6−33 良くも悪くも、ピュアなお人
「ほんッとうに、何なのよ!」
ミアレット達を渋々、帝国城へお連れしたまでは良かったが。もちろんながら、アルネラは彼女達を徹底的に追い払うつもりであった。しかし……実際にやってきたことと言えば、ディアメロにやり込められ、尻尾を巻いて逃げてきただけである。しかも、部下の前で帝王が「将軍は使い物にならない」と他国にまで吹聴していると露呈しては、格好もつかない。
「くそッ……!」
悔しさまみれで自室に帰るなり、ソファに転がるクッションに八つ当たりし、原型を留めぬほどにボコボコにしていくアルネラ。しかし、そのクッションが「可愛いフレアムちゃん」からの贈り物であった事にも、遅まきながら気付き……慌てて、怒りの矛先を手紙の主に向け直す。
「それにしても、ハシャドめ。私を散々、コケにしてッ! やはり、死んでもらわねばなるまいな!」
「そうね、アルネラ。アレには死んでもらわないと、ファニア家やフレアムちゃんの将来が危ういわ。何せ……ハシャドはクージェのしきたりに固執しすぎているもの。何で、フレアムちゃんじゃなくて、国中の男子から帝王を選ぶだなんて言うのかしらね……」
面白半分に、アルネラの八つ当たりを見届けていたのは……彼女の姉であり、フレアムの母でもある第二王妃・フィステラ。しかして、彼女の口から漏れるのはフレアムを溺愛するがあまり、帝王を蔑ろにする王妃らしからぬ発言だった。
「しかし、困った事になったわ……。まさか、あの出涸らしがローヴェルズとのコネクションを作っていただなんて。しかも……一緒にやってきたのが、ルルシアナ製薬の薬剤師ですって?」
ルルシアナ製薬と言えば、押しも押されぬ業績第一位のトップ企業。かの製薬会社の魔法薬は効き目も抜群で、価格も良心的と評価も高い。その上で、看板商品でもある「ボーテ・リットリーゼ」は世界中の女性憧れの高級化粧品であり……当然の如く、フィステラも愛用している。自身も崇拝する化粧品を生み出しているルルシアナ製薬の薬剤師ともなれば、ハシャドを本当に治療できてしまうばかりか、計画にも感づかれてしまうかもと、フィステラは危機感を募らせていた。
「……こんな事なら、魔法学園へ行かせるのを、やめておくべきだったかしら? ガルシェッドやストラートの真似事をしているだけだろうと、思っていたけど。まさか、ローヴェルズと仲良くできる器用さがあるなんて、思いもしなかったわ」
正直なところ、ヴァルムートは取るに足らない相手だとフィステラは思っていたし、実際に彼自身の能力はそこまで高くはない。帝位を競わせたところで、実力勝負であれば「可愛いフレアムちゃん」が圧勝するのは、目に見えている。だが、ハシャド王は兄弟だけではなく、希望があれば帝国中の男子に対して平等に帝位継承の機会を与えようと考えていた。それでなくとも、ハシャド王は正々堂々を好む実直な人物であり……良くも悪くも、ピュアなお人だったのだ。
「さて、どうしようかしらね。国内の医者であれば、ともかく……こうなっては、相手が悪いわ。下手に隠そうとすれば、怪しまれるでしょうし。何より、万が一にでも原因を突き止められたら……」
計画が台無しだ。
ハシャド王を亡き者にし、ファニア公爵家を中心とした屈強な帝国を作る。野心家の姉妹にとって、実力はあれど、穏健派の帝王は物足りなさすぎる。そして、絶対中立を貫き続けるガルシェッド公爵家とストラート侯爵家の存在も、非常に気に入らない。特に騎士の名門と謳われるファニア公爵家にとって、同じ騎士の家系であるガルシェッド家はハシャド王の生家ということも相まって、目の上のたんこぶでしかなかった。
「えぇ、分かっていますよ、姉上。……クージェはファニア家に支配されてこそ、真価を発揮できるというもの。ガルシェッドの日和見主義者が帝王では、ゴラニアの覇権を握る事はできませぬ。ここは早々に……」
「そうね。出涸らしの客なんぞ、闇へと葬るに限るわ。ふふ……目にモノを見せてやりましょ? 帝国のやり方で」
「もちろん、そのつもりです。……既に、手筈を整えております」
帝国のやり方……つまりは、暗殺である。いつもながらに、排他思想が強い妹の手際の良さに、フィステラは感心してしまうものの。そこは腐っても、王妃というもの。すぐさま、対象が「どんな相手か」にも思い至り、心配そうな声をあげる。
「でも……ローヴェルズの王子を手にかけるのは、不味いかしら。国交問題に発展しかねないし、それが原因で更に踏み込まれたら、元も子もないじゃない」
「ご安心を。連中の中に目立つ女がおりましたので、そちらに秘薬を盛り、クージェの瘴気に充てられたのだとでも言ってやりましょう。そうすれば、ローヴェルズの臆病者のこと。きっと恐れをなして、逃げていくはずです」
アルネラの言う「秘薬」とは、とある人物からもたらされた、重度の瘴気障害を起こす毒薬のことであるが……この「秘薬」の素晴らしいところは、しっかりと対象に害をもたらすのに、目立った証拠が残らない点だ。しかも、瘴気障害はざっくりと「瘴気によってもたらされる、身体への様々な悪影響」で片付けられてしまうことも多く、症状も多岐に渡る事から、的確な治療法や特効薬はないとされている。
……一応は、「ミルナエトロ・ポーション」という、瘴気障害向けの薬もあったりはするのだが。こちらも「瘴気緩和」が主な薬効であり、瘴気障害を根治することはできない。瘴気障害の根本的な治療をするには、瘴気そのものを祓う必要であるが、その秘術を人間は持ち得ないのが、現状だ。
「瘴気障害を装うのね。それは確かに、一番手っ取り早いでしょけれど。でも、秘薬となると……あなた、またアレを使うつもりなの? それに、目立つ女ですって?」
「えぇ。ディアメロ王子によると、かの女は聖女だそうですよ。……フン、この時勢に聖女など。王子はどうも、彼女を重んじている向きを見せていましたが……どうせ、占い師の類でしょうし。害したところで、大した問題にはならないかと」
ローヴェルズの国賓を害そうとしている時点で、大問題なのだが。「例の聖女様」に馬鹿にされたのが気に入らなかったアルネラは、そんな簡単なことさえ、もうもう気づけなかった。終始この調子だからこそ、ハシャド王も「将軍の目は曇っていて、使い物にならない」とハザール王に溢していたのに。
しかして、彼女の目の曇りは意外と早く、強制的に晴らされることとなる。皮肉にも「例の聖女様」によって、強烈に……そして、完膚なきまでに。
【登場人物紹介】
・フィステラ・ファニア・クージェ(水属性)
クージェ第二王妃であり、第一皇子・フレアムの実母。38歳。
騎士の名門・ファニア公爵家の出身で、王妃でありながら、騎士としての素養も持ち合わせる武闘派。
ハシャドからの提案もあり、帝王に輿入れしたものの……クージェ筆頭公爵家・ハルデオン家との家格の差から、第一王妃ではなく、第二王妃の地位に甘んじている状況に不満を抱いている。




