6−18 訓練は効率よく、サクッとやっちまうに限る
1人……また、1人。もちろん恐怖心はあるけれど、好奇心と冒険心は抑えきれない。
そうしてやる気もバッチリと、周囲の生徒達が旅立っていく中……ミアレットはまだ準備棟のエントランスで魔術師帳を眺めていた。魔力因子の覚醒率を上げるためにも、是非にチャレンジしたいところだが……妙に引っかかる部分があり、未だに一歩を踏み出せないのだ。
「ところで……ミアちゃん、どうした? 何か、懸念事項でもあるのか?」
「いや、懸念事項ってワケじゃないんですけど。少しだけ、気になることがありまして……」
そんなミアレットを訝しげに見つめているのは、マモンその人である。彼にしてみれば、心迷宮慣れしているミアレットには不安はないと思っていたようで、彼女の出発が最後になったのが、とにかく不可解であるらしい。
「これ……時間経過とかって、どうなっているんです? 上に登るには、それなりに時間が必要ですよね? 帰りはディアメロ様と待ち合わせしているので、遅れたくなくて……」
「あぁ、なるほど。だったら、心配はいらないぞ。この魔力トレーニング塔は上のエリア2から時間軸もズレていてさ。概ね、20倍の速度だから……塔の20分は、こっちだと1分換算だな」
「そうなのです?」
「うん。そもそも、この魔法学園は特殊祓魔師を可能な限り、スピーディに育て上げる事を目的としている部分もあってさ。いよいよ特殊祓魔師デビュー……って時にヨボヨボじゃ、十二分に活躍してもらえないだろ? だから、みんなに現役バリバリで活躍してもらうためにも、魔法学園の訓練施設は全体的に時間経過が早く設計されているんだ。訓練は効率よく、サクッとやっちまうに限るからな。あっ、因みに。現実の時間経過はこっち側に収束されるから、向こうでいくら過ごしても歳は食わないぞ」
モニター席で忙しなく視線と指先を動かしながらも、マモンが丁寧にミアレットの質問にも答える。
魔法学園本校は聖域・オフィーリアのお膝元にあるが、訓練施設は根幹の魔力を魔界から調達しており、時間軸をズラすなんて芸当は彼ら悪魔の親木でもある、霊樹・ヨルムツリーの神様……つまりは、ヨルムンガルドのお得意とするところなのだそうだ。そして、各種訓練施設や仮想空間の構想は、魔界の成り立ちを参考にしており……使われている技術は最新と思いきや、意外と由緒ある血生臭い歴史の産物によるものだったらしい。
「ヨルムンガルドが大昔に別の大陸から逃げてきた時に、マナの女神様とも一悶着を拵えたらしくてな。んで、どーにもこーにも地上は居心地が悪いってことで、ゴラニアの地下深くにコキュートス……つまりは、魔封じの氷に覆われた個別の世界を作り上げたんだ」
そうして、地下に逃げ込んだはいいものの。逆恨みを募らせたヨルムンガルドは女神に復讐したいがために、マモン達のような真祖の悪魔を作り上げると同時に、彼らを一刻も早く完成させる目的もあり、魔界の時間経過を意図的に早めたらしい。
……尚、一悶着の原因はちょっとした痴情のもつれなのだそうで。マモンにしてみれば、「クダラナイ」の一言に尽きるそうな。
「歴史や神話ってのは、揃いも揃って愛憎劇の蓄積物なもんで。……神様ってのも長生きな手前、あれやこれやと恥ずかしー事も一通りやらかしてるみたいでな。下手に名前が残る分、却って見っともないかもなぁ」
「そ、そうなんですね……」
サラリと親の醜聞も撒き散らしながら、マモンがしっかりと訓練場の話題にも戻ってくる。解説の流れで、妙な話を聞く事になってしまったが。当事者でもあるマナの女神を思い出しては、「あの女神様だったら、あり得るかも」とミアレットは妙に納得してしまうのだった。
「とにかく、だ。神様クラスになれば、自分が支配する世界の時間を操ることもできるみたいでな。まぁ……作られた方としちゃ、堪ったもんじゃないけど。いずれにしても、今ある訓練場の建築・構築技術はほぼほぼ魔界由来なもんで。ほれ、カーヴェラ分校の模擬戦場も、魔界原産の魔法鉱物でできてただろ? あぁいった設備でみんなが遠慮なくドンパチできるのは、クソ親父の黒歴史のお陰なんだな」
ヨルムンガルドを「クソ親父」と呼び、やれやれと肩を竦めるマモンだが。言葉の端々にほんのりと好意的な響きが含まれているのを聞くに、彼らの「親子仲」もそこまで悪くはないらしい。
「それはそうと、他には? 何か気になる事があったら、今のうちにどうぞ?」
「うーん……訓練場に関しては、特にないですけど……。あっ、あと、気になることと言えば。昨日のレポートについてなんですけど」
昨晩ミアレットを熱中させた、マモンの「個別レポート」だが。エルシャやイグノにもそれはそれは的確かつ、非常に丁寧なレポートが届いており、イグノに至っては「ちょっと頑張ってファイアストームを覚えた後は、闇属性の魔法に手を出してもいいかも」と記載されていたそうで。……彼の厨二心を存分にくすぐりまくっていた。
だが……闇属性はともかくとして。風属性のマモンが他のベースエレメントの魔法に対しても、そこまできめ細やかに解説ができるのかが、ミアレットには不思議でならない。カーヴェラ分校ではベースエレメント毎に分かれて授業を行なっていたくらいだし、風属性の教師が少ないという理由で、独学を強いられていた部分もある。なので、ミアレットにしてみれば、ベースエレメントの魔法は同じエレメントの教師から習うものだとばかり思っていたのだ。
「……マモン先生って、風属性でしたよね? それなのに、他のエレメントの魔法も教えられるのです?」
「もちろん。マジックディスペルの汎用性を高めるためにも、光属性も含め、他のエレメントの魔法概念もしっかりと頭に入れてるな。流石に専門的な実用レベルになってくると専属のエレメント講師には敵わないが……最低限の知識は抑えているつもりだし、その辺はハーヴェンも一緒だろうな」
「そ、そうなんですね……」
あっけらかんと返された答えに、ミアレットはまたも脱力してしまう。……人間の教師と、大物悪魔とを比較するのがそもそもの間違いなのかも知れないが。どうやら、本校の教師陣は魔法の知識レベルも桁が違うものらしい。
「それはそうと、どうする? ミアちゃんは行かないのか? 無理強いするつもりはないから、このままお喋りでも俺は構わないが。仮想空間システム以外の訓練場は教師同伴が条件だから、いつでも利用できるワケじゃないし……ここらで体験しておいた方がいいと思うぞ」
「あっ、そうですよね。行きます、行きます! お話、ありがとうございました」
「ハイハイ、どういたしまして。ま……ミアちゃんなら、心配いらないと思うが。何かあったら、遠慮なくヘルプを出してくれよな。そんじゃ、気をつけて行ってらっさーい」
気取らない様子で、手を振るマモンに見送られ。折角の機会を無駄にするまいと、ミアレットもようやくダンジョン……もとい、トレーニング塔へと出発する。単独での冒険は初めてではあるが、しっかりとフォロー体制も万全だし大丈夫……と、自分に言い聞かせ。魔力因子の覚醒率を少しでもアップできればいいなぁ……と、ミアレットはのほほんと考えていた。




