしました?」
王族同士で軽めに話をしながら、先頭を行くヴァルムートとディアメロの背後で……マルディーンが訝しげな様子でヴァルムートの背中を見つめている。その意味ありげな視線に、ミアレットは首を傾げてしまうが……マルディーンは何か重要なことに気づいたらしい、意外な事を呟く。
「……場合によっては、ヴァルムート様にも処方が必要かも知れませんね。彼の中に、やや不穏な瘴気溜まりが見受けられます」
「そうなのです……?」
見たところ、ヴァルムートは(多少、気落ちしているとは言え)元気そうに思える。だが、元・妖精王の瞳にはヴァルムートも不調に見えるようで、穏やかだった目元を険しく眇めた。
「まさか、早々に会長からお預かりした品物を使うことになるとは……」
「ほぇ? マルディーンさん、何を預かってきたのです?」
「会長は趣味で霊樹の落とし子と呼ばれる、非常に貴重な魔法植物を育てていましてね。何かあったら使えと、落とし子の花も一通りご用意してくださったのです」
「……マモン先生、園芸の趣味まであるんです……?」
ミアレットの呟きに、マルディーンも力なく笑うものの。しかしながら、「霊樹の落とし子」は全て漏れなく毒草なのだそうで……非常に危険極まりない植物でもあるそうな。
「そうですね。会長のお屋敷にもお邪魔させていただく事があるのですが……お屋敷よりも、庭の方が広いものですから。色とりどりの花が咲いている光景は美しいのですけれど、全部毒持ちですからね。……ある意味で、魔界らしいと言えば、魔界らしいのかも知れません」
「アハハ……マモン先生のご自宅、何気に危険地帯なんじゃ……?」
マルディーンが語る「先生のお宅」の光景に、ミアレットもついつい力なく笑ってしまうものの。何にしても、ルルシアナ製薬の薬剤師ともなれば扱いも心得ているのだろうし、ミアレットが問題視する必要はなさそうか。
【補足】
・霊樹の落とし子
魔力の塊でもある霊樹の宿り木として発生した、魔法植物の総称。
原種4種類と派生種6種・計10種類が現存しており、いずれも非常に貴重な植物である一方で、厄介な毒性も併せ持つ。
「原種」は各霊樹の周辺に出現した「オリジナル」であり、人間界の魔力に適応していない。
そのため、魔力濃度が安定しており、かつ、高水準の土壌でしか育成できず、生産も非常に限られる。
一方、「派生種」は原種の落とし子が人間界の魔力に適合して出現した変異種であり、原種と比較して魔法効果は薄れる反面、瘴気に対する耐性もあるせいか、原種よりも毒性が強いとされる。
なお、「ミルナエトロラベンダー」も(厳密な定義から、ややズレるが)「霊樹の落とし子」に含まれる事があり、これはマナの髪の毛(≒マナツリー)が魔界の魔力に適応することで生まれた魔法植物である。




