6−25 いい雰囲気のお知り合い
虎印のコーヒーカップに、唇を寄せながら。放課後の職員室でマモンはエックス君に仕込んでいた魔法回路から、入念に「ナルシェラの声」を抽出していた。
(どれどれ……うん、声紋も拾えそうだな。んで、こいつを魔力の波長に置き換えて……)
自身が作った魔法道具とは言え。ナルシェラの声がしっかり残っているかは、未知数であったし、これは一種の賭けでもあった。だが、存外にしっかりと波形が残っていたのを認めて、マモンは目元を緩めると同時にグイとコーヒーを飲み干す。しかし、コトンと置いたマグカップをすかさず持ち上げる者がいるので、振り向けば……若手の教師が興味津々でマモンを見つめていた。
「お疲れ様です、マモン先生」
「んぁ? あぁ、サルヴァン先生か。お疲れ様でーす」
空になったコーヒーカップにサーバーを傾けつつ、気が利く様子でマモンに話しかけてきたのは……サルヴァン・ストラート。クージェ出身の魔術師で、昨年度に特殊祓魔師に認定された魔術師の1人だ。彼もまた、魔法学園本校で授業を受け持つ傍ら……いよいよ各地への派遣も予定されているため、マモンやハーヴェン等の「先輩特殊祓魔師」から少しでも知識や技術を得ようと、話しかけてくることが多い。
「それはそうと、いいのですか? 職員室で、魔法道具の術式を展開して……」
しかしながら、魔法道具は深魔道具も含め、制作自体も研究機関施設で行われるのが常。だからこそ、サルヴァンにはマモンが堂々と職員室で魔法術式を解体しているのが、好奇心を刺激される以上に不可解に思える。普通であれば、マモンが要素を抽出している魔法術式は、おいそれとお目にかかれるものではないのだ。
「うん、今日は仕方ないかな。何せ、待ち人がいるもんだから」
「待ち人……ですか?」
「ちょいと、気になる生徒がいてな。とは言え……ちゃんと来るかどうかは、分からんけど」
ありがとうとコーヒーを受け取りながら、アッサリとマモンは「見学」も許可するものの。マジマジと見つめたところで、サルヴァンには虚空に浮かぶ魔法術式の中身はサッパリ分からない。それでもいい機会だと、マモンは丁寧に魔法術式の中身を1つ1つ、サルヴァンに説明し始めるが……。
「まず、ここに展開されているのは、風属性の沈黙魔法・サイレントカノンの要素抽出をした逆術式だ。今回の魔法道具は持ち主認識のトリガーに音声をベースにするよう、構築する必要があって。沈黙魔法の音声認識部分の構築概念だけを利用しつつ、沈黙効果を逆式で書き込むことによって、この小鳥が音声を認識するトリガーとして組み込んである」
「な、なるほど……」
風属性の魔術師でもあるサルヴァンには、もちろんながらサイレントカノンの知識もあるし、マモンの言う「音声認識部分の構築概念」も理解できる。しかし……魔法道具にも落とし込めるように、「魔法回路」をデザインするとなると、事情は変わってくる。
本来は「言霊の力」を利用する魔法を、魔法道具として物理的に詰め込もうとした場合。それらの構築概念を「魔法術式」へと落とし込み、魔法構文や数式……つまりは「魔法回路」をデザインする必要がある。しかし、このデザインは純粋な魔法知識だけで、簡単にできるものではなく。構築概念を組み込んだ数式を、オリジナルの「魔法陣」として書き出すセンスが必要となるのだ。
「もしかして、マモン先生が美術への造詣が深いのは……魔法道具の研究もされているからですか?」
「うーん、そいつは関係あるようで、ないかもなぁ。別に美的センスがなくても、魔法道具は拵えられるし。……身近に魔法道具を作るのは得意だが、センスが壊滅的なヤツもいたからな。どっちかっつーと、大事なのは独創性かなー」
ちょっとだけ、同格のとある悪魔を思い出しつつ。マモンは更に転移魔法の構築部分も含めて、解説を加えるが……。
(あぁ。拝見したところで真似できませんね、これは……)
目的を果たすためにはどの魔法の、どの構築概念を抽出すればいいか? 魔法道具を作成するには、これらをピックアップするための知識も必要だが、組み合わせによる波及効果までもを見越すには、経験と直感が重要となる。しかも……。
