6−9 いわゆるMPってヤツ
お昼休みも終わり、午前と同じ講堂で席を並べるミアレットとエルシャ、そしてイグノ。新しいアプリケーションに夢中なのは、エルシャやイグノだけではなく……他の生徒達も同様で。熱に浮かされたように魔術師帳を眺める彼らを尻目に、ミアレットはマモンの鮮やかなやり口に空恐ろしいものを感じていた。
(この雰囲気も、マモン先生の計画通りな気がする……)
もちろん、生徒達にアプリケーションをばら撒いたのは、純粋に学習意欲を高めるためでもあるだろう。実際にエルシャを始め、周囲の生徒達も「自分がどんな魔術師なのか」を繁々と眺めては、目標を新たにしている。だが……それ以上に、午後の授業への前振りも含まれているのではとミアレットは予想していた。
「はい、お待たせ。……うん、みんな揃ってるな。そんじゃ、午後の授業を始めるぞ〜」
遅刻も欠員もないことに、嬉しそうにしながら。何食わぬ顔で、マモンがスタスタと教壇へとやってくる。そうして、早速とばかりに午後のお題……「自己スタイルの確立」について、説明しますよとニコリと微笑むが。
(レジュメからしても、午後の内容は難しくなりそうね……。絶妙に【魔法習熟度パラメータ】にも絡みそうだし)
マモンはサービス精神旺盛と見せかけて、周到な計算尽くで行動している事を、ミアレットは本当によく知っている。最初の心迷宮で「経験値山分け」にしたのだって、最終的にはミアレットを特殊祓魔師へ育て上げるためだと、本人も明言していたが。マモンは気まぐれを装いつつ、サラリと目標を達成してくるので……ミアレットとしては頼もしい以前に、ある意味で厄介な相手でもあった。
「さてさて。魔法は基本通りに使える事が大前提だと、午前中にお話したけれど。でも、実際には基本の効果以外に、別枠の効果が設計されている魔法もあってな。そして……それらの魔法は最大錬成度で発動した時に、特殊な追加効果が発生する事が多いんだ」
錬成度とは、魔法の構築時に込める魔力量の度合いのことだ。錬成のステップで「魔法の骨格」を形成する際に、「どの構築概念に、どのくらい魔力を込めるか」によって、補助魔法と回復魔法は効果範囲や継続時間を調整する事ができる。攻撃魔法は種類によって、効果範囲と継続時間が決まっているため、錬成度の影響を受けない……と、思いきや。攻撃魔法は錬成度を高めることで、攻撃形態を変質させたり、威力そのものを底上げできる特性があったりと、やはり錬成度を高めるテクニックは重要となってくる。
「でも、口で言うのは簡単だが、コトはそう単純じゃない。何せ、魔力を集める方法はみんなそれぞれ違うし……何より、収集率はフィールドの魔力濃度にも大きく左右される。だから、どんな時でも安定した魔法を発動するのは意外と難しいし、更に錬成度を高めたいとなると……魔力をどう集めるかが、ネックとなる」
そして、更に続く解説によれば。フィールドの魔力濃度が薄い場合、集めきれなかった魔力は自分の魔力で補填しなければならないそうで。魔力を呪文で集められない時は、それだけ自前の魔力を無駄に消費するという事になるし、不足した状態では発動できたとしても、きちんと効果を発揮できない可能性も出てくる。満足に安定して発動できないのならば、錬成度を高めて特殊効果を発現させるなんて、夢のまた夢だろう。
「だからこそ、魔力適性が高い方が圧倒的に有利ではあるんだが……この魔力適性ってのも、一筋縄じゃいかない要素でな。魔力適性の高い・低いは魔力の器……みんなの血液に含まれる、魔力因子にどれだけ魔力を蓄えられるかによって決まってくるが。この保有分量は魔力因子がどれだけ目覚めているかに比例し、より多くの魔力因子を目覚めさせるには、魔力濃度が保たれているフィールドでトレーニングをする必要がある」
熟練の魔術師は魔力濃度が薄くとも、きちんと空間中から魔力をピックアップできるが、未熟な魔術師はそうもいかない。しかし、魔力濃度は高ければ高い程いいという訳でもなく……午前中の授業でも示されていた通り、順応できない場合は魔法暴発の危険も付き纏う。
「いい塩梅ってのも、それぞれに違うもんだから。みんなで一緒に練習しましょう……なんてことも、できなくてな。だから、自分でいい方法を探さなければならないんだが……と、ここまで説明したところで、ハイ、【魔法習熟度パラメータ】を起動してみてくれ。ここからは、このアプリケーションの情報を補足しつつ、魔力因子の目覚めさせ方と個人に合った魔法スタイルの模索方法について説明するぞ。自分で方法を模索せにゃならんのは違いないが、ノーヒントで無理させるつもりもない。そこは安心してくれなー」
やはり、そうくるか。指示通りにアプリケーションを起動しつつ、ミアレットはマモンの段取りに舌を巻いていた。
彼が午前中の「授業の終わりに」このアプリケーションを追加してきたのには、おそらく、昼休み中に生徒達にあらかじめ眺めさせるためだったのだ。授業中にアプリケーションを追加すれば集中力が途切れてしまうだろうし、授業をおざなりにされないとも限らない。
(アハハ……そういう事。まんまと昼休みを自習に使わされたのね、私達)
お昼休み直前にアプリケーションを展開することで、授業の時間を削る事なく、生徒達の学習意欲を継続させると同時に……自己分析を自発的にさせる目論見が、マモンにはあったのだろう。実際、昼休み中の生徒達の話題は【魔法習熟度パラメータ】の内容で持ちきりであったし、ピックアップされた魔法の指南書を眺める生徒だって、1人や2人ではなかった。
「きっと、昼休み中に眺めてくれたと思うし、何となく自分がどんな魔術師なのかは把握してくれたと思うけど。さりげなく、トップページの右上に意味ありげな数字があるのには、気づいたかな?」
しかも、この気さくな態度である。魔界の大物悪魔だというのに、マモンには威圧的な雰囲気は微塵もない。この生徒達に無理をさせない距離感こそが、教師としての最大の強みなのではなかろうかと、ミアレットはついぞ勘繰っていた。
「スラッシュで区切られている左側は、みんなの総魔力量。そして、右側は魔力因子の覚醒率だ。習得推奨魔法のタブ内に表示されるオススメ魔法は、この数値を参考にピックアップされていてな。みんなの今現在の状態で、無理なく習得可能な魔法を教えてくれるぞ」
いわゆるMPってヤツだな……と、右隣からイグノの囁きが聞こえてくるが。言い得て妙だと、RPG初心者のミアレットも納得してしまう。実際に、イグノの解釈は概ね、正しい。ただ、普通のRPGと異なるのは……この世界の魔法は魔力消費量が一定ではなく、錬成度や環境によって左右されるという点だ。
(しかも、総魔力量は覚醒率も関係してくるのよね……?)
見れば、ミアレットの覚醒率は66%となっている。これが多いのか、少ないのかは、定かではないが。残りの34%は伸び代だとも考えられるため、やはり「魔力因子の目覚めさせ方」が肝心となってくる。
(上級魔法は魔力消費量も多いと聞くし……これは絶対に、フル覚醒を目指した方がいいわね……!)
目指すは、憧れの転移魔法の習得……延いては、元の世界に帰るための魔法を作ること。
周囲の生徒達とは別の意味で、【魔法習熟度パラメータ】に首っ丈になるミアレット。講義を受ける姿勢が前のめりになるのも、無理ならざる事である。




