6−2 食事にありつきたければ働け
「それはそうと、ディアメロ様のお側付きはキュラータ殿に任せることとなりました」
「へっ? そうなのです? てっきり、カテドナさんが付いてくれると思っていたんですけど……」
エントランスから伸びる、帰り道の廊下を歩いていると。カテドナが意外な決定事項を伝えてくる。
なんでも、アケーディアはディアメロの魔力について研究したいと同時に、キュラータの出生も探りたいとかで……元は向こう側のメンバーだった彼を研究対象とすることで、グラディウスへの道を拓く意図があるらしい。
「えっと……それ、大丈夫なんでしょうか? ディアメロ様はともかく、キュラータさんは酷い目に遭わされるんじゃ……」
「ご心配には及びませんよ。キュラータ殿の契約主はアケーディア様ではなく、ルエル様です。意外と、ルエル様はキュラータ殿を気に入っているようでして、無理はさせるなと念押しがありました」
「そうだったのです?」
拳を突き合わせたせいか、はたまた、不思議と相性が良かったのか。ルエルはキュラータを従者としてよりも、訓練相手として見ているフシがあり、キュラータの処遇に神経を砕いている。そして、いくら大悪魔と言えど、契約主の意向は無視できないのだろう。本当は実験台にしたかった……と、言い募りそうなアケーディアを想像しては、契約主がルエルで良かったと、ミアレットは人知れず身震いする。ルエルの念押しがなかったら、キュラータは「マッドな研究」の犠牲になっていたかも知れない。
(ルエルさん、なんだかんだで熱血っぽいし……。キュラータさんも物怖じしている感じもないし……)
意外と、アリな組み合わせなのかも知れない。
キュラータは今でこそ精霊扱いをされているが、元はグラディウスの尖兵だった男である。要するに、神界に仇なす存在であるはずだったのだが……本人も言っていた通り、ルエルと組んでいた方が都合が良いようで。アッサリと天使の従者としての境遇を受け入れては、従順に務めている模様。
「それに……使用人は何かと、同性の方が都合がいい部分もあります。着替え然り、入浴然り、睡眠然り。護衛も兼任する以上、性別を理由に行動範囲が狭まるのでは、意味がありません」
「あっ、それは確かに言えてますね。同性の方が、一緒にいるのも気楽かもです。それはそうと……ルエルさんは? このメンバーだったら、真っ先に付いてくると思っていたんですけれど」
嬉々として、学園にも乗り込んできそうなのに。彼女が鳴りを潜めているとなると、安心よりも不穏さが募る。ミアレットとディアメロが一緒に学園へ通うなんて、恋愛ウォッチャーのルエルからしてみれば、恰好のネタであるはずだが……。
「ルエル様は当初の目的もあり、暫くは拠点作りに専念されるそうです。無論、ミアレット様の護衛はこのカテドナが務めさせていただきますので、ご安心を」
「もちろん、カテドナさんがいれば、私は安心ですけど。向こうの皆さんは、大丈夫かしら……。ルエルさん、意外と容赦ないからなぁ……」
「……変な心配をさせてすまないな、ミアレット。そもそも、母上がルエルさんを焚き付けたのが悪いんだ。……あれで母上も、過激なところがあるし……」
ディアメロの呟きで広がるのは、ますます不穏な空気。
恋愛脳のルエルがミアレットの恋愛観察を捨ててまで、拠点作りを優先する理由。それは偏に、任務に燃えている……と見せかけて、親友のナディア妃とタッグを組み、憎っくきサイラック一派へのお仕置きに余念がないためであった。
(サイラック派の元メイドさん達は罪人扱いで、強制労働……うーん、ちょっとやりすぎな気がするけど。お仕事内容は屋敷の雑用みたいだし、大丈夫かなぁ)
一斉辞職して、逃げ果せたと彼女達は思ってもいたのだろう。だが、ナディア妃は元より、王子様の恋をガンガン推しているルエルとしては、その王子様達を苦しめてきたメイド達も到底許せなかったようで。元凶のサイラックと同様に、彼らに与していたメイド達は皆、国王達から魔力適性を奪っていた「国賊」として、強制労働に駆り出される末路を辿っていた。
因みに、当のガラファドとステフィアは自分の元屋敷で最下級使用人として、働かされており……今まで流したこともなかった汗と涙を流しているそうな。
