6−20 一戦一戦が、命懸け
まるで「自分を見て!」と言わんばかりに、空気も場所も選ばずに、ミアレットの前に浮かぶ空中パネル。そんなパネルの文字列を仕方なしに見つめれば……そこには、「ホーリーショット」の呪文がつらつらと表示されていた。
(えぇとぉ……もしかして、この魔法を使えって言ってるのかしら……?)
確かに、「習得推奨魔法」にピックアップされていたものだから、それとなく指南書にも目は通していたし、構築概念自体はさして難しいものではなかったが。……同じ命中率難の魔法を唱えたところで、コウモリ撃退は難しい気がする。
(でも……とりあえず、やってみるしかないか……!)
しかしながら、細かい事を考えていられる猶予は本当にない。逃げ惑ううちに、行き止まりに入り込んでしまったため……ここで撃退できなければ、更なる袋叩きに遭うのは必至。それでなくとも、度重なる体当たりで身体のあちこちがズキズキと傷み始めている。この状況を打破できるのであれば、なんでも試してやろうとミアレットは腹を決めた。
「一度の過ち、一度の罪……その禍根に光の導きを! ホーリーショット!」
パネルに示された呪文を、無我夢中で唱えて。ミアレットが無事に発動した光の魔法は当たらずとも、意外な効果を発揮していた。どうやら……突然の発光に驚いたらしい。明らかに動揺した様子で、コウモリ達の羽ばたきが乱れ始めたではないか。
「あっ、そういう事……? 光でビックリしちゃったのね……?」
確かに、ウィンドブレイドもホーリーショットも、使い勝手がいい攻撃魔法ではないし、実際にホーリーショットの方だって命中すらしていない。それでも、魔法を構成する媒体が風から光に変わった事で、ホーリーショットには「目眩し」の効果があったようで……殊、光を嫌うコウモリ型の魔物には効果覿面であった。
「よっし! この隙を突いて、畳みかけるわよ!」
錯乱状態であれば、今度こそ命中するはず……と、ミアレットはホーリーショットではなく、使い慣れているウィンドブレイドを展開する。さっきは咄嗟に発動したため、狙いを定めることさえできなかったが。今の状態であれば、落ち着いて1体ずつ仕留められそうだ。
「煌めく風よ、天を臨め! 風の息吹を刃と成さん! ウィンドブレイド!」
最も手近にいた1体にウィンドブレイドをお見舞いしたのを皮切りに、次々にコウモリ達を仕留めていくミアレット。最後の1体に関しては、ようよう錯乱状態から脱却しかかっていたようだが……波状攻撃さえなければ、降すのも容易い。
「ふぅ……何とか、なったわ……」
そうして、無事に5体のコウモリを撃退せしめたものの。塔に入ってから初めての戦闘で随分と手こずってしまったと、ミアレットは額の汗を拭う。残念ながら、アイテムドロップはなかったようだが、光属性の魔法を初めて発動できたのは大きな進歩であろうし……フィールドの魔力を使うということを実感できたのは、何よりの収穫だろう。ただ……。
「たった一戦で魔力、半分以下になっているんですけどぉ……」
これは間違いなく、ホーリーショットを発動したせいだろうなと、ミアレットは回復オプションを起動しつつ苦笑いしてしまう。回復オプションで癒せるのは傷や怪我であって、魔力ではない。トレーニング塔の上層へいかに効率よく登るかを考えた時、魔力の消費ペースも念頭に置いておかなければいけないのだ。
「この調子じゃ、エリア30どころか、エリア10さえも厳しいかも……。できれば、【画像記録】アプリはゲットしておきたかったけど……最初から欲張るのは、無謀なのかなぁ」
いくらガイドを読み込んで、注意点を網羅してみても。実際に魔物と遭遇してみれば、思い通りにならないのだとミアレットは痛感する。今回はまだ、「トレーニング」だからいいものの。……1人でリアルな戦闘に立ち向かわなければならないとなった時、果たして自分はきちんとできるのだろうかと、ミアレットは不安で仕方がない。
「あぁぁ、KingMou様が遠いわぁ……って、ウゲッ! もしかして、また魔物ぉ……?」
遥か遠き、推しの姿。懐かしい平和な日本を思い浮かべているミアレットに、喝を入れるが如く……廊下の先から無遠慮にやってくるのは、紛れもない魔物である。幸いにも、遭遇したのは1体だけ……と、思いきや。ズンズンとこちらに向かってくる相手は、かなりの大物のようで……。
「なんか……めっちゃ、強そうなんだけど……?」
遠目には犬っぽい何かだと思っていたのだが、どうやら今度は狼型の魔物らしい。しかも、非常によろしくない事に、既に口元で「グルルルル……」と牙を鳴らす魔物はミアレットを食べる気満々のようである。
「ここ、エリア2なんだよね? まだまだ、低階層なんだよね? それなのに……こんなに強そうなのが、出るの……?」
いわゆる無理ゲーだって、ここまでの難易度はなかったと思う。RPG初心者とは言え、魔物の配分がバグっていることくらいは、ミアレットも肌で感じられるというもので。最初のエリアでここまでの苦戦を強いられるだなんて、聞いてない。
「ヴっ……逃げても絶対、追いつかれるよね……」
いかにもスマートな魔物は、足も絶対に速いに違いない。退いたところで追いつかれるのは目に見えているし、かと言って、真っ向勝負も厳しそうだ。まさに一戦一戦が、命懸け。魔物を相手にするのだから、そんな事は当たり前と言えば、それまでであるが。本格的な窮地の連続に、またもミアレットは腹を括る。
「ま、負けないんだから……! こうなったら、やってやろうじゃないの……!」
推しのライブに行く目標を達成できなければ、死んでも死に切れない。そうして、ミアレットは覚えたてのホーリーショットを、狼相手にもお見舞いするが……。
「一度の過ち、一度の罪! その禍根に光の導きを……ホーリーショット!」
「ガルルルルルッ!」
「うぁ、やっぱり避けられた……!」
小物と一緒にされちゃ困るぜ、と言わんばかりに……狼は事もなげに、折角のホーリーショットを避けてくる。コウモリ相手には抜群だった目眩し効果も、このレベルの魔物には通用しない様子。
「だ、だったら……! 舞い遊ぶ風よ、乱れ吹く嵐よ! 鎖となりて、我が手に集え! したたかに紡げっ、ウィンドチェイン……フォーキャスト!」
「ガルッ⁉︎」
目眩しができないのなら、足止めするに限る。そうして狼の前脚目掛けて、足止めの拘束魔法を展開すれば。なかなかに風の鎖を振り解けないと見えて、狼の魔物の進撃が僅かに止まった。そして……これ見よがしに、スチャっと例の武器を構えるミアレット。
「もらったッ! 必殺……スターダスト・レインボー!」
「ハフュッ……⁉︎」
もうもうなりふり構ってなんか、いられない。さっきは自粛していた凶悪な相棒・コズミックワンドを、決めポーズと一緒に振り抜けば。やっぱりマジカルとは程遠い、虹色の星々がドゴドゴと刺さる、刺さる。そうして……哀れな狼が消滅するまで、マジカルなステッキの猛攻は止まらなかった。




