6−17 本格的にダンジョンだわぁ
初等魔法学講義、最終日。今日の授業はいつもの講堂……ではなく、予告通りに実践学習と洒落込むつもりと見えて、ミアレット達がマモンに連れられてやってきたのは「訓練場準備棟」と呼ばれる、各種訓練場への転移装置パネルを集約した施設だった。
「最終日もちゃんと全員、揃っているな。感心、感心。今回は魔力トレーニング塔の訓練場を使って、魔力の目覚めを体感してもらうからな〜」
今日も今日とて、大悪魔様はご機嫌も姿も麗しいご様子。ニコニコと微笑む彼は仰々しい礼服ではなく、ピッタリ目の黒いハイネックのニットと、スキニーパンツの出立ちではあるが。……全身真っ黒なのに、首元にレース模様を重ねたようなネックレスがぶら下がっているせいか、不思議と品よく洒落ている。
(……これもリッテルさんのセンスなのかなぁ……?)
舞台が訓練場ということもあり、動き易さを優先した服装だと思われるが。やはり、素材が良いせいか……シルエットだけでも女子生徒達を夢中にさせるのだから、なかなかにニクい演出である。
(って、いけない、いけない。……授業にリッテルさんのセンスは関係ないわ)
いずれにしても、大悪魔様の衣装に気を取られている場合ではないだろう。ミアレットは妙なところに神経を持っていかれてしまったと、気を取り直すと……改めて、講義の内容に集中する。
「昨日紹介した仮想空間システムは、イメージトレーニング用の施設でな。仮想空間システムでも、魔法の習熟度を上げることはできるが……イメージ上でしか魔法を使わないもんだから、魔力因子の覚醒率を上げることはできなくて。一方、トレーニング塔はより生に近い魔力を感じられる分、魔力因子の目覚めを効率よく促すことができるのがウリだ」
そうして続く、マモンの説明によると。「魔力トレーニング塔」はエリアごとに魔力濃度が調整されており、上の階に進めば進むほど、魔力濃度が高くなる設計になっているらしい。魔法の制限もされておらず、魔法道具の持ち込みも可能。実際に体を動かすこともあり、「リアルの体験ができる」施設なのだとか。
「んで、塔の高さは50階まで。擬似生成された魔物も出現するし、運が良ければちょっとした戦利品を落とすこともあるぞ。上に行けば行く程、難易度と一緒にドロップアイテムのレア度も上がるから、やり込み度と中毒性も高めだが……その分、危険度も高くなるもんだから。無理はせず、自分のペースで挑戦してみてくれ」
マモンの何気ないご褒美情報に、にわかに興奮気味で沸き立つ生徒達。擬似的とは言え、本格的な魔物退治が体験できる上に、あわよくばアイテムまでゲットできるなんて。冒険に飢えている生徒達にしてみれば、これ程までに魅力的な「遊び場」もないだろう。
(塔の高さは50階かぁ……。うわぁ……本格的にダンジョンだわぁ。めっちゃ、異世界っぽいわぁ……)
周囲の熱気とは裏腹に、ミアレットはいよいよラノベ染みてきたと、心の中でツッコんでしまう。
この「魔力トレーニング塔」は擬似的とは言え、エリア2……つまり、ミアレット達がいる上の階から魔物が出現するし、ごくごく当たり前のように、痛い目に遭う可能性もある様子。それなりに、安全対策はされているようだが……当然ながら、事故やトラブルはゼロではなかった。
「因みに、どこまで登れるかは、魔力因子の覚醒率で制限されていてな。2%上がる毎に、上の階に進めるようになっていて……最上階に登るには、100%まで覚醒率を高める必要があるぞ。一応はみんなが危険な目に遭わないようになってはいるし、無理もできないように設計されているんだが。万が一があった場合は、すぐに撤退を。今まで死者こそ出していないが……おふざけ半分で、腕をちょん切られた奴はいるからな」
回復魔法による修復が間に合ったので、腕は元通りにはなったそうだが。その際に受けた痛みと恐怖は生徒の中に残り、バッチリとトラウマになってしまったらしい。結局……彼は魔法を使うことができなくなってしまい、魔法学園を去ることになったそうだ。
「相手は擬似的に発生している魔物とは言え、不必要に挑発したり、油断したりしたら、痛い目を見るぞ。トレーニング塔では、油断と無理は禁物だ。……さて、と。とは言え、挑戦してもらわない事には、始まらないよな。今、みんなの魔術師帳に【魔力トレーニング塔戦績】のアプリケーションを送信したから、そこにあるガイドラインをしっかり読んで、準備ができた子から出発。あぁ、心配しなくても、大丈夫。俺もきちんとモニタリングしているから、何かあったらすぐに駆けつけるぞ。最初は慣れるつもりで、気楽にチャレンジしてみてくれ」
気楽にチャレンジと、言われましても。明らかに物騒な具体例を聞かされたら、慎重にならざるを得ないというもので。そうして、真剣な眼差しでミアレットは元より、生徒達も魔術師帳に落とし始めるが……。
(どれどれ……? あっ、挑戦は単独プレイなのね?)
魔力トレーニング塔では生徒間の覚醒率によるレベル差を鑑み、単独での挑戦に限定されている様子。心迷宮の攻略も含め、単独での挑戦はなかったため……急に不安になってしまうミアレット。考えてみれば、今までは何かにつけチームプレイが基本だったので、突然の1人きりはちょっぴり突き放された気分にさせられてしまう。
「デュフフ……! こうなったら、限界まで上り詰めるしかないな……! レアアイテム、ゲットだぜ……!」
尚……イグノは隣で相変わらずの怪しい笑みをこぼしており、既に妄想の領域へトリップしている。安定の挙動不審である。
(イグノは幸せそうで、何よりだわぁ。……まぁ、いかにもゲームっぽいものね、これ。でも、あんまり無理はしないでほしいわぁ……)
イグノはマモンの説明を聞いていなかったんだろうか? 最初から限界に挑めとまでは、言われていない気がするが。とりあえず、マモンのセーフティネットも張り巡らされているみたいだし……そこまで、心配しなくてもいいだろうか。




