6−12 付き纏いは非常に迷惑です
(えっと、この子は確か……)
先程の授業で「ハイエレメントが出ている生徒」を教えろと、マモンに質問していた生徒だったかと思う。名前は……ヴァルムートだったか。
「そう言えば、ずっと後ろにおいででしたね。……たまたま、向かう方向が一緒なだけかと思っておりましたが。まさか、ミアレット様を付けていたのですか?」
どうやら、カテドナは彼が後ろにいた事はとっくに気付いていたらしい。涼しい顔で首を傾げつつも……負けじと睨みつけている時点で、彼の視線が気に入らない様子。カテドナは顔こそ涼やかだが、中身は憤怒の悪魔だ。冷徹なクールビューティの視線には、着実に怒りの熱も籠り始めていた。
「あっ、えぇと……それはそうと、私に何かご用です?」
カテドナの静かなオコ加減に気づき、ミアレットは仕方なしにヴァルムートにご用件を聞いてみる。……なんとなく、彼のご用向きは分かるものの。ここは気付かぬフリで通しつつ、できる限り穏便に済ませたい。
「お前の【魔法習熟度パラメータ】を見せろ。俺はクージェの次期帝王……つまりは、特別な存在なんだ。才能にちょっと恵まれただけの平民は大人しく、俺の言うことを聞け」
「え、えっと、普通に嫌ですけど……? 見せる義理もないと思いますし……(と言うか、カテドナさんの前で、その態度はダメだってぇ……!)」
しかし、ご用件が予想通りだったのはともかく……突然の横柄な態度である。さっき、マモンにも「魔力データは個人情報」だと教えられていただろうに。次期帝王だろうと、個人情報開示を要求するのは違う気がする。
(うぁぁ……この子、もしかして勘違い系のお方だったりする……? しかも、カテドナさんの視線、更に冷たくなったんですけど⁉︎ えぇとぉ……とにかく、なんとかして諦めてもらわなきゃ……)
カテドナがお仕置きを致す前に。
確かに、ミアレットは平民である。しかして、それは魔法学園では関係ないと突っぱねたところで、このヴァルムートが諦めるとも思えない。ミアレットは絶対に魔力データは公開したくないし、隣に控えているカテドナの様子も非常によろしくないが……かと言って、強引に追い払っても角が立ちそうだ。
(うーん……ちょっとやそっとの理由で諦めそうにないなぁ、この子。……どうしたら、穏便に追い払えるかしら)
この魔法学園では身分は関係ないという、建前はあるものの。魔力適性の発現がどうしても貴族に偏ってしまう以上、本校にやってくる生徒はほぼほぼ貴族である。……おそらく、ミアレットと同じように平民として通っているのは、元貴族のアンジェとランドルくらいのものだろう。
「……ミアレットは僕の婚約者だ」
「婚約者、だと……?」
「あぁ。このディアメロ・ヴァンクレスト・グランティアズのな。確かに、今はまだミアレットは平民にはなるのだろう。しかし、将来的には一国の王妃となる存在だ。そもそも同じ魔法学園の生徒である以上、貴族の階級は関係ないはずだが。……そんな事も分からないのか?」
ミアレットが対応に窮していると……悠然と立ち上がると同時に、憮然と言い返すディアメロ。受け答えはしっかりしているし、頭の先から爪先までピシッと澄ました佇まいは、まさに王族のそれである。しかし……頼もしいのは何よりだが。注目度も抜群な状況で、堂々と婚約者宣言はしないで頂きたい。
(あぁぁぁ……! 何で、こうなるかなぁ……!)
