6−14 自重めいた内省
帰り際に一悶着あった気がするけれど。無事に帰城せしめてしまえば、こちらのものである。
そうして勝ち得た、夕食後の緩やかな時間。ミアレットは未だに慣れない豪華な自室で、美食で満たされたお腹をさすっていた。
(あぁぁ……! 今日の夕食、とっても美味しかった……!)
大臣親娘(+メイド達)が駆逐された影響かどうかは、定かではないが。グランティアズ城ではマナーをさほど気にすることなく、食事を気軽に楽しむ事にしたらしい。最低限の毒味を経て提供される食事は、もう冷めきっているなんてこともなく。ちょっと量は多かったが、クラシカルな伝統料理の数々はミアレットの感性に見事に刺さりまくっていた。
(最後のデザートも超美味しかったし。……でも、毎日この調子じゃ、太っちゃうわ。ちゃんと運動もしないといけないかなぁ……)
自重めいた内省と同時に、「太る」のキーワードにヴァルムートを思い出すミアレット。その連想があまりに失礼なのは、重々承知だが。目元だけが鋭い、ぽっちゃりとした丸顔を思い浮かべては……あぁはなるまいと、ブンブンとミアレットは首を振る。
(それはそうと……レポート、来てるわね。って、うわぁ……マメだわぁ。マメすぎるわぁ……)
お腹いっぱいの幸せな余韻を噛み締めるのも、そこそこに。ミアレットが改めて、魔術師帳を見やれば。そこには宣言通りにマモンから「レポート」が届いており、想像以上のみっちり加減に、ミアレットはまたも遠い目をしてしまう。……あの大悪魔様は、どこまで律儀なのだろう。
(ナニナニ……? 修得済み魔法のバランスもいいし、習熟度もしっかりあるから、新しい魔法修得に挑戦してみよう……かぁ)
総評を読み終えた後に、ミアレットが更に目線を下にずらせば。オススメの勉強法や、次に覚えるべき魔法が細かく書かれており、ハイエレメントの魔法へのアプローチ方法までもカバーしてある。そして、最後にはしっかりとミアレットの「どんな魔術師になりたいのか」への回答も汲んだのであろう……「参考までに」と転移魔法を覚えるために必要な概念を学べる魔導書の著作名や、派生元として必要な魔法名もきちんと記載されていた。
(思い切って、「自由に転移魔法を使えるようになりたい」って書いて良かったわぁ。必要があれば上級魔法の指南書の解放もしてくれるって、書いてあるし……! マモン先生、グッジョブすぎる……!)
いわゆる「転移魔法」は空間の瞬間移動を叶える魔法のことであり、全部で7種類現存している。そのうち3種類は風属性の魔法が占め、残り4種はハイエレメントの魔法となっている。
そして、時間軸の異なる世界(この場合は神界と魔界、及び人間界)を行き来する魔法はそれぞれ、天使と悪魔専用の種族限定魔法でもあるため、人間が覚えられるのは4種類……と、思いきや。残り1種類の「ポインテッドポータル」も「祝詞」の保持が条件であるため、人間が覚えられる転移魔法は基本的に風属性のみとなる。なので、風属性以外の魔術師は転移魔法を使えないと言うことであり、シルヴィアのアドバイスに従って風属性を選んだのは、まずまず正解だったと言えそうだ。
「ふふ……お勉強に熱が入っておりますね、ミアレット様」
「え? あぁ……うん、そうですね。今日の授業も、とっても充実していましたし。具体的なアドバイスももらえたので、つい熱中しちゃいました」
「でしたらば……お勉強のお供に、お茶はいかがですか? 王妃様から、お菓子をいただいておりまして」
「あっ、是非是非! よければ、お願いしてもいいですか?」
「もちろんです。少々、お待ちください」
ミアレットが魔術師帳を熱心に見つめているのを、邪魔するわけでもなく。非常に気が利くカテドナが「お茶はいかが?」と申し出てくれたので、お言葉に甘えるミアレット。ほんのり喉が渇いたと思っていたし、丁度いいタイミングで差し出される彼女の気遣いが嬉しいと同時に……少しばかり、恐ろしく感じる。
(カテドナさんって、いつも完璧よね……。私なんかのメイドさんをしてもらってて、いいのかしら……)
平民であるはずの自分に、召使いがいるのさえも恐れ多いのに。相手は魔界でも屈指の実力者とされる、上級悪魔である。本来であれば、例え貴族であろうとも、人間が易々と使役できる相手ではない。
そんなカテドナがミアレットに甲斐甲斐しく尽くしてくれるのには……当然ながら、天使様との契約があるからではあるが。元を辿れば、ミアレットに「女神の愛し子」ナドと、大それた肩書がくっついているせいだ。人間界で不自由なく過ごせるようにと、女神様達の配慮が形になった結果ではあろうが……タダの人の子だと自覚しているミアレットには、その厚遇が少しばかり重いと同時に、なんとなく申し訳なく感じられるのだ。
(私は普通の人間なのに……。巻き込まれたとは言え、ここまで手厚くしてもらって、いいのかなぁ……)
コポコポとお茶を淹れる音が、隣の部屋から聞こえてくる。この小気味よいリズムさえ、完璧に思えて……ミアレットはますます萎縮してしまう。
「ミアレット、いるか?」
「あっ、はーい!」
果たして、自分はそれほどまでに大層な存在なのか? 女神の愛し子……つまりは、女神に愛された人間ということではあるが。ただ、何の気なしに転生してしまっただけなのに……特別な人間として、振る舞ってもいいものなのだろうか?
ミアレットは自問自答しながらも、「そうじゃないわー、絶対に違うわー」と、いつもの結論に達しては、やや自信喪失気味になってしまうが。そんなちょっぴり後ろ向きな気分を途切れさせるように……ドアをコンコンと叩く者があるので、すぐさま返事をすれば。ドアの隙間から、控え目な様子でディアメロが顔を出していた。
「……ちょっと相談したいことがあるんだが、いいか?」
「もちろん、大丈夫ですよ? えっと……」
お茶もお出した方がいいんだろうか?
ミアレットの返事を受けて、ディアメロが部屋に入ってくると同時に、自然な様子でソファに腰掛けるが。片や、ミアレットがおもてなしの準備にまごついているのを、すぐさま感じ取ったのか……カテドナがきちんと2客のカップに、茶菓子まで添えて戻ってくる。
(アハハ、流石はデキるメイドさん……。なんでもお見通しなのね……)
いずれにしても、今は勝手に自信喪失している場合ではないか。華やかなお茶の香りで、気分一新……とまでは、いかないけれども。折角のお茶が冷めてはもったいないと、少しだけ気分を持ち直しては、ミアレットはディアメロのお向かいに腰を掛けた。




