6−32 王族は須く、交渉にも長けている
「……ディアメロ・ヴァンクレスト・グランティアズ王子ご一行様とお見受けします」
「いかにも。僕がディアメロ・ヴァンクレスト・グランティアズだが?」
ピシッと目前で止まった兵隊達の様子に、気圧されることもなく。先頭の女性騎士に堂々と応じる、ディアメロ。何故か、女性騎士の方は挑戦的な視線を投げてくるが……公的な場での受け答えには慣れていると見えて、ディアメロは優雅な目元で女性騎士を見つめ返す。
「送迎を寄越さないものだから、街の視察も兼ねて歩いていたが……何か、問題でも?」
送迎を寄越さなかった……という部分をやや強調しながら、ディアメロがローヴェルズの国璽が押印された外交文書を懐から取り出し、提示する。サッと女性騎士の顔が苦々しく引き攣ったが……すぐさま威勢を取り戻すと、いかにも失礼に「フン」と鼻を鳴らしたではないか。……どうやら、この女性騎士はディアメロ達が心底、気に入らないらしい。
「あいにくと、そちらの文書は無効です。帝王代理でもある、このアルネラ・ファニアが認めておりませんので。速やかにお引き取り願います」
「おや、あなたがかの将軍であったか。なるほど、なるほど。将軍の目は曇って使い物にならないと、方々からも聞いていたが……どうやら、噂は真実であったようだ」
「……何ですって?」
「ご存知だと思うが、我が父・ハザールとハシャド王は非常に仲が良い。他に適任者がいないから、仕方なく将軍に据えたが……自分に都合が良い采配を振るう傾向があり、公平な判断に欠くと、ハシャド王からも悩みを打ち明けられていたようでね。何かあったら互いに支援をするよう、取り決めもしていたそうだよ」
アルネラと名乗った女性騎士……もとい、将軍様に負けじと挑発的な態度を取ると、クックと笑うディアメロ。そうして、さも意地悪く「噂の出どころ」を告げると同時に、今度は「外交文書」とは別の「私的文書」も懐から取り出しては見せつける。
「この封蝋にサインは……まさか、ハシャド様の手紙……?」
「その通り。ヴァルムート公からきっと将軍は我が国を軽んじて、場合によってはグランティアズの国璽さえも無視するだろうと、予告があったものだから。父上から、何通か特別に借りてきた。……まぁ、ここまでのプライベートを公開するのは、反則だとも思うけれど。そのハシャド王のお命がかかっているのだから、この程度の強硬手段は許される範囲ではないかな?」
……外交文書よりも、個人的な手紙の方が重んじられるのも、どうかと思うが。外交文書には興味を示さなかったアルネラも、帝王の手紙ともなれば、熱心に読まざるを得ないらしい。
「しかし……そんなにも、我々の歩みを阻むとなると……ふむ。もしかして、あなたにとっては、ハシャド王の回復に不都合なのか? だから、我らの調査も受け入れられぬと」
しかも、ディアメロは意地悪をやめるつもりもないらしい。「まさか、毒でも盛ったのか……?」と意味ありげに呟きながら、繁々とアルネラを見つめる。そうされて、疑いをかけられては敵わぬと……アルネラが手紙から視線を上げつつ、慌てて弁明をし始めた。
「いえ、そのような事は、決して……! かっ、数々のご無礼を……失礼、いたしました……。でしたらば、この場で正式にこちらの文書も有効とさせていただきます……」
「最初からそうしていれば、余計な恥をかかなくて済むものを。……では、早速で悪いが。きちんとオフィシャルな歓待の意を示してくれると、非常に喜ばしいのだが?」
「……承知致しました」
どうやら、手紙にも彼女に不利な内容しか記載されていなかったらしい。怒りで真っ赤だった顔を、焦りで真っ青に変色させて。アルネラは悔しそうに謝罪の言葉を吐きつつ、胸元から端末を取り出し、どこかへ連絡し始めた。
「……アルネラだ。ローヴェルズ王国からの国賓がお見えでな。……至急、駆動車と迎賓の準備をされたし。これは将軍命令だ。違わず、遂行せよ」
やや苛立ちげに紫色の髪をかき上げながら、端末越しの相手に命令を下すアルネラだが。背後で兵隊達がやや呆れた表情をしているのに、彼女は気づいているのだろうか。
(きっと「すぐに追い返してやる」とか、息巻いてきたんだろうなぁ……。それがあっさり撤回じゃ、兵隊さん達も大変だよねぇ。それとも、ディアメロ様が一枚ウワテだったってするべきかなぁ)
ダンディキングからお手紙まで拝借してきたのには、ヴァルムートからある程度の事情を聞いていたからのようだが。抜かりなく準備してきた「小道具」でアッサリと立場を有利に書き換えるのだから、ディアメロは見た目だけの王子様でもないようで。王族は須く、交渉にも長けているものらしい。
(ふむ、彼女も相変わらずのようだ。きっと、今も坊っちゃまに意地悪を……おや?)
