6−15 悪いことはしないに限る
「明日、エックス君を副学園長先生に預けることになった。構わないか?」
カテドナから受け取ったお茶を啜りながら、ディアメロが意外な相談を口にする。どうやら、副学園長先生直々にお話があったそうで……エックス君を引き渡してもいいかと、ディアメロは律儀に確認に来たらしい。
「エックス君を? もちろん、私は構いませんけど……」
確かに、ナルシェラがいない現状で、エックス君はやや暇を持て余している。癒しを振りまくペット(魔法道具だが)としてのお役目はしっかり果たしているものの、大臣がいなくなった事もあり、秘密のお手紙配達は不要になってしまった。
なので、ミアレットもエックス君を預けるのは構わないと思うものの……どうしてアケーディアがエックス君を預かりたいと言い出したのかが、非常に気になる。
「もしかして、エックス君……解体されちゃったりとか、するんです?」
そうして、予想と想像が飛躍した結果。ミアレットはちょっぴり残酷な結論を思い描いてしまう。アケーディアは生粋の学者であり、ほんのりダーク寄りな研究者である。最近は「マッドな研究」はしていないとされているが、相手が魔法道具ともなれば、思いっきり分解をしでかしそうだ。
「違う、違う。エックス君の作成者が、兄上を探せるように改良してくれる事になったらしい。なんでも、エックス君に保存されている音声データが手がかりになるかも知れない……って話だった」
「へっ? そうだったのです……? えっと、だとすると……」
そんな事を言い出したのはアケーディアではなく、その作成者……つまりは、彼の「弟さん」ということになりそうか?
「なるほど。音声データとは考えましたね。……流石は、マモン様です」
「あっ、カテドナさんもエックス君の作成者がマモン先生なの、知ってたんですね」
「知っていたというよりは……こちらの鳥籠を拝見し、そのように予測したまでですが」
「へぅ? 鳥籠を見ただけで、そこまで分かるものなのです?」
机の上に置かれている鳥籠を示しながら、カテドナが言うことには。どうやら、エックス君以上に鳥籠もかなりの魔法道具ということになるらしい。なお、当のエックス君はディアメロに相当に懐いているようで……ディアメロの顔を見た途端、出してくれとせがみ始めたので、お望み通りに放鳥してやれば。すぐさま彼の肩の上へと移動し、そのままうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
「ここまで緻密な魔法道具を作れる相手は、非常に限られます。小鳥は言わずもがなでしょうが……鳥籠の造形美といい、組み込まれた転移魔法の術式といい。……これの作成者が只者ではないことは、すぐに知れたことですわ」
ディアメロの肩に居座るエックス君を見つめながら、カテドナが話を続けるが。本物の小鳥さながらに金属の羽を膨らませて眠る仕草は、メタリックな魔法道具とは思えない愛嬌があり、冷徹なメイドさんの目元を緩める効果もある様子。
「アハハ、そういう事ですね。でも……どうして、声が手がかりになるんです?」
「魔力データの代替案でしょう。本当は魔力で行方を追えればいいのでしょうけれど、ナルシェラ様達はまだ、魔力を扱うまでには至っていないとお聞きしております。魔力の波長というのは誰1人として、同じ波形を持つ者はありませんので、魔力データで行方を追えれば確実でしょうが……ナルシェラ様については、その手法も取れませんので」
ルエル様から聞いた話ですけれど……と、注釈を入れつつ。カテドナが、魔力の追跡についてやや恐ろしい事を教えてくれる。
神界の監視システムでは、人間界の魔力データを観測すると同時に、「要注意人物」と目される相手の魔力にはマーキングを施しているそうで。故に……天使達に「要注意人物」と認識された場合、魔力反応があった時点で、それとなく監視員が差し向けられる仕組みになっているのだとか。当然の事ながら、やらかし具合によってはそのまま粛清コースもあり得る。
(うあぁぁ……やっぱり、悪いことはしないに限るわぁ……。天使様達に目を付けられた日には……)
きっと、平和な日常があっという間に地獄へと変換されるに違いない。
この世界で人間に地獄を見せるのは、悪魔ではなく天使である。どんなに些細なことでも、彼女達の不興だけは絶対に買ってはならない。「神様は見ている」は戯れの比喩ではなく、歴とした脅し文句でもあるのだ。
「それはさておき……魔力の波長はユニークキーではありますが、同じことが声の波長にも言えるのですよ。ですので、魔力の波長データがないナルシェラ様を探そうとするならば、音声データは有効な手がかりとなるでしょう。上手く音声データを変換できれば、天使様達の観測システムに組み込むこともできるかも知れませんし」
監視システムでナルシェラのデータを活用できるかも知れないと、カテドナは尚も満足そうに納得しているが。ナルシェラは罪人ではないし、要注意人物でもない。この場合は致し方ない部分はあるのだが……そんな話を聞かされた手前、妙にしょっぱい気分になるのはミアレットだけであろうか?
「いずれにしても、ナルシェラ様を探すヒントになるのなら、預かってもらった方がいいと思います」
「そうだな。ここは1つ、エックス君に頑張ってもらおう」
カテドナの説明に、妙な懸念事項が浮かんだ気がしたが……それも努めて受け流し、エックス君を魔法学園に預けることに決める、ミアレットとディアメロ。当のエックス君は名前を呼ばれたものだから、薄らと瞼を上げてはのほほんと首を傾げているが。魔法道具なのに瞼まである時点で、エックス君の作り込みも半端ではないと……ミアレットは大悪魔様は技術力が高い以前に、ひたすら凝り性なだけなのかも知れないと、改めて疑惑を深めていた。




