6−5 言霊の恩恵
「こいつらの魔法を見ても分かる通り、同じ魔法でも目的や概念の考え方によって、発現する事象や効果は変わってくる。だけど、魔法は大枠の効果があらかじめ決まっていて、それ基準で構築も設計されていてな。最初からアレンジするだなんて、無謀なことは考えるなよ? まず最初はしっかりと魔法の基礎概念を理解し、セオリー通りに発動できるようになるのが大切だ」
3人のグレムリン達にご褒美のキャンディを差し出しながら、解説を続けるマモン。彼らに教壇横のベンチで大人しくしているように言い含めつつ、自身は教壇中央に移動すると……今度は教卓に魔術師帳をセットし始めた。
「さて……ここからが、本題。魔法の発動について基礎から応用まで、順を追って説明していくぞ。はい、みんなの魔術師帳にも図説を送信したから、チェックしてみてくれ」
促されるままに、視線を落とせば。魔術師帳……ではなく、手元の机全面に魔術師帳に送られてきたデータが映し出された。
(うぁ……! この机、ディスプレイになってたの?)
さっきまで、何の変哲もない木目調の机だったのに。それが一転、大画面が現れたとなれば、驚くなという方が難しい。その証拠に……ミアレットだけではなく、周囲の生徒達も突然現れたパネルに目を丸くしている。
「まずは、モニターの説明が必要かな? そいつはみんなの魔術師帳とリンクしていてな。指でタッチすれば、直接書き込みもできるから、気になる事があったらどんどん書き込んでくれ。それで、どれ……ちょいと、書き易いように傾斜も入れようなー。因みに、書き込んだ内容は自分の魔術師帳にしか反映されないから、思う存分、自由に書き込んでいいぞ」
マモンがチョコチョコと教卓の操作をすると同時に、丁度いい角度にモニターが手前へ迫り上がる。そうされて、恐る恐る指でモニターをタッチしてみると……確かに、自由に文字を書き込める仕組みになっている様子。しかし、そこは魔法学園の設備というもの。試しにミアレットが「基本が大事」と書き込もうとしたところ、自動でスラスラと指先から文字が流れていくではないか。
(考えた通りに文字が記入されていく……。でも、間違えた時は……あっ。「消したい」って考えるだけでいいのね。凄い……!)
どうやら、机のパネルも魔術師帳と同様に魔力反応とリンクしているようで……これならばノートを取るのも楽ちんだと、ミアレットは感動を覚えていた。カーヴェラ分校ではタッチペンで魔術師帳に書き込んでいたし、どうしてもスペースが足りない場合は、ノートにも適宜メモをしていたが。霊樹・オフィーリアのお膝元ともなれば、教室の設備1つとっても利便性の格も違うという事なのだろう。
「うんうん、操作には慣れたかな? そいじゃ、授業を続けるぞー。分からない所があったら、遠慮せずに手を挙げてくれな〜」
少しだけ高い教壇から、講堂を一望し。相変わらずの気さくな調子で、マモンが丁寧に表示されている図解について、説明を加えていく。
まずは最初のブロック。「新しい魔法を覚えるには」という見出しの部分には、「呪文の内容を理解すべし」と書かれているが。しかし……解説よりも、横に添えられている挿絵が気になって仕方がないミアレット。グレムリンと思われる挿絵は何かを待っているように、画面の中からこちらを見つめている。
「魔法を使うには、その魔法に相応しい言葉を通じて魔力を集め、想定通りに動かせるようにイメージを定着させなければならない。そして、既存の魔法には相応しい言葉……つまりは、呪文がきちんと用意されている。新しい魔法を習得したい時は、この呪文をきちんと覚える事から始めること。これらの呪文は魔力を集めるだけじゃなく、術者が魔法をイメージし易い言霊で形成されていてな。特定条件下であれば、繰り返し唱える事で、ある程度のところまでは自然と理解できるようになっているぞ」
マモンの解説に合わせる形で、挿絵のグレムリンが一生懸命に呪文を唱えているアニメーションに切り替わる。何度も何度も、同じ呪文を唱えているが……様子を見守っていると、段々と口の動きが滑らかに、吹き出しの文字もスムーズになっていく。そうして、最後にちゃんと魔法陣が表示されたところで……ドヤっとパネルの中のグレムリンが胸を張った。
(か、可愛い……!)
