6−8 あまりに複雑な血筋
「で? 兄貴……何か、分かったか?」
「いいえ? あまり、進展はありませんね」
生徒達がめいめい昼休みを謳歌している、その頃。マモンは副学園長室で、アケーディアと顔を突き合わせていた。アケーディアによれば、マモンがエルシャの心迷宮から持ち帰った「グラディウスの枝」については、ある程度調査が進んでいるそうだが……しかし、大元に辿り着くには、まだまだヒントが足りないらしい。
「枝については、ヨルムツリーにそれとなく話を聞く事ができました。どうやら……この黒い枝の性質はローレライよりも、ヨルムツリー寄りのようです。ですので、グラディウスの懐は魔界の環境に近いのではないかと」
「……それ、潜入以前に、かなり厄介じゃねーか。魔界に近いって……瘴気耐性がない奴には、厳しいんでない? ……攫われた王子様、大丈夫かな」
「でしょうね。ナルシェラは魔力適性を封じられている……つまりは、瘴気に対する親和性も封印されていると考えられるため、すぐには影響を受けないかも知れませんが。魔力がいつ目覚めるかも定かではありませんし、いずれにしても、あまり猶予はありませんね」
ナルシェラが置かれている状況が分からないなりに、時間がないことだけは分かりきっているのが、あまりに歯痒い。マモン自身は王子様達に直接、お目にかかったことはないものの……ミアレットに懸想しているらしい事は聞き及んでいるし、彼らの恋愛ツールとしてエックス君を作り出したのだって、つい最近だ。それなりに気を揉んでしまうくらいには、親近感はあったりする。
「……」
「どうしました、マモン。何か、気づいたことでも?」
しかし、エックス君のクダリを思い出したところで、マモンが急に黙り込む。考えてみれば、エックス君が飼い主を見分ける方法に音声認識を採用したのだって、「魔力に頼らずに済ませるには、どうすれば良いか」を考えた結果だったのだ。だとすると……?
「……俺、ちょっと閃いちゃったかも知れない」
「閃いた? 何をです?」
「実は、さ。ミアちゃんと王子様達の文通をアシストするために、小鳥型の魔法道具を拵えたんだわ。んで、彼らが魔法を使えないって聞いてたもんだから、利用者限定構築の認証ギミックに魔力じゃなくて、声を認識するように細工しててさ。……音声情報が残ってれば、多少は行方を追うこともできるかも知れない」
「……呆れましたね。君はどこまで器用なのですか……」
口先では呆れたと言いつつも、マモンの閃きには一理あると、アケーディアは満足そうに頷く。
魔法を使うには、魔力が必要。そして、その魔力を集めるにはどんなに小さくとも、声に出して呪文を唱えなければならない。それは偏に、魔力が言葉の力……つまりは、言霊に反応する性質があるためであるが。その音声の波長も当然ながら各人ごとに異なるので、個人を識別する有力な情報ソースにもなり得る。
「非常にいい着眼点です。でしたらば、早速……」
「あぁ。例の魔法道具・エックス君を作り替えるとしますか。……音声の発信源を追えるように、ポータル移動の構築も加えてみるよ。上手くいけば、ナルシェラ君の所に辿り着けるかも知れない」
「えぇ、頼みましたよ。彼の元に辿り着けさえすれば、こちらのものです。いくらグラディウスの領域が瘴気に満ちていようとも、悪魔には関係ありませんし……何より、君達の嫁は瘴気も平気みたいですしね」
「うん、まぁ……なんだ。……その辺は、あまり深く突っ込まないでくれ」
あちら方面にも血気盛んなお嫁さんを思い出し、マモンは思わず目を泳がせてしまう。毎晩のように「襲われて」耐性諸々、色々と絞られていることを考えると、彼女の瘴気耐性は高いとするべきだが。……その過程が妙に切ないと、マモンは生ぬるい気分にさせられてしまうのだ。
「それはそうと……ディアメロについては、魔力を取り戻してあげられそうなのです。彼の方はそこまで心配しなくとも良いかと」