(ステフィアさんに使用人が務まるのかしら? でも、呪いで喋れないとなったら、他に行く当てもないか……)
ワガママ放題、意地悪し放題。そんな彼女が、下働きの境遇を受け入れられるとも思えないが。ロイスヤードから受けた呪いもあり、飛び出したところで、ステフィアが新しい居場所を見つけるのは、絶望的だと言っていい。
それでなくとも、サイラックが「王家の至宝」を盗んでおり、そちらを元手に財力を築いていたと……「表向きの事実」が公表されてしまった、今。サイラック家の名誉は、地のどん底に叩きとされたも同然である。しかも、サイラック家は非常によろしくないことに、リンドヘイム教徒としても名が通っていた。「嫌われ者のリンドヘイム教徒」である上に、今は烙印でしかない「サイラックの娘」というバッドステータスを提げたステフィアを受け入れてくれる場所は、ローヴェルズ国内にはなきに等しい。
(よくよく考えてみれば、ステフィアさん……人生詰んでる気がする……。今までの振る舞いを考えれば、自業自得なのかも知れないけど……うーん。ここまでくると、流石に可哀想かも……)
きっと、ステフィアの嫌がらせを本格的に受けていないせいもあるだろう。もしかしたら、ミアレットが王子様達のいずれかに輿入れしたらば、更なる嫌がらせがあったのかも知れないが。そこまで話が進む前に、サイラック家が没落してしまったとなれば、実感が湧かないのは当然かも知れない。
「いかがしました? ミアレット様」
「いえ、ちょっと……サイラック家のことを考えてまして。これからどうなるのかなぁ……って」
「……ミアレット様はお優しいのですね」
「へっ?」
「あなた様の憂いは、あの親娘を慮ってのことでしょう?」
そんなに憂げな顔をしていたのだろうか。ミアレット自身は自覚もないが、カテドナにはそう見えたらしい。僅かな機微でも、ミアレットの心情もしっかりと見透かすのは、流石はデキるメイドさんである。
「……まぁ、あまり良い状況ではないと思いますね。最下級の使用人ともなれば、暗い内から起床し、全ての雑用をこなさねばなりません。あの親娘に家事の心得があるとも思えませんが、何もできなかった場合は食事抜きです。働かざる者、食うべからず……食事にありつきたければ働けと申すより他、ありません」
「うわぁ……。予想以上にハードだわぁ……」
王国の至宝を盗んだという、大罪があるとは言え。それを盗むよう唆した者がいる以上、見方によっては、サイラック家は彼らに踊らされただけ……と考えることもできる。贅の限りを尽くしたのは、本人の落ち度ではあるだろうが、元を辿れば……やっぱり悪いのは、髪飾りを作り替え、サイラック家に魔力という甘い汁を与えたリキュラなのではないかと、ミアレットは思ってしまうのだ。
「ですが……それでも、その身1つで追い出されるよりは、遥かにマシでしょう。……今までの所業を考えれば、雨風を凌げるだけでも、有難いと思いますが」
「それはそうでしょうけど……」
食事抜きは、あまりに無慈悲ではなかろうか。
「だったらその内、様子を見に行くか」
「えっ?」
「……ミアレットが気になるんだったら、一緒に様子を見に行ってやってもいい。こうしてミアレットに会えたのは、あいつらのせいで魔力がなかったお陰でもあるし。……少しくらい、差し入れをやってもいいだろう」
ディアメロとて、サイラック親娘を快く思っていないのは変わらない。しかしながら、言われれば確かに……彼らが魔力を横取りしていなければ、ナルシェラ達がカーヴェラに来る事もなかっただろうし、ミアレットと出会う事もなかったろう。
「ふふ……そうですね。その時は、一緒にお出かけしてくれます?」
「……あぁ、もちろん。任せておけ」
なかなかに粋な計らいを見せる王子様に、ミアレットが首を傾げながら微笑むと。すぐさま顔を真っ赤にして、ツンと上を向くディアメロ。精一杯照れ隠しをしているが、バレバレなのも殊の外、可愛らしい。
「……フフッ……!」
そして、背後から響くはカテドナの嬉しそうな漏らし笑い。
(いつもながらに……カテドナさん、楽しんでますね⁉︎ そうですね⁉︎)
……メイドさんはメイドさんで、楽しそうで何よりである。