さっきまでは、ギリギリ「正体不明の貴族令息」で済んでいたのに。フルネームを名乗ったら、自動的に「グランティアズの王子」だと知れてしまうではないか。それでなくとも、先日の大臣失墜に伴い、グランティアズ王族の地位と名誉は急上昇しつつあるのだ。これではディアメロの注目度も急上昇してしまうと、考えると同時に……王子様の婚約者だと高らかに言われてしまったならば、自分の注目度も自ずと上がってしまうと、ミアレットは焦りに焦っていた。
「ちょ、ちょっと、ディアメロ様!」
「うん? なんだい、ミアレット」
「私はまだ、婚約者候補ですよ? それに、こちらのヴァルムートさんが言う通り、平民なのは間違いないですし……やっぱり、王妃は務まらない気が……」
「まだ、そんな事を言っているのか? 父上も母上も、輿入れを今か今かと待ち望んでいるし……騎士団の皆も、お前が来るのを楽しみにしているぞ? 余計な心配はするな」
「ほえっ⁉︎」
別に心配している訳ではないのだが。ディアメロの言からしても、グランティアズ城を挙げての外堀埋め立て作戦は着実に継続されている様で……ますます、頭が痛い。
「とにかく、だ。クージェの次期帝王だか、なんだか知らないが。……僕のミアレットを貶めるのは、許さん。あまりに目に余る様ならば、グランティアズから正式に申し立てをするし……なんなら、副学園長先生にも掛け合って、お前を退学にしてもらう」
「はっ? 何がどうなって、俺が退学させられないといけないんだ⁉︎ 無能なグランティアズの王子如きに、そんな権限がある訳ないだろう!」
(あわ、あわわわわ……!)
ミアレットを挟んで睨み合う、ディアメロとヴァルムート。バチバチと火花を散らす彼らに、ミアレットはただただ慌てふためくばかり。
なお、ヴァルムートの指摘は至極正しいが、「血筋の希少性」やアケーディアの学者気質を考えると、ディアメロの脅しもあながち間違っていない。アケーディアにとって、今のディアメロは最も興味深い研究対象なのだ。ディアメロが「他の生徒と折り合いが悪いから、もう来ない」と言ったらば、欲望に忠実な悪魔のこと。原因となる生徒を退学処分にするくらいは、平気でやってのけそうである。
「……ディアメロ様は無能ではありません。崇高な女神の血を引く、非常に高貴なお方でいらっしゃる。そのディアメロ様を侮辱するとは……ふむ。クージェは滅亡をお望みか」
「え、えっと……キュラータさん? ちょっと穏やかじゃないんですけど?」
意外や意外。2人の睨み合いに横槍を入れたのは、ディアメロの背後に控えていたキュラータだった。しかし、差し込まれた横槍があまりに鋭いものだから、ミアレットはまたもアワアワとまごついてしまう。
「キュラータ殿のおっしゃる通りですね。……その気になれば、私とキュラータ殿2人でも、帝国を滅ぼすことは容易い。不埒者には、しっかりと制裁を致しませんと」
しかも、カテドナもキュラータの意見に乗っかるのだから、タチが悪い。
魔界の上級悪魔に、天使を凌駕する上級精霊。カテドナとキュラータであれば、冗談抜きで帝国を滅ぼすこともできてしまうだろう。しかも悪いことに……両名とも本気と見えて、ピリピリとひり付く魔力の圧を放ち始めた。
「カテドナさんにキュラータさんも、とにかく落ち着いて! ディアメロ様はともかく、私は平気ですから! この程度の事で、国を滅ぼさないでください!」
「おや、この不埒者に目に物を見せるいい機会かと思ったのですが……仕方ありません。ここは鉾を納めると致しましょう」
「……承知しました。ミアレット様がそうおっしゃるのであれば、クージェを滅ぼすのは、先送りに致します」
「そこは先送りじゃなくて、中止にしてください……」
ミアレットの必死のお願いを、とりあえずは聞き届け。ようよう威圧感を引っ込めるカテドナとキュラータであったが。……彼らの警戒心は保たれたままだし、ヴァルムートへの敵意も持ち越しとなりそうだ。
「それはそうと……そろそろよろしいでしょうか? クージェの次期帝王様とやら。このままでは晩餐に遅れてしまいますので、これ以上の付き纏いは非常に迷惑です。次にこのような無礼を働いたらば、即刻、首を刎ねさせて頂きます。……ゆめゆめ、お忘れなきよう」
しかも、去り際にしっかりと「次はないぞ」と脅しをかけるのだから、カテドナは抜かりない以上に意地も悪い。
(なんだか、めっちゃ面倒な事になったかもぉ……)
とりあえず、個人情報流出は免れたけれど。暗雲は立ち込めたまま、前途多難なのは変わらない。