ミアレットがアルネラの変わり身の早さに、呆れている一方で……腹立たしげに爪を噛んでいる将軍様を見つめては、キュラータは妙な既視感に苛まれている。少なくとも、グラディウスに生み出されてからはクージェの地を踏んだことはなかったし……アルネラとも初対面のはずだが。それに、坊っちゃまとは……誰の事だろう?
「……どうしましたの、キュラータ。難しい顔をして」
「いいえ。なんでもございませんよ、ルエル様。クージェの品格があまりによろしいもので、呆気に取られていただけです」
「あぁ、そういう事ですの? そうね。確かにここまでご立派だと、いっそ微笑ましいですわね」
小声でありながらも、天使の美しい声はよく通る。しかも、今日のルエルはメイド服ではなく、いかにも神聖そうな純白のローブを着ており、神々しさも磨きがかかっているため……言動の1つ1つが、非常に目立つ。高くなっていた鼻と、出鼻を挫かれたアルネラにとって、ルエルの呟きは聞き流せるものではなかった。
「……ところで、そちらの失礼な女は何者ですか? 見たところ、使用人でもなさそうですが?」
そうして、止せばいいのに……今度は挑戦的な視線をルエルに向ける、アルネラ。そんな彼女に、ミアレットはハラハラしっ放しだ。恥をかくだけならいざ知らず、知らぬこととは言え、天使様に喧嘩を売るなんて。ミアレットには、ただの自殺行為にしか思えない。
(あぁぁぁ……そんなことを言って、大丈夫かな。カテドナさんもだけど……ルエルさんを敵に回すのも、絶対にダメだって……!)
それでなくとも、クージェはカテドナとキュラータの敵愾心を「ヴァルムート効果」で煽りに煽っている状態なのだ。これ以上の好感度ダウンは、滅亡へのカウントダウンも進む事になりかねない。
「失礼な女……はどちらだろうね、アルネラ将軍。まぁ、いい。……彼女はルエル様とおっしゃるが。グランティアズを守護する聖女様とでも、言っておこうか」
「聖女ですって?」
「そう、聖女様。まぁ……少なくとも、僕達でさえも足元にも及ばない、高次の階位にいるお方でな。……命が惜しいのなら、ルエル様の正体はあまり探らない方が、身のためだ」
そんな言い方をしたら、却って好奇心を煽るだけなのでは?
ミアレットはディアメロの意味ありげな対応に、これまた大丈夫なのかと心配してしまうものの。ミアレットがあれこれと悩んでいる間に、アルネラが呼んだと思われる黒塗りの魔法駆動車が3台もやってきたかと思えば、スッと彼女達の隣で停まった。
(うわぁ……クージェは駆動車まで黒いんだぁ……! なんか、ハイヤーみたい……!)
実際はハイヤーなんて、乗ったことはないけれど。ちょっぴり平民チックな事を考えつつ……そうして、流されるままにいかにもお高級な駆動車に乗り込むミアレット。しかし……不安の種は安定の増量傾向にあるので、ほんのり気鬱なのは変わらずである。
【登場人物紹介】
・アルネラ・ファニア(水属性)
クージェ帝国の将軍の1人で、宰相を持たないクージェ帝国において、帝王に次ぐ権力者と目される人物。
騎士の名門・ファニア公爵家の出身で、剣と魔法に優れた魔法騎士。35歳。
男に生まれていたらば帝王にもなれたと囁かれる実力者だが、本人もその賛辞を当然と受け取っており、権力に異常な執着を見せる。
クージェ第二王妃の妹であり、第一皇子・フレアムの叔母。




