6−29 それのどこが、偉いんですか?
丸顔に埋もれそうになっている、小粒の目。そんなつぶらな瞳を精一杯、釣り上げているのを見るに……ヴァルムートはミアレットが自分に従わないことに不服な様子。どうやら、彼は根本的に人との関わり方を理解していないらしい。これでは、兄がいようといまいと……民から愛される帝王には、程遠い。
「ヴァルムート君の発言は、大部分で痛々しいです。側から見たら、勘違いしていると思われても仕方ないですよ」
「なんだと……? 平民のクセに、俺に意見するなんて」
「はいはい。だから、それがいけないんだって、言ってるでしょうに。第一、ヴァルムート君自身はちっとも偉くないですよね?」
「なんで、そうなるんだ⁉︎」
ミアレットの忌憚なき意見が炸裂したところで、我慢ならぬと立ち上がるヴァルムート。しかし、熱り立ったところで……彼に刺さるのは険しい視線のみである。
「お、俺は、帝王の息子なんだ……! だから……」
「だから? それ、ヴァルムート君はただ、皇子に生まれただけですよね? それのどこが、偉いんですか?」
「皇子は生まれながらにして、偉いんだ。俺に流れる血は、尊いんだ! そ、それで……」
それで、なんだと言うの? ミアレットの冷めた視線に、ヴァルムートは二の句を継ぐこともできない。
確かに、ヴァルムートは帝王の血を引いているし、ハシャド王が優秀なのは紛れもない事実ではある。そして、第一王妃に甘やかされて育ったヴァルムートは、父王の優秀さを自分も引き継いでいると頑なに勘違いしてきた。だが……残念なことに、ヴァルムートには魔法の稀有な素質こそあれ、それ以外の能力は至って平凡である。もし、ヴァルムートにも目立った実力があったのなら。そもそも、ここまでフレアムに出し抜かれることもなかっただろう。
「ミアレットも、意外と容赦ないな……。まぁ、正論だとは思うけど……」
ミアレットは要所要所で、勝ち気な部分がある。ディアメロもそんな事はとっくに把握しているし、それが頼もしくもあるのだが。しかし、隣で聞いていて妙に切ない気分になってしまう。
(ミアレットの言い分は、どこまでも正しい。たまたま、そこに王族として生まれただけで、僕達が偉いわけではない。でも……少し、耳が痛い内容だな……)
今のディアメロは、ミアレットの主張が「正しい」と認める度量は持ち合わせてはいる。だが、少し前までは同じような理由でミアレットを手元に置こうとしていた手前、何となくバツが悪い。
「こういう事ははっきり言っておかないと、ダメです! それに、ここで軌道修正しておかないと……クージェ、冗談抜きで滅ぼされそうですし」
「あぁ、それもそうか。ミアレットへの狼藉がなくならない限り、滅亡の危機も去らないのか」
カテドナとキュラータの契約主は、ルエルではあるが。カテドナはミアレットに心酔しているフシがあるし、キュラータは腹の中こそ見えないものの……ディアメロにしっかりと忠義を尽くしてくれていたりする。ルエルがローヴェルズの拠点作りに精を出している現状では、ミアレットとディアメロとで従者達の舵取りもせねばなるまい。いくら、帝国がかつてはライバルだったとは言え。従者達の思い付きで滅ぼされたら、寝覚めも悪い。
「ミアレット。ヴァルムートの悩みを解決するには、どうすればいいと思う?」
絶妙に最悪な想像に陥りそうだったので……ディアメロは可及的速やかに、話を逸らした。いずれにしても、ヴァルムートの悩みの種を取り除く方法を考えるのが先決だ。もちろん、できる限り物理的解決(滅亡)ではない方向で。
「うーん……やっぱり、ヴァルムート君のお父さんが元気になればいいんじゃないかと。そうすれば、ヴァルムート君のお兄さんが即位する必要もないでしょうし」
「そうだな。だとすると、その病気をどう治すかが問題になるが」
ヴァルムートの話からしても、帝国内では相当に手を尽くしたのはありありと窺える。国中の医者が揃いも揃って「原因不明の病」と診断したのだから、クージェでは既に諦めムードが漂っているらしいが……。
