6−10 全力で目立ちたくありません
「それじゃ、具体的にどうすればいいかを、一緒に考えていこうな。まず、みんなは自分がどんなタイプの魔術師かをきちんと把握しているかな? もし分からないのであれば……習得済み魔法の習熟度に注目してみてくれ。最も習熟度が高い魔法はどの魔法だった?」
問題提起をされて、ミアレットが誘われるようにアプリの画面を見やれば。……最も習熟度が高いのは「ウィンドトーキング」と表示されており、魔法名の隣には「習熟度:72%」と記載されている。そのどこまでも「当然の結果」にミアレットは少しばかり、落胆してしまった。
(でしょうねー……。なんだかんだで、毎回ナビ代わりにされてるし。使用頻度もブッチギリだもんね……)
心迷宮攻略において風属性の魔術師がやたらと重宝がられるのは、ウィンドトーキングの存在によるものだと言っていい。しかしながら、この魔法が使えるせいで荒事に巻き込まれている手前、ミアレットは複雑な気分を拭えない。できれば心迷宮攻略にお供したくないミアレットにしてみれば、ウィンドトーキングが得意魔法だと思われるのは、不都合でしかなかった。
「さてさて。ここらでちょいと、みんなの状況を拝見……っと。うんうん、まずは想定通りな感じかな。今年の新入生も補助魔法寄りの子が多いみたいだな」
補助魔法寄りか、攻撃魔法寄りか。マモンによれば、どちらの傾向が強いかによって、勉強スタイルにも特色が出るそうで。
補助魔法寄りの魔術師は知識先行型。まずは魔術書なり、指南書なりで、魔法の知識を学習した後に実践に移す傾向が強い。しかしながら、やや頭でっかちで想像力に乏しい部分があるため、想定外の状況になると柔軟に対応できないことも多いのだとか。
「分校では座学がメインだったからな。魔法を発動することはあっても、実践的な経験はほぼゼロだろう。だから補助魔法寄りのみんなは本校の各訓練所を使って、ジャンジャン生の経験を積んでほしい。実際に相手があっての訓練は、経験の厚みも段違いだからな〜」
一方で……と、解説を続けるマモン。
攻撃魔法寄りの魔術師は行動先行型とされており、想像力が豊かで、多少の知識不足も勘と経験とでカバーできる柔軟性が強みになるらしい。しかしながら、このテの魔術師は全力で魔法を連発してしまう傾向が強く、魔力不足に陥りがちなのだそうで……。
「攻撃魔法は錬成度を高めると、そのまま威力に反映されるからな。んで、威力を高める構築というのは、得てして魔力消費量も多めになる。だから、攻撃寄りの魔術師は魔力因子の覚醒率を高め、総魔力量を増やす工夫が必要になるんだが……もちろん、ちゃんと魔法の概念は勉強しないとダメだぞ? 体を動かすのもいいが、頭を動かすのも忘れずに」
何故か、マモンの解説に右隣から「ギックゥ!」とありがちな小声が聞こえてくる。……どうやら、お隣の転生者は図星を突かれたようで。分かりやすい反応からするに、有り余る心当たりがあるのだろう。
(だとすると……イグノは攻撃寄りだったのね。って、あっ……そっか。イグノはファイアボールしか使えないんだったっけ。それじゃ、強制的に攻撃寄りになるわよね……)
習得魔法が1種類だけとなっては、傾向も工夫もないだろう。しかしながら、昼休み中にイグノ自身も「ファイアボールの習熟度は80%を越えていた」と言っていたし、彼は明らかに体が先に動くタイプだろうと、ミアレットは勝手に納得している。挙動が常々不審で、変なヤツではあるが。ファイアボールをそこまで使い込めるとなると、魔法への適応力は相当に高そうだ。
「……って、お? こいつはたまげたな。初っ端から、ハイエレメントの魔法がピックアップされる子がいるか。しかも、他のみんなもかなりの高水準ときたもんだ。うんうん。今年も優等生ばっかりで、先生、とっても嬉しいなー」
ギックゥ! 今度はミアレットもありがちな小声を漏らしてしまう。おそらく、生徒達のデータを一通りチェックし終えたのだろう。マモンが紫色の瞳を爛々と輝かせては、嬉しそうにはしゃいでいるが……。
(お願いですから、マモン先生……! ハイエレメントの習得については、それ以上は突っ込まないで……!)
