6−13 独善の野心
相手が平民ならば、強制的に情報開示をさせても問題ないと思っていたのに。平民に従者がいるのも、大概だが。従者達の魔力の圧はヴァルムートに容赦なく襲いかかり、今の彼は歩く事はおろか……立っているのもやっとだった。
(な、なんなんだ、あいつらは……? この俺が……圧倒された、だと……?)
ミアレット達が立ち去った後の、エントランス。ディアメロに注がれていた熱視線は、ヴァルムートへの冷たい視線へと変化し……そんな彼に興味を持つ者も、気遣う者もいないのだろう。夕刻を迎えたエントランスは急速に活気や熱を失い、人も疎らになりつつある。
そんな中……フラフラともつれる足をようやく動かし、手探りで手近なソファのヘリを掴むと、そのままなだれ込むように身を沈めるヴァルムート。神経が落ち着くと同時に、ジンジンと軋むように痛む頭の奥底から浮かび上がるのは……本能さえも竦ませる、紛うことなき恐怖。周囲の蔑視にも気づけぬまま、ヴァルムートは敗北感を噛み締め、ギリリと1人寂しく奥歯を鳴らしていた。
(くそッ! 俺が……この俺が、平民や田舎王族に遅れを取るなど……)
許されることではない。
ズドンと重苦しく残る鉛のような不快感と、ジリジリと脳裏を焦がす劣等感。苦々しい挫折の後味に苛まれながらも、ヴァルムートは粛々と屈辱をやり過ごしていた。
平民が自分の要望を突っぱねてきたのが度し難いことならば、田舎だと見下していたグランティアズの王子にやり込められたのも、とにかく不愉快。だが……この程度でいちいち神経を乱されていたら、帝王になることは難しいと理解して。ヴァルムートは努めて、冷静さを取り戻す。
(待てよ? ……あいつを手に入れれば、あの従者もセットで付いてくるのか……)
しかし、冷静になってもヴァルムートの独善的な思考は変わらなかった。
ヴァルムートは生まれながらにして「帝王の子」であり、生家の身分も高い第一王妃の実子……つまりは、正当な嫡子ではある。だが、クージェ帝国は古くから実力で帝王を決めるしきたりがあり、そこには現帝王の実子かどうか……果ては、貴族だろうと平民だろうと身分さえも関係なく、冗談抜きで実力で選ばれるため、ヴァルムートがいくら自身が「次期帝王」だと吹聴しようとも、それが実現するかどうかは別問題だった。
クージェの帝王は実力主義の元、選びに選び抜かれた「賢帝」が即位する。帝王に選ばれるには、武術や知性に優れ、人望の輪を築ける人物でなければならないと、初代帝王の時代から定義され続けてきた。そして……どれだけ有能な人物との縁を築けているかも勘案され、帝王の座を狙う者は自身の鍛錬はもちろんのこと、優秀な「取り巻き」集めにも余念がない。
帝王が頂点であるのは、クージェの弛まぬ理念ではあるが。1人で全てを背負う必要はないという考えもまた、クージェの強かな方便だったりする。
(ミアレットを抱き込めれば、俺の地位は確実なものとなる。目障りなあいつに遅れを取らずに済む……!)
ヴァルムートが「目障りなあいつ」と危惧してならないのは、第二王妃の子にして、ヴァルムートの兄・フレアムの事である。このフレアムとヴァルムート、言ってはなんだが……非常に仲が悪い。
王妃同士の仲も悪く、彼女達を見て育った兄弟も感化されるのは、当然と言えば、当然なのかも知れないが。……あろうことか、フレアムとヴァルムートは同い年なのだ。フレアムの方がちょっと先に生まれたので、兄……つまりは第一皇子と定義されているものの。僅かな差で「二番手」に甘んじなければならない現実は、ヴァルムート親子にとって屈辱以外の何物でもない。しかも、フレアムは幼少の頃から天才と持て囃され、今でも美青年とチヤホヤされている。ヴァルムートが魔法に打ち込み、こうして単身で本校に通っているのには……兄の姿を見せつけられたくない劣等感も大いにあった。
(ミアレットを従者……いや。ゆくゆくは愛人にでもしてやるか? まぁ、平民だったらば、その扱いで十分だろう)
兄に負けたくない。兄に遅れを取るまい。ヴァルムートの頭の中は、兄を出し抜くことで一杯だ。そのためならば、どんな手段を使ってでも……それこそ、卑しい平民の相手をしてやるのも厭わないと、勝手な事を考えている。だが……それはどこまでもズレた世間知らずの感性であり、相手の気持ちを全く考慮していない。そして、嘆かわしいかな。高貴な自称・次期帝王様は普通の感覚をお持ちでないことも、自覚されていないのだった。
だからこそ、ヴァルムートは大事なポイントをアッサリと見落としてしまえるのだろう。ミアレットがどこかの誰かさんの婚約者(候補)であることも、そう。ミアレットのヴァルムートへの心象があまりよろしくないであろうことも、然り。普通に考えれば、自ずと見えてくる事さえも……独善の野心に浸るヴァルムートには、到底気づけない事であった。
【登場人物紹介】
・フレアム・ファニア・クージェ(炎属性)
クージェ帝国・第一皇子で、ヴァルムートの異母兄に当たる人物。17歳。
第二王妃の方が2ヶ月早くフレアムを産み落としたため、兄と言いつつ、ヴァルムートとは同い年である。
生母が騎士の名門貴族の出身であり、フレアム自身も優秀な魔法剣士として、父である帝王の覚えもめでたい。
しかしながら、幼い頃から天才と持て囃されたせいか、次期帝王は自分だと信じて疑っておらず……やや傲慢な面が目立つ。