「でも、ちょっと気になるんですよね。帝王様が病気になったタイミングが、フレアムさんに都合良すぎやしないかって。……まるで、彼の成人に合わせたみたいで。もしかしたら、帝王様は病気じゃないのかも……?」
「そ、そうなのか⁉︎」
「いっ、いや……今のは、タダの推測ですよ? でも、ここまでタイミングバッチリだと、怪しくないです?」
言われてみれば、確かに。ミアレットの何気ない指摘は、盲目的に「力を示す」事に固執していたヴァルムートに新しい視野を開かせる。しかし……。
「……仮にそうだったとしても。俺が言ったところで、誰も信用しやしない。今のクージェに俺の味方はいないからな」
「あっ、そうなります? ザフィ先生やマモン先生のお薬があれば、なんとかなりそうな気がしますけどぉ……」
人間に治せない病でも、天使や悪魔の手にかかれば治せるかもしれない。それに……そもそも、ハシャド王は病気ですらない可能性もある。そうともなれば、ますます彼らに頼るのが最適解にも思えるが。
「であれば、僕の名前で正式に打診すればいいのか。帝王の治療について、ローヴェルズからも支援をすると言えば、こちらで調査する糸口を掴めるかも知れない」
「えっ?」
「今のクージェとローヴェルズは友好国でもある。それに……父上とハシャド王は仲も良い。同年代ということもあって、外交面での意見交換も盛んにしていたし。僕の名前だけではなく、父上の連名と国璽もあれば、まずまず押し通せるだろう」
その上で……と、ディアメロがチラリとマモンを見やれば。マモンも、心得ていますよと肩を竦める。
「俺も、協力するのは構わないぞ。明日から特殊祓魔師の任務に戻らないといけないから、俺自身はクージェに行けないが。そういう事なら、腕利きの薬剤師を派遣しようかな。彼なら呪詛の類に詳しいし、調合の腕前もピカイチだ」
「薬剤師さんですか?」
「うん。マルディーンさんって言うんだけど。元は妖精王だった人でな。ちょっとした縁もあって、ウチで管理薬剤師をやってもらってるんだ」
ちょっとした縁って、どんな縁だろう。元は妖精王の薬剤師だなんて、普通の縁で抱え込めるものではないと思うが。
(いつもながらに、この人の交友関係にツッコミを入れだすと、キリがないんだよなぁ……)
そうして、マモンのお顔のワイドさに気を取られている横で……あれよあれよという間に、何故かクージェ行きが決まっていた。よく分からないが、ディアメロは自分がクージェへ行くつもりらしく、ミアレット同伴を前提に話を進めているではないか。
「ところで……私も行くんです?」
「当たり前だろう? 僕が使者として行くつもりだから、ミアレットも付いてこい」
「私が行ったところで、なんのお役にも立てない気がしますけど?」
「そんな事、ないさ。少なくとも、いてくれるだけで僕は癒される」
「左様ですか……?」
「状況からしても、急を要するし……クージェ側がいいと言ったら、次の休日には出かけるぞ」
「は、はひ……」
もちろん、ミアレットもクージェ帝国に興味はあるが。ハイエレメントの日は魔法書架で勉強しようと思っていたのに……ミアレットはまたも急な予定をねじ込まれ、トホホと肩を落とす。
(なんで、こうなるのよぅ……! また、変なことに巻き込まれた気がするぅ……!)
【登場人物紹介】
・マルディーン
ルルシアナ商会で管理薬剤師を務める、製薬部門のトップ。
カーヴェラで本屋を細々と営んでいたが、マモンに魔法植物の知識を買われ、現在は彼の製薬会社で調合の腕を奮っている。
かつては妖精王・オベロンであったが、霊樹・アークノアの立ち枯れの危機に伴い、とある天使に協力の要請と契約を捧げた結果、妖精王の地位を捨てざるを得なくなった、「精霊落ち」。
精霊としての祝詞は失っているものの、妖精王の特殊能力は僅かに残しており、相手の魔力の質や属性を見定めることができる。
【補足】
・精霊落ち
精霊としての能力を失い、本性を忘れた者達のこと。
霊樹の祝詞を放棄しているため魔力を扱うことができず、精霊としての存在意義をも失った存在であるが、高位の精霊だった場合は特殊能力だけを残している場合がある。
外観と寿命以外は人間と大差なく、人間社会にも自然と溶け込んでいることが多い。




