5.5−4 気を落とさず、程々に頑張ることね
「って、いっけない! もうこんな時間じゃない! 悪いんだけど、私、用事があるから。そろそろ、帰るわ。ま……気を落とさず、程々に頑張ることね」
「……」
ミアレットの用事が気になりはするが。チートを取り戻すどころか、厳しい現実を教えられて……走り出す彼女を呆然と見送っても、俺はしばらくその場から動けないでいる。
(……そう言えば、散々周りの奴にも言われてたよなぁ。魔法は概念を理解しないと、発動できないって)
ガルシェッド家の家庭教師にも、魔法学園の教師にも。確かに、最初から女神様にも言われていた。魔法を使いこなすのは難しいんだって。
それさえも、チートさえあればどうにかなるって、軽く考えていたけど。ミアレットの話からするに、この世界には俺が思い描くチートはないらしい。オートで魔法を覚えられるワケでもなければ、「ステータス・オープン!」とかやってみても、それらしいウィンドウが出るワケでもなし。そう言や、転生モノっぽい定番の演出もなかったなぁ。
(しかし、程々に頑張るも何も……頑張るって、どうやればいいんだ?)
あぁ、神様。俺はどうして、こんなにも不幸なのでしょう。折角、異世界転生したのに……ありふれたラノベの主人公にさえなれないなんて。今からでも遅くありません。至急、俺にチーレムシナリオを用意して下さい。
(こうなったら、神頼みするしかないな。だって、頑張る方法、分からないもん。誰も、頑張り方を教えてくれなかったもん……!)
だから、俺は悪くない。俺に優しく教えてくれない世界が悪いんだ……!
「あっ、いたいた。おーい、イグノ君!」
「へっ?」
ここはやっぱり、シルヴィア様にお願いするとしよう……なんて考えている矢先に、聞き覚えのある声が響いてくる。そうして、声のする方を見上げれば。いかにも悪魔っぽい翼を広げ、宙を浮いているマモンが手を振っていた。……どうして、この場面で悪魔が来るんだよ。どっちかと言うと、天使……いや、女神様が降臨しちゃうシーンだろ、これは。
「イグノ君、ちょっといいか?」
「何だよ。俺は神様に用があって、悪魔には用がないんだけど」
「神様? 用があるも何も、神様はおいそれと会えるような相手じゃない気がするが……。ま、いいか。ほれ、とりあえず資料を作ったから、送信しておくぞ」
「資料だと……?」
半ば押し付けられるように送信されたのは、『初心者の心得』なんて銘打たれたコンテンツ。ちょこっと覗いてみれば、魔法概念の理解の仕方と、初級魔法習得のコツがそれっぽく書かれている。
「さっきの様子だと、イグノ君……あまり講義内容を理解できてなかっただろ?」
「はっ? い、いや……そんな事は……」
そんな事はない……と、言いたいところだが。ついさっき、ミアレットとの差を痛感させられたばかりだし。……仕方ない、ここは素直に応じてやるか。少しは教師らしい事をさせてやっても、罰は当たるまい。
「正直に言えば、よく分からなかった……かも」
「そうか。まぁまぁ、そう気を落としなさんな。まだ若いんだから、十分に挽回は可能だろうよ。ひとまずそいつを読んでみて、分からないことがあったら質問してくれ」
「こんな資料があるんだったら、最初からくれよ。俺だけ乗り遅れてたの、本当は分かってたんだろ?」
「いや、これはさっき書いたばっかりだし……最初から用意してあったモノじゃないんだが」
……マジで? こんな量を、さっきの講義から今までの時間で書き上げたのか? もしかして、俺のために……?
「まぁ、確かに。イグノ君の状況は前もって聞いてたんだから、最初から用意しておくべきだったな。……つくづく、配慮が足りなくてごめんな」
「本当だぜ、全く……きちんと教えてもらえれば、俺だってできるはずだったのに……!」
「う、うん。……そうだな」
転生してやったのに、アシスト発動が遅いじゃないか! そんでもって、どうしてお助けキャラがこいつなんだよ……! ポジション的には、美人で優しいお姉さんで設定するところだろ、そこは! ……って、そっか。そうだった。ここ、そういう世界でもないんだったな……。
「……この資料は使えそうだな。魔術師帳の指南書よりも、少し分かりやすい気がする。そもそも初級編とか言いつつ、覚えなきゃいけない事が多すぎるんだよ!」
「うーんと、な。ちっと、補足をしておくと。魔法ってのは、字面通りの素敵な力じゃなくてな。あくまで魔力を原動力として、様々な自然現象や要素を抽出・具現化する仕組みでしかないんだ。だから、魔法を使うには関連性のある現象についての知識も、ある程度は必要になるんだな」
「そう、だったの……?」
「うん。使える魔法数を増やすには、そのことも念頭において勉強しないと、効率が悪くなるぞ。使いたい魔法がどんな効果を持っていて、どんな事象を利用するのもなのか。それを分かっていないと、発動しないことも多い。だから、次からは指南書に書いてあるヒントも参考にしながら、イメージを具体的に持ってみるといい」
そんじゃ、明日もよろしくな……なんて言いつつ、飛び去っていくマモンだったが。……なんだかんだで、サポートするって言葉に嘘はなかったっぽい。
(仕方ない……とりあえず、明日からは程々に頑張ってみるか……。流石に、このまま落ちこぼれは嫌だしな……)
俺を追放した養父共への「ざまぁ展開」や、美女達との「ハーレムイベント」が発動する日を、今か今かと待ち望んでいたが。結局、最初からそんな物はなかったらしい。……なるほどな。通りで、ガルシェッド家から謝罪の手紙が来ないワケだ。そもそも、ここはラノベっぽい世界ですらなかったんだから。
(こんな事だったら、もうちょっと素直に勉強しておくべきだったかな……)
今まで頑張ることを、徹底的に避けてきたけれど。転生しても落ちこぼれ人生だなんて、格好悪すぎる。
(それなりに楽しめるように、頑張ればいい……か。ハハ、できれば頑張りたくなかったんだけどなぁ……。俺のチートはどこに行ったんだろ……)
はぁ? そんなもの、ある訳ないでしょ。
俺が「チートどこー?」と念じると、すぐさまリピートされたのは、チベスナ顔したミアレットの冷たい声。
(ヴっ……妙にリアルに再生されたな、今。どうせなら、エルシャちゃんの声がいいんだが……?)
チートを願うと、あいつの声がリピートされるとか。これは既に、ちょっとした呪いなんだが⁉︎ もしかして、強制的に頑張らざるを得ないパターンか……?