「そうか。それにしても、ふーん……なるほどな。グランティアズの王子様達は、髪飾りに精霊としての魔力を吸われていたのか。だったら、きちんと魔力を浴びさせてやれば、魔力因子を目覚めさせてやれるか?」
気を取り直す……というワケではないが。話の流れが変わったのもこれ幸いと、手元の魔術師帳に送られていた資料を再確認しながら、マモンが唸る。
女神・シルヴィアと同じ血統を持つという、グランティアズの王子様達。現代に暮らす彼らは、あくまで「普通の人間」として扱われているが、そのシルヴィア……もとい、彼女の祖先を辿れば。そこには人間に成りすまして暮らしていたアケーディアと、ドルイダス・ヴェルザンディの間に生まれた娘の子孫という、あまりに複雑な血筋が横たわっている。
「えぇ、おそらくは。昨日、今日の2日間でディアメロの経過を観察してみましたが……やはり、僅かながらに魔力反応がありました。聖域の魔力濃度を持ってすれば、反応があるのも当然でしょう。しかし、魔力を取り込むまでには至っていません。きちんと魔力を扱うには、もう一押しが必要なようです」
「……ほーん? んで、キュラータって奴によれば、霊樹戦役直後に魔力を担保する色を奪い、大臣に横流ししていた……か。いや、待て待て待て。サラッと簡単に書いてあるけど、かなり複雑な細工じゃねーの、コレ。……まぁ、まーた髪飾りの特性を悪用されたんだとは思うが。やっぱ、霊樹の化石ってのは、難物だよなぁ……」
白薔薇のバレッタはマナツリーの化石からできている。それが故に、各種霊樹由来の魔力や素材と親和性も高く、バレッタを土台にする……つまりは、マナツリーの残滓を土台にすることで、魔力流通を操る魔法道具が出来上がってしまうものらしい。素材が霊樹の大元とも言えるマナツリー由来であるが故に、髪飾り自体の柔軟性や汎用性が高いのも厄介である。
「そうですね。それに……シルヴィアと全く同じ状況なのであれば、まだやりようはあるのですが。彼女と異なり、王子達は色素欠乏症まで至っていません。そもそも、シルヴィアのケースは色素を失う代わりに魔力を得られるよう、僕が細工した結果ですしね。……今思えば、悪い事をしましたが。いずれにしても、王子達とは事情も向きも異なります」
髪飾りを気まぐれに人間界にもたらしたのは、マモンであるが。その髪飾りの素材に着目し、シルヴィアを「精霊の先祖返り」に仕立てたのは他ならぬ、アケーディアである。当時のアケーディアは自らの子孫さえも実験台にできてしまうくらいに、冷酷であったが。悔恨の念を述べている時点で、かつての悪行については反省もしているらしい。
「……別に、そこを必要以上に責めるつもりはねーけど……。とにかく、だ。肝心の髪飾りが手元にない以上、憶測でしか話も進まねーし、できることからやってみればいいんでないの? ディアメロ君は色を取り戻す意味では、シルヴィアと同じ方法でイケるかも知れないし」
「ふむ……確かに。シルヴィアが金髪碧眼の姿を取り戻したのは、君の霊薬の成果だと聞き及んでいますし……でしたらば、試さない手はありませんね。同じ霊薬をすぐに用意できますか? 色々と押し付けて悪いのですが……」
「うん、大丈夫。その霊薬……ミルナエトロラベンダーの精油は、シルヴィア用に作り置きもしてあるし。一番搾りの上等品を用意してやるよ」
おっと、そろそろ午後の授業の時間だ。
そうして必要な話もできたと、マモンがヒラヒラと手を振りながら副学園長室を後にするが。何かと頼りになる弟の背中を見送りながらも、アケーディアは手元に残った黒い枝を見つめては、嫌な予感を募らせずにはいられない。
(ナルシェラの置かれた状況が、やはり気がかりです。瘴気によって、肉体は元より……彼の心が蝕まれなければいいのですが)




