6−31 金城鉄壁の街並み
本日は晴天なり、晴天なり。
いつもの黒いケープとワンピース……ではなく、ほんのりと気取ったツーピースを着せられて。背後にウキウキと控えるルエルの視線を浴びつつ、ミアレットは内心でため息を吐いていた。
(あぁぁ……結局、こうなるんだぁ……)
エントラスでのやり取りの後。ディアメロは本当にクージェへの訪問を取り付けたようで、ヴァルムートとも綿密に打ち合わせをしていたようだが。詳細については、ミアレットには何も知らされていない。ただ……ルエルがいるのを考えるに、状況によっては天使様達の力も借りるつもりなのだろうか?
(いや……ルエルさん同伴はディアメロ様の案というよりは、ご本人様の希望っぽい……? あぁぁぁ……タダでさえ、面倒な空気ムンムンなのに。ルエルさんがいたら、更に面倒なことが起こりそう……!)
主に、望まぬ恋愛イベント方面で。
しかし、悲しいかな。か弱き少女に拒否権なんぞ、あった試しはなく。ミアレットはもうもう、遠い青空を半目で見つめることしかできない。
(それにしても、クージェってこんな感じなのね……。近代的で、格好いいのかも知れないけど。私はレトロなグランティアズの街並みの方が好みかもぉ)
皮肉なまでに美しい青空は、黒光りする建造物に囲まれて、さながら1枚の絵画のよう。黒光りする建造物……それはまさに、帝国・クージェの威信を体現した、金城鉄壁の街並み。隙もなく、スタイリッシュではあるものの……どこか窮屈ささえも感じる景色に、折角の休日は無駄に気疲れさせられそうだと、ミアレットはやっぱりトホホと肩を落としていた。
「ミアレット様、大丈夫ですか? もしかして、具合が悪いのでは?」
後ろ姿からしても、ガッカリしているのが丸分かりだったらしい。意外にも、ディアメロの背後を守るキュラータが心配そうに声を掛けてくる。
「いえ、具合が悪いんじゃなくて……ちょっと、気圧されていると申しますか。何だか、圧迫感があるなぁって……」
「左様でしたか。ミアレット様が仰りたい事は何となく、分かります。……クージェは相変わらずのようだ」
「僕もちょっと窮屈に感じる。クージェには初めて来るが……これでは、少し疲れしてしまうな」
どうやら、ディアメロもミアレットとほぼ同じ感想を抱いているらしい。それでなくとも、彼は生まれも育ちもグランティアズ城である。ミアレット以上に、クージェの街並みは肌に合わないものがある様子。一方で……ミアレットは窮屈さ以上に、キュラータの発言に僅かな違和感を覚えていた。
(相変わらず……? もしかして、キュラータさん……この街に来たことがあるのかしら?)
キュラータには尋ね人がいると、聞いてはいたが。その肝心の相手を、キュラータは覚えていないらしい。いや……むしろ、彼は名前以外の記憶が抜けていると言った方が適切か。
(でも、何も覚えていないって言う割には、キュラータさんも完璧なのよね……)
しかして、忘れている事が多い割には、キュラータの所作は洗練され過ぎている。もし、彼にキュラータとして生み出された以外の記憶がないのなら。この執事然とした振る舞いは、どこで身につけたものなのだろうか。
「私は久しぶりにクージェに参りましたが……以前よりも、建物が高くなった気がします。おそらく、人口が増えたのでしょうけれど……確かに、一緒に圧迫感も増した気がしますね」
「そうなのですか?」
「えぇ。それこそ、会長と一緒にクージェ支店の視察に来た時以来ですけれど……その時はもう少し、城壁も低かったと記憶していますよ」
ミアレットがキュラータの記憶について、あれこれと思いを巡らせていると。すぐ横で、カテドナとルルシアナ製薬切っての薬剤師・マルディーンが帝国の街並みについて、話を弾ませている。どうやら、カテドナには帝国の街並みは親近感があるようで……どことなく、懐かしそうに目を細めた。
「……この黒光する感じは、サタン様の城に似ていますね。きっと、防衛に適した作りをしているのでしょう」
「その通りです。そもそも、クージェは帝国全土が城塞都市ですから。全ての家屋が帝国城の城壁として機能するよう、一連の集合住宅として集積できるようにデザインされているのです。増築・連結もしやすいように、各住宅の形状は長方形と定められ、各々の持ち家をレンガのように積み上げられるようになっていますよ」
「うわぁ……それはそれで、凄いことなんでしょうけど……。なんか、つまらなくありません?」
「アハハ、ミアレットさんがそう思われるのも、無理はありませんか。これでは、住まいを選ぶ自由はありませんからね。ですが、希望があれば複数ブロックを一戸として連結できますし、内装のカスタマイズにも制限はないそうですよ。例えば……」
マルディーンがすぐ横にある、惣菜屋らしき店を示す。彼によれば、この店は縦に一戸として連結されているようで、1階部分が商店、2階から上は居住スペースになっているだろうとの事だった。
「家同士の境界線が光っているでしょう? あのラインが、各住居の区分けを示していまして。中には、横に連結させることで大広間を作る方も居れば、縦に連結させて吹き抜けを作っている方も居ますし……或いは、両方を取り入れている方もいるみたいですね。外観は統一されていますが、それぞれに内装で個性を爆発させているそうで……会長もクージェ向けのインテリアも扱ってみるかと、おっしゃっていましたっけ」
「……マモン先生、何だかんだで商魂逞しいですよね……」
そうして、他愛のないおしゃべりを楽しみつつ、総勢6名でゾロゾロと歩いていると。大通りの向こうから、黒い軍服を着た兵隊さん達が列を成してやってくる。ミアレットは呑気に「兵隊さんだぁ」と思っていたのだが……予想に反して、その彼らがズンズンとこちらにやってくるではないか。
「……ようやく迎えを寄越す気になったか。いや……そうでもなさそうか?」
「えっ? ディアメロ様……それ、どういう意味です?」
兵隊さん達を険しい顔で見つめる、ディアメロによると。ローヴェルズからの使者派遣を了承したのは、第一王妃(つまりはヴァルムートの母親である)であって、ハシャド王ではないそうで。帝王自身が病床にあるのだから、彼が承諾をするのが難しい部分もあるが……帝王代理を務める将軍の了承はもぎ取れなかったために、「多少手荒な歓迎になるかも」とヴァルムートから予告があったらしい。
(手荒な歓迎って……も、もしかして! 私達、捕まっちゃうのかしら⁉︎)
ただただ、のほほんと市街観光に勤しんでいただけなのに。この程度で捕まってしまうのなら、調査も、治療も、あったものではない。




