6−28 悩みのタネごと、滅亡させればいいのです
妙な事になったなぁ……と、思いつつ。ミアレットは魔法学園の談話室で、カテドナが淹れてくれたお茶を啜りながら、ヴァルムートの話に耳を傾けていた。どうやら、こちらの皇子様もかなり複雑な事情を抱えているようで……。
「そうだったのか……具合が悪いのは兄上じゃなくて、お父上だったのか」
「あぁ。ここ数ヶ月で、急に容体が悪くなってな。……元は頑強で、健康そのものだったのに」
共に「兄がいる王族」というシンパシーがあったからなのかは、分からないが。ヴァルムートの相談も、始めは「どうしたら手っ取り早く実力を示せるか」という内容だったのが、「どうして、実力を示したいのか」という原因へと話題が移ったついでに……ヴァルムートの父でもある、現帝王の容体が重篤らしいと聞かされれば。ディアメロには他人事と思えないようで、さも痛ましいと眉根を下げている。
「なるほどなぁ。それで、時間がない……って言ってたのか。要するに、このままだと親父さんの崩御とセットで、お兄さんの即位が決定しちまいそうだからな。しかも、クージェのしきたりをちょいと無視して」
「その通り、です……。それでなくとも、フレアムは昔から……外面がよく、天才で通っていたから」
ディアメロに心配されると同時に、マモンが「しきたりをちょいと無視して」とヴァルムートの苦境に理解を示したのにも、安心したらしい。あんなにも不遜な態度を貫いていたヴァルムートが、悔しそうにポロポロと愚痴をこぼし始めた。
父王はヴァルムートの母親も含め、できる限り兄弟の待遇も平等にしようと、それなりに神経を注いでもいたようだが。どうしても同い年の兄弟ともなれば、2人は事あるごとに比較されて、否応なしに優劣を競わされていた。そして……同じ事をしても、同じように過ごしても。周囲は見目麗しいフレアムばかりを持て囃し、決してヴァルムートが大きく劣っている訳ではないのに、彼を「次期皇帝の出涸らし」と陰でバカにするようになっていったのだと言う。
(うわぁ……これじゃ、卑屈になるのも無理はないし、焦るのも仕方ないかも……)
生まれた瞬間から、母親同士……延いては2つの公爵家の諍いの駒として、扱われ。努力してみても、運よく父親の気質と才能を受け継いだ兄の引き立て役として、見下され。しかも、このまま彼らを見返してやれなければ、最悪の場合……。
「このまま奴が即位すれば……向こうの公爵家に全部、牛耳られるに違いない。そしたら、俺もだが……母上も帝国を追い出されるだろう」
「ちょ、ちょっと待って、ヴァルムート君。なんで、そうなるの? 別に、ヴァルムート君は悪いことをしてないのに、追放だなんて……」
「……フン。それこそ平民の意見だよ、ミアレット。貴族ってのは、ライバルを引き摺り下ろせるとなったら、容赦がないのさ。帝王にさえなれば、俺達を放逐することなんぞ、造作もない」
貴族同士の派閥争いや、軋轢はよく聞く話ではあるが。悪い事に、クージェでは爵位関連の権限は帝王に集約しているそうで……叙爵に始まり、降爵・陞爵(爵位の降格・昇格)だけではなく褫爵(爵位剥奪)さえも、思うがままにできるのだとか。それが故に、クージェの貴族は「次の帝王は誰か」を入念に見定め、支持する相手を間違わないように最大限に「気を遣う」ものらしい。
「ガルシェッドやストラートみたいに、絶対中立を貫ける家はごく一部。大抵の奴らは、帝王に気に入られようと必死だし、あわよくば次期帝王は自分の家から……って考えるのが、普通だ。だから……フレアムが有力候補と目されている今、クージェには俺の味方はいない。そして、フレアム側のファニア家はここぞとばかりに、ライバルを蹴落とそうとしていて。……母上の生家は今、没落の一途を辿っている」
まるで自分のせいだと言わんばかりに、沈痛な面持ちを見せるヴァルムート。そんな彼の事情を前に、ミアレットはヴァルムートが捻くれちゃった理由を理解しようとしたが……。
「ということで、ミアレット。お前が、俺の愛人になれば万事解決だ。そっちの従者と一緒に、俺の元に降れ」
「はいっ?」
何がどうなって、そうなる? ミアレットにしてみれば万事解決どころか、面倒事が大量発生しているようにしか思えない。
「普通に嫌ですけど?」
「なっ⁉︎ 何が不満なんだ⁉︎」
「いや、不満しかないでしょ、それ……。何が悲しくて、そんな勝手な理由で帝国に嫁がなきゃいけないんですか。しかも、愛人って……私のこと、ナメ腐ってます?」
そもそも、第一印象からして最悪なんですけど……と、ミアレットがエントランスでの出来事を引き合いに出しつつ、拒絶を示せば。ヴァルムートはあり得ないとばかりに、ワナワナと震え出した。……ヴァルムートが「勘違い系のお方」であるのは、気質の問題も大いにあるらしい。
「しかも、今の感じだと目的は私じゃなくて……カテドナさんですよね? 言っておきますけど、カテドナさんは私の従者じゃありませんよ? ね、カテドナさ……」
「いいえ? 私はあなた様の従者であり、守護者ですよ。ミアレット様。故に……我が主人を貶める者は、徹底的に排除致します。次は首を刎ねると、警告も出しておりましたし」
どこまでも相手を蔑むような氷点下の眼差しに、キッチリとこめかみに浮かんでいる青筋。言葉こそ静かではあるが、カテドナが怒っているのは目にも明らか。MK5(マジでキレる5秒前)……ってヤツである。多分。
「そういう事でしたらば、クージェを地図から抹消すればいいのでは? そうすれば、万事解決でしょう」
「左様ですね。ナイスアイディアです、キュラータ殿。この際ですから悩みのタネごと、滅亡させればいいのです」
しかも、悪いことにキュラータまで前回の宣言をぶり返すのだから、よろしくない。任務に忠実なのは非常に喜ばしい事だし、従者同士の仲がいいのは何よりだが。頼むから、根本的解決の手段に物理攻撃(滅亡方向)を選ばないでほしい。
「いやいやいや、ナイスアイディアじゃないですからね、それ⁉︎ 万事解決、しませんから! と、とにかく、ヴァルムート君!」
「あっ、あぁ……」
「この際だから、自己中心的で自分勝手な物言いはやめましょう! それじゃ、帝王になる・ならない以前の問題だと思いますし」
「な……それはどういう意味だ?」
「いや、どういう意味って……。そこからかぁ……」
従者達の暴走を止めるのも一苦労ついでに、次期帝王様(自称)の勘違いを止めるのも一苦労。きっと、彼には「当たり前の事」を指摘してくれる相手が、身近にいなかったのだろうと勘繰っては……ミアレットのため息は尽きる事もない。