「そんで、エックス君に行方不明の持ち主を探してもらいたくてなー。転移魔法の術式に、ポータル間移動の魔法概念をくっつけるぞ。で、見つけた場合に基準点を作ってきて欲しいから、ポインテッドポータルのアンカー紋様も構築しておいて……っと」
マモンはこの小鳥ちゃん……「エックス君」に機能を追加するために、魔法道具の術式を展開していたそうで。虚空で輝く黄色文字の「転移魔法の術式」の継ぎ目に黒い文字で、「ポータル魔法の術式」と「基準点の術式」をサラサラと書き加えていくが。……新たに加えられた魔法の構築概念はサルヴァンが知り得ないものなので、この時点で未知の領域に突入である。
「よし、魔法陣の魔力帰結も問題なさそうだなー。そんじゃ、エックス君を再起動して……」
「それにしても、この小鳥……本当に生きているみたいですね。材質は何を使われたのですか?」
「あぁ、こいつには漆黒魔獣の羽を使っていてな。ベースの白銀と組み合わせることによって、ここまでの柔軟性と生き物らしさを搭載している。つっても、造形自体はきちんとデッサンから起こしててさ。本物に寄せたのは、個人的な趣味だな」
「左様でしたか……」
魔法道具を作ることはできるかも知れないが、生き物の美しさを宿すのは、誰にでもできることではない気がする。そうして、サルヴァンはマモンへの憧れを抱き直すと同時に、美的センスも磨いた方がいいと考え始めていた。……どうせ作るのなら、外観も美しい方がいいに決まっている。
「おっ? 来たか、ヴァルムート君。ほれほれ、そんな所に突っ立ってないで。こっちに来いよ」
サルヴァンが興味津々と、エックス君を眺めていると。彼の背後に「待ち人」を認めたマモンが、ちょいちょいと手招きをしている。しかし……マモンの「待ち人」がよく知る名前であったため、サルヴァンの表情がほんのりと険しくなった。
「……マモン先生の待ち人は、ヴァルムート殿下だったのですか?」
「殿下……? うーんと、確かに俺の待ち人はヴァルムート君だけど。ちゃんと来たってことは、悩みがあるんだろうし……生徒の相談に乗るのも、教師の仕事なもんで」
「そういう事でしたか。しかし……ヴァルムート殿下の悩みは、おそらく魔法学園には無縁の内容だと思いますよ」
「それ、どういう意味?」
マモンにはサルヴァンの言わんとしている事が、今ひとつ分からないが。ヴァルムートには、思い当たる事があるようで……さも不愉快そうに、「落ちこぼれ風情が」と小さく呟く。
(えぇと……? もしかして、お知り合い……なのか? でも、この様子だと……いい雰囲気のお知り合いじゃなさそうか……?)
顔を合わせるなり、険悪な空気を醸し出し始める教師と生徒。彼らの間に、バチバチと火花が散っている気がして……流石の大悪魔様も、ちょっぴり及び腰。日和見主義というワケではないが、彼らの様子を遠慮がちに見守ることしかできない。
【登場人物紹介】
・サルヴァン・ストラート(風属性)
オフィーリア魔法学園本校の教師で、認定されたばかりの新米特殊祓魔師。30歳。
クージェ帝国の貴族・ストラート侯爵家出身で、クージェ分校から本校登学が決まったラファールの叔父に当たる人物。
母国でもあるクージェ帝国の「しきたり」に辟易しており、彼自身には帝王になる野望こそないものの、「賢帝」の選考基準にやや懐疑的である。
【魔法説明】
・サイレントカノン(風属性/中級・補助魔法)
「沈黙を守れ 静寂を望め 声を奪い 舌を摘み 虚無を育まん サイレントカノン」
空気の振動を抑えることによって、魔力疎通と言霊の力を抑制し、対象の魔法詠唱を無効化する補助魔法。
風の流れを読み、魔力の流れを阻害する魔法であり、ウィンドトーキングが派生元とされる。
この魔法によって無効化されるのは「詠唱」のみのため、通常会話を封じる事はできない。
また、空気の振動をいかに抑え、どの程度まで魔法を封じられるかは、術者の習熟度とフィールドの魔力状況に大きく左右される。




