6−26 次期皇帝の出涸らし様
「……邪魔するな。俺はこいつに、用がある」
「マモン先生をこいつ呼ばわりとは……流石、次期皇帝の出涸らし様は、態度も言葉も突き抜けていますね」
尊大なヴァルムートの発言に対し、慇懃な皮肉で応酬するサルヴァン。魔法学園での立場で言えば、教師であるサルヴァンの方が上ではあろうが。その彼が「殿下」などと嫌味ったらしく呼んでいたのを聞いていても、ヴァルムートは魔法学園の外では相当に高貴な人物であるらしい。
(殿下ねぇ……。もしかして、因縁があるのか? これは……)
いかにも険悪な空気を醸し出す2人を見つめながら、マモンは彼らの事情に思いを巡らせるが。クージェ帝国の次期皇帝はほぼ決まっており、候補者の成人を待っている状況なのだと……クージェ分校のアレイルから、世間話混じりの報告が上がってきていた気がする。
「え、えぇと……サルヴァン先生、このくらいの軽口は許してやれって。俺は別に構わないし……」
「いいえ! この際ですから、あなたの偉大さを教え込んだ方がいいと思います!」
こうして尊敬してくれるのは、ありがたいが。ヴァルムート相手にやたらとムキになっているサルヴァンの態度は、これから相談に乗ろうとしているマモンにしてみればやや迷惑だ。
ここはクージェの帝国城ではなく、魔法学園の職員室である。いくら、根深い因縁があろうとも……帝国内のいざこざを魔法学園内に持ち込むのは褒められた事ではないし、まして、生徒を貶める発言は教師としては絶対に避けるべきであろう。
「うーん……そう言ってくれるのは、嬉しいけど。とりあえず、サルヴァン先生も落ち着け……な? 事情はよく分からんが、出涸らしだなんて。生徒を傷つけるような言葉遣いは、教師としてイカンだろ」
「……!」
まさか、自分の方が注意されると思ってもいなかったのだろう。マモンの指摘に、サルヴァンは驚愕の表情を浮かべた後……悔しそうに顔を歪めて、「申し訳ありません」と小さく呟く。
「ウンウン、次から気をつけてくれよな。さて……と。ヴァルムート君、とりあえず移動すっか。ここじゃ、落ち着いて話もできないだろうし」
「……」
手早くエックス君一式を片付け、自身の固有空間へと放り込むと……サルヴァンの肩をポンポンと慰めるように叩きつつ、職員室を後にするマモン。そうされて、サルヴァンは泣きそうな顔をしているが……そんな彼を不用意に小馬鹿にする事もなく、ヴァルムートも席を立ったマモンの後に続く。
「あっ、その前に……ヴァルムート君、ちょいとエントランスに寄っていいか?」
「……別に構わない。もしかして、俺以外と約束でもあるんですか?」
「そんなトコかな」
廊下に出た途端、「出待ち」していた女子生徒達へ慣れたようにスマイルを振り撒きながら。アッサリと先約がある事を白状する教師に対し……彼の背中を見つめながら、ヴァルムートはため息を吐く。
話の続きなんぞ、聞いてもらわなくても結構……そう、思っていたけれど。今のヴァルムートには、「とある事情」により、本当に時間がない。だから、多少のプライドを捨ててでも……実力を手っ取り早く示せる方法がないか、魔法学園でも屈指の実力者らしいこの悪魔に「取り引き」をしてもらおうと、気乗りしないなりに職員室に乗り込んだのだが。
(誰が、次期皇帝の出涸らしだって……? クソッ……! どいつもこいつも……!)
職員室には、運悪く先客がいた。しかも……選りに選って、ヴァルムートの帝国での評判を知る、同郷の優秀な魔術師が。
サルヴァンの生家でもあるストラート侯爵家は、クージェ帝国でも名家中の名家として知られる一方で……権力争いには興味がないお家柄らしく、帝王のサポート役に徹する事が多い。しかしながら、ストラート家の助力が歴代の帝王を輝かせてきた事は、クージェの民ならば誰でも知っている事。そのため、ストラート家を取り込めるかどうかで、次世代の帝王が決まるとまで言われる始末である。
そんな評判を、当の侯爵家はあまり好ましく思っていないようだが。……全体的に控え目ながらも、優秀な血筋を保持するストラート家が名家であるのは、揺るぎない現実でもある。
(……あの様子では、ストラート家を取り巻きにするのは、難しいか。まぁ……俺も、あんなのを従えるのは願い下げだが)
挑発的な言葉尻からしても、サルヴァンも次期皇帝はヴァルムートではなく、フレアムに決まりかかっている事を知っているのだろう。そして、現帝王でありヴァルムートの父親でもあるハシャド王の体調が優れず、このままでは崩御が近いことも……彼は知っているに違いない。
(父上がもっと、ご健勝であったなら……!)
ハシャド王はここ数ヶ月、原因不明の病で床に臥している。帝国中から優れた医者や治癒師をかき集め、彼の治療に当たらせているが……ハシャド王に回復の兆しは見られない。そんな折、異母兄・フレアムの成人が1ヶ月後に迫っているともなれば。他に有力な対抗馬がいない以上、このままでは普段から優秀と持て囃されているフレアムが正式に次期皇帝に選定されてしまう。同じ皇子であるはずのヴァルムートの成人を待つ間もなく……ヴァルムートや母でもある第一王妃の立場も考えずに、アッサリと。
「悪い、ヴァルムート君。ちょっと待っててな。すぐに終わらせるから」
背後でヴァルムートが悶々と複雑な家庭環境を嘆いているとも知らず。エントランスに辿り着くと、マモンが先約の相手を呼び始めるが……。
(あいつらは、確か……!)
今日のヴァルムートはとことん、運が悪いのかも知れない。マモンが手を振りつつ、声をかけている相手は……あの憎っくき平民・ミアレットと、生意気な田舎王子・ディアメロだった。
【登場人物紹介】
・ハシャド・クージェ(炎属性)
クージェ帝国・現帝王。42歳。
剣と魔法に優れた騎士王であり、政治的手腕・智謀にも長けた傑物。
犬猿の仲であったハルデオン公爵家とファニア公爵家の仲を取り持とうと、両家から王妃を娶った経緯がある。
しかしながら、彼女達を公平に扱いすぎたせいか、はたまた、純粋に運が悪かったのか。
何故か、2人の王妃がほぼ同時に皇子を産み落としたため、却って争いを泥沼化させてしまった。
そんな妻達の争いを広げないためにも、ハシャド自身は次期帝王を息子達にとは明言しておらず、しきたり通りに「優れた男子」を選定するつもりであったが……それすらを宣言する間もなく、現在は病床に臥せっている。