しかし、画面のグレムリンに気を取られるのもそこそこに。マモンの説明に引っ掛かりを覚えるミアレット。呪文を繰り返し唱えるだけで、魔法を理解できると言うのなら。構築概念を理解するための勉強がいらなくなる気がするし……分校での座学の殆どが、無駄だったと言われているようなものである。
(でも、特定条件下でって言ったわよね? だとすると、呪文の恩恵を受けるためには、何か条件が必要なのかしら……)
魔法1つ使うのだって、必要な知識量が多すぎてままならないのだ。もし、呪文を唱えるだけで知識も獲得できるのなら、是非に条件を教えて欲しいところだが……。
「ハイっ! 先生!」
「はいはい。ミアレットさん、どうした? 何か質問かな?」
「呪文を唱えるだけで理解度を高めるための、条件を教えて下さい! 多分ですけど……ただ唱えるだけじゃ、ダメなんですよね?」
「うん、いい質問だ。そうか、そうか。きちんと、気づいてきたか。ミアレットさんの言う通り、呪文を構成する要素……つまり、言霊の恩恵を受けるには、それなりの環境が必要でな。質問が出たところで、その辺もちゃんと説明するぞー」
居ても立ってもいられず、ミアレットが勢い任せに質問をぶつけてみれば。やはり、理解度を高めるためには重要な条件があるようで、マモンが満足そうに頷きつつ、説明を加え始める。
「魔法を使うために必要なのは、知識と想像力……そして、魔力を扱う素養。だが、これらはあくまで術者側の必須項目であって、フィールド側の要件を考慮していない。同じ術者が同じように魔法を使おうとしても、その場の魔力状況で魔法発動のアプローチは変わってくる。魔力量が多い環境であればある程、術者は魔力そのものを感知しやすくなるし、少ない負担で魔法を発動する事ができる。それは、呪文を構成する言霊にも同じことが言えてな。魔力が豊富な環境で呪文を唱えれば、魔力感知の精度が上がっている分、言霊に付随するイメージも深く定着するし……みんなの知識として、しっかり残る傾向があるんだ」
そして、ここ……魔法学園本校は霊樹・オフィーリアの聖域ということもあり、人間界でも屈指の魔力濃度を誇るフィールドなのだそうだ。そのため、分校と本校では勉強の仕方そのものが変わってくるのだと、マモンは話を結ぶ。
(えぇぇ……だったら、本校で勉強できた方がお得じゃない……)
魔法が使えなくて四苦八苦している生徒も多いのだし、そういう生徒こそ、本校で勉強した方がいいとミアレットは考えるが……。
「だったら、最初から本校で勉強させてくれよ……と、思ったかな? でも、無駄にみんなに意地悪をしていたわけじゃないんだぞ? 魔力濃度が高いということは、即ち、扱える魔力も増える事を示している。きっちりと魔法を使って、適度に循環できればいいだけの話なんだけど……そもそも、魔法を理解できていない場合は、魔力に流されるままに暴発させちまうこともあってな。だから、分校でみんなの魔法への適性や理解度を見定めつつ、こっちの環境にも適応できそうな生徒だけを本校に招致しているんだ」
だから、ここにいるみんなは凄いんだぞー……と、話を締め括るついでに、褒め殺しスマイルを炸裂させる大悪魔様。先回りの答えを示すだけではなく、生徒のやる気もきっちり底上げしてくるが……彼の麗しい笑顔に講堂が別方向にも沸いたのは、言うまでもない。




