6−23 魔力にまつわる格差
「はーい、お疲れ〜。トレーニング塔の初体験は、どうだったかな?」
1人、また1人……と無事にエントランスに帰還してくる生徒達を嬉しそうに、迎え入れるマモン。ミアレットが強制帰還させられた頃には、ほぼ全員が帰ってきており、彼としても一安心といったところなのだろう。そんな上機嫌の先生の一方で……ミアレットはコズミックワンドに頼り過ぎてしまったと、微妙な気分になっていた。
(でも、覚醒率はちょっと上がっているかも……?)
それでも、【魔法習熟度パラメータ】を改めて確認すれば、覚醒率が67%に微増している。もう少し攻略のコツを掴めれば、スムーズに覚醒率も上げられるかも知れない。
「あれ? そう言えば……イグノ、まだ帰ってきてないの?」
「そうみたい。イグノ、大丈夫かなぁ……」
辺りを見渡しても、見慣れたクラスメートの姿がないので、それとなく隣にいたエルシャに聞いてみれば。彼女もイグノを見かけていないらしく、心配そうな表情を浮かべている。
「イグノ君はエリア7を攻略中だぞ。もうちょい、待ってやろうなー」
「あ、そうなんですね。イグノ、頑張っているんだ……」
出発前に「レアアイテムゲット」とか、「限界まで上り詰める」とか、なかなかに暑苦しいことを言っていたが。……本当に限界まで挑戦しているようで、ミアレットはついつい苦笑いしてしまう。
「ウンウン。やっぱ、魔力量ナンバー1は伊達じゃないな。しかも、飲み込みも早いみたいで……ちゃんと魔力消費を抑えながら、うまーく立ち回っている。これなら、ハーヴェンと組ませても大丈夫だろう」
「へ……? ハーヴェン先生と組む……?」
カテドナからも、イグノは「問題児として、ハーヴェンが引き取った」と聞いていたが。どうやら……その「引き取る」は、彼の任務に同行させる事も含んでいたようで。マモンの何気ない呟きにミアレットだけでななく、その場にいる全員が驚きの声を上げる。しかも……今、さりげなく魔力量ナンバー1と言ったか?
(イグノも魔力チート持ちだったっけ……。でも、それにしたって、挑戦が長い気がするけど……。ひょっとすると、覚醒率も高めだったりするのかしら?)
しかし、イグノの覚醒率が高い可能性は低いだろうかと、ミアレットはまたも首を傾げてしまう。
イグノ自身は仮想空間システムでの経験は相当に積んだと、言っていたが。トレーニング塔での訓練は初めてだったはずだ。そして、仮想空間システムでは魔法の習熟度を上げる事はできても、魔力因子の覚醒率を上げることはできないと、当のマモンからも説明があったばかり。だとすると……。
「先生! 質問しても、いいですか?」
「ホイホイ、何かな? ミアレットさん」
「もしかして、なんですけど。魔力の総量って……元から魔力量が多いと、覚醒率に関係なく増えたりします?」
「あっ、なるほど、なるほど。ミアレットさんはそこにも、気づいたか」
他の生徒達がいる前では、「ミアちゃん呼び」をしっかりと控えつつ。マモンがニコリと微笑みながら、教師モードで質問に答える。しかし……ちょこちょこ挟まれる大悪魔様の微笑は、何かにつけ麗しい。講堂よりも物理的な距離が近い分、破壊力も抜群だ。
(うわぁ……これは、普通だったらコロリと陥落するヤツ……!)
現に、ハーヴェン派だったはずのエルシャでさえ、「素敵……」と小さく声を漏らしている。……一事が万事この調子だと、ゴジの「暗殺需要」もありそうだから、恐ろしい。
「覚醒率は魔力因子の全体量のうち、どれだけ現役稼働しているかを示した数値だ。だから、魔力因子が多ければ多い分、魔力総量も増えるぞ。でも、その魔力因子の全体量は当然ながら、全員が同じとは限らなくてな……」
自分に注がれる熱〜い視線をものともせず。マモンが少しだけ、残念そうに眉根を下げる。彼自身はこの「魔力因子の全体量」にまつわる差については、あまりいい感情を抱いていないらしい。
「魔力因子の多い・少ないは生まれつき、決まっているものでな。その素質はみんなに流れる血……つまりは血統に左右されるのが、基本的な概念だ。そんでもって、残念な事に、この差を覆す方法はまだ見つかっていない。魔力の差が社会的格差に繋がらないように、俺達も尽力してはいるけれど。……魔力にまつわる格差を是正するのは、なかなかに難しい」
《魔法学園では魔術師を育てると同時に、魔法格差を埋める努力もしている》
以前、ティデルも同じような事を言っていた気がするが。そもそも、魔法は「使えることが当たり前」の力ではない。いくら望もうとも、魔力適性を持たない者は絶対に魔法を使えないし……しかも、魔力適性があったとしても、魔力因子の総量という別の格差まで浮上してくる。
(そっか……先生達はこの不公平もなくそうとしているのね……)
きっと、マモン……いや、マモンだけではなく、魔法学園の教師陣はこの格差を快く思っていないのだろう。魔力適性の有無も、魔力因子の総量も。本人の努力では覆せない要素であり、生まれつきの要素で格差が発生するのは、ただひたすら不平等なだけである。だからこそ……この不平等は是正すべしと魔法学園側は考えているのだ。
「で、魔法学園ではその格差を埋める研究もしていてな。兄貴……あっ、いや。副学園長先生は誰でも公平に魔法を使えるように、色々と考えているみたいだぞ。だから、これからはもっともっと、魔法を使える子が増えるかもなー」
それはそれで楽しみだと、嬉しそうに話すマモンだが。やっぱり、悪魔男子達は総じて世話好きなのだと、ミアレットは確信めいた呆れを抱いていた。もはやこれは本人の気質というよりかは、習性に近い。
「魔力は持って生まれてこなかった方が悪い。無能は無能らしく、支配されていればいいんだ」
「……お?」
しかし、そんなマモンの上機嫌をはたき落とすような、黒い呟きが響く。その場の空気を凍りつかせる、大悪魔様相手の恐れ知らずの言葉。そんな発言の主を見てみれば……それは、いかにも険しい表情をしたヴァルムートだった。




