6−27 意外な同情と憐憫
「はーい、お待たせ。ほれ、エックス君。飼い主さんがお迎えに来てくれたぞ」
「ピチッ! ピチチチッ!」
アップデートの目的からしても、ずっとマモンが預かっていた方が、効率もいいのかも知れないが。生き物らしさを搭載したエックス君は、どうも飼い主……特に、ディアメロに懐いているらしい。マモンが「飼い主さん」と示す方を認めて、籠の中で嬉しそうにハミングし始めるのを見るに……このまま預かっているのは忍びないと、流石のマモンも苦笑いしてしまう。
実を言えば、マモンが職員室で堂々とエックス君を改良していたのには、ヴァルムートを待っている目的もあるにはあったが……ディアメロが「エックス君がいないのは寂しい」と、製作者冥利に尽きることを仰ったせいである。そんな寂しがり屋な王子様のお願いを叶えましょうと、律儀な大悪魔様は急ピッチでエックス君の改良を済ませてくれたのだ。
「無事に終わったぞ。これで、エックス君はナルシェラ君の行方も、多少は追えるようになったはずだ」
「あ、ありがとうございます、先生……!」
まるで、動物病院にペットを預けていたが如く。マモンからエックス君を鳥籠ごと受け取ると、ディアメロがエックス君に「大丈夫だったか?」と話しかけている。
「……ディアメロ様。エックス君は別に手術とか、解体とかされた訳じゃなくて……。あくまで、魔法回路を書き換えられただけですよ? 怪我していた訳じゃないんですから……」
「そっ、そうかも知れないが! 寂しいものは寂しいし、心配なものは心配なんだから、仕方ないだろう!」
ミアレットに当然の指摘をされて、慌てるディアメロだったが。それと同時に、マモンの背後に見過ごせない相手が佇んでいるのにも気づき、折角のニヤけ顔を仏頂面へと変化させる。
「……ところで、どうしてお前がこんな所にいるんだ?」
「俺はマモンに呼ばれてきただけだ。……お前達に用がある訳じゃない」
警戒心を剥き出しにするディアメロに、負けじと不遜な態度で応じるヴァルムート。しかして、ディアメロとしては彼の視線以上に気になる事があるらしく……ややムスッとした口調で、とある事を嗜める。
「相変わらず、だな。そもそも先生を呼び捨てにするなんて、失礼だと思わないのか?」
「思わないな。俺はクージェの次期皇帝になる男だ。だから、この学園でも……」
「偉いとでも? いや、違うだろう。立場はどうあれ……魔法学園にいる以上は、僕達は一介の生徒でしかない。王子だろうが、帝王だろうが、師に敬意を払うのは当然だと思うが」
内心では田舎王子と侮っていたとしても。堂々とした佇まいで、真っ当な意見をぶつけてくるディアメロに、ヴァルムートはますます卑屈になってしまう。それでなくとも、彼の周りにはミアレットだけではなく、例の従者2名もしっかりと控えている。今日ばかりは余計な口出しこそ、してこないが。……自分に向けられる彼らの視線が、職員室でサルヴァンから浴びせられたものと同じだと理解しては、ヴァルムートはギリと奥歯を噛み締める。
「……何が、分かる」
「何だって?」
「お前に……お前に、俺の何が分かるんだ⁉︎ 世襲で、苦労せずに王位を継げるお前に……何が分かるんだッ!」
そうして、同じ王族のディアメロに向かって、怒りをぶつけるヴァルムート。古くからライバル同士であったクージェ帝国とローヴェルズ王国では、王位継承の基準は真逆だと言っていい。クージェは実力で帝王が選ばれる一方で、ローヴェルズは頑なに世襲で王位が引き継がれる。その違いを知っているヴァルムートにしてみれば、ディアメロは苦労知らずの王子様にしか思えなくて……無性に腹が立つ。
「王位は兄上が継ぐ。僕はあくまで、兄上に万が一があった時のスペアだ」
「はっ……? お前にも、兄がいるのか?」
「あぁ。……今はちょっと、行方不明になっているがな。それにしても、お前にも……という事は、そっちも兄がいるのか? それなのに、王位を継ぐとなると……そうか。きっと、お前の兄上は体の具合が悪いんだな。であれば、苦労も多い事だろう」
「い、いや……そういう訳ではないんだが……」
しかし、腹立たしいと思っていた王子様から返ってきたのは、意外な同情と憐憫だった。もちろん、ヴァルムートの兄は健康であるし、目障りな程に存在感も抜群だ。ディアメロが想像するような、か弱さは微塵もない。
「うーんと。もしかして……ヴァルムート君がちょっぴり偉そうにしちゃうのって、そのお兄さんが関係あるのかな? んで、相談もお兄さん絡みで合ってる?」
「……そうかも知れないし、違うかも知れない……」
さっきまでの勢いが嘘のように、萎れた様子を見せるヴァルムート。一方で……ディアメロとヴァルムートのやりとりに、思うところがあったのだろう。マモンがフゥムと唸ると同時に、これまた意外な事を聞いてくる。
「なぁ、ミアレットさんに、ディアメロ君」
「はっ、はい!」
「なんでしょうか、先生」
「……この後、時間ある? もしよければ、ヴァルムート君の話を一緒に聞いてくれないかな」
「へっ?」
時間はあるけれど……と、互いに顔を見合わせてしまうミアレットとディアメロ。話を聞くくらいであれば、構わないが……当のヴァルムートはいいのだろうか?
「どう? ヴァルムート君もそれでいいか? 多分だが……俺よりも、ディアメロ君の方が悩みを理解してくれそうな気がするけど」
「理解されるつもりはないが……ディアメロとやらに、聞きたいことができた。……話くらいはしてやっても構わない」
やっぱり、妙な上から目線を保ちつつ。それでも、話を聞いてもらいたいのも透けて見えるようで。……あれ程までに危険人物だと思っていたヴァルムートの悩みがどんなものなのか、お節介にも知りたいと思ってしまうミアレットがいる。
(もしかして、この子がこんなに捻くれちゃったのって……王位なんちゃらが原因なのかしら……)