目立ちたくない、目立ちたくない、目立ちたくありません……!
ミアレットは内心で祈るようにしながら、マモンを見つめるが。……勢い、バッチリ目が合った途端に、分かっていますよと言わんばかりに頷くと、イタズラっぽい表情でマモンが微笑む。マモンはどうやら、目立ちたくないミアレットの意思を読み取ってくれたらしく……対象生徒を名指しにする事なく、魔法自体の解説へと話の流れを切り替えた。
「ほいじゃ、折角だ。おまけ程度にハイエレメントの魔法習得についても、少し説明しておこうな。ハイエレメントとは言わずもがな、光属性と闇属性のことだな。この2つのエレメントは魔力の根源・霊樹の波長により近しいとされていて、効果が高い魔法ばかりだが……その分、ベースエレメントのそれと比較しても、構築難易度と魔力消費量が高くなりがちだ。そんな事情なもんだから、これらの魔法がピックアップされるには、総魔力量が一定値を越えている必要がある」
やっぱりそうか。昼休み中に立た仮説は正しかったと、ミアレットは悦に浸る……ワケでもなく。あとはこのまま、自分の存在がピックアップされない事を願うばかり。しかし……悲しいかな。こちらの世界にやってきてからと言うもの、ミアレットの願いが叶った試しはなく。彼女のささやかな希望は、とある生徒の質問で砕かれようとしていた。
「はい、先生! 質問があります!」
「おっ? 確か、君は……ヴァルムート君だったな。ほいほい、何が知りたいのかな?」
「……そのハイエレメントが出ている生徒を、教えて欲しいです」
「そりゃまた、どうして?」
「もちろん……追い抜かすためです。具体的にどんなヤツなのか観察して、俺は誰にも負けない魔術師になりたいんです」
ヴァルムートと呼ばれた男子生徒の静かな闘志に、マモンが「ヒューッ」と口笛を鳴らし、教師らしからぬ反応を見せるが。しかし、彼の有り余る熱意に付き合うつもりはないと見えて、冷徹に答えを投げ返す。
「誰にも負けたくない……か。その強い意志は買ってやりたいが。そいつは、できない相談だなー」
「何故ですか⁉︎」
「魔力データは個人情報だからな。確かに、みんなの魔術師帳を通して、魔力データの集積はしているが。それはみんなに優劣をつけるためじゃなくて、適切な勉強法を提案するためだ。個人的な趣味に流用するんて、以ての外。もちろん、クラスメイトと情報を交換して、切磋琢磨するのはいいことだし、自分から情報をオープンにするのは構わない。でも、誰しもが自慢したがるワケでもなくて。……中には、目立ちたくない子もいるんだよ」
そうです、そうです、その通り! 私は全力で目立ちたくありません!
ミアレットは表面では平静を保ちつつ、マモンの答えに心の中で全力で頷く。ここまでビシッと断るとなれば、彼の口から情報流出はないだろうと、ミアレットは安堵の息を吐くが……。
「……分かりました。それじゃぁ、自力で探し出してみせます」
「……」
余程に深い事情があるのか、ヴァルムートは諦めるどころか、更に闘志を燃やし始めた様子。ミアレットの位置からは、彼の後ろ姿しか見えないが。イグノと同じ真っ赤な髪を後ろで束ね、結び目の豪奢な金細工からしてもかなりの名家出身と見える。
(ここに来て、要注意人物が増えた気がする……。全力でお近づきにならないようにしなきゃ……)
相手が貴族だろうと、王様だろうと。ミアレットにはお近づきになりたいなんて、野心はなきに等しく。ただただ目を付けられないようにしなければと、ひっそりと思うのだった。
【登場人物紹介】
・ヴァルムート・ハルデオン・クージェ(炎属性)
クージェ帝国・第二皇子。17歳。
第一王妃の息子であるが、第二王妃の方が早く男子を産み落としたため、ヴァルムートは弟にあたる。
第一王妃と第二王妃の仲が悪い事もあり、彼ら兄弟の仲も非常に悪い。
類稀なる魔法の才を見出され、クージェ分校で勉学に励んだ後、念願叶って魔法学園本校に足を踏み入れる。
兄を蹴落とすという目標があるせいか、異常なまでに向上心が強い反面、思い込みも激しい一面があり……やや独善的になりがち。




