5.5−3 自分を認めない世間が悪いとか、ないわー
とりあえず、ミアレットを観察した結果。冗談抜きで奴が勉強漬けな現実に、俺は軽い目眩を覚えている。
(ここ……自習室だよな? もしかして、更に勉強するのか……?)
初日の午後からはマモンの魔法講義が始まったが、正直なところ、俺にはチンプンカンプンだった。魔法の基礎知識とか言いながら、構築概念の事を語られても、何1つ頭に入ってこなかったし……何より、ミアレットのチートを奪えば勉強なんて必要ないと思ってたもんだから、テキトーに聞き流してたんだけど。
(ま、まさか……本当に勉強しないと、魔法は使えないのか? い、いや……そんなはずは……)
様子を見る限り、奴にもチート展開はないっぽい……? だとすると、さっきの基礎知識の授業を理解できなかったのは、かなりマズい状況なんじゃ……?
「……さっきから、ジロジロ見ないでくれます? こんな所まで付いて来て、何かご用ですか?」
「ホワッツ⁉︎」
なんだってー⁉︎ 俺のスマートな尾行に気づくなんて、やっぱり只者じゃないな⁉︎ もしかしなくても、コイツはチート持ち……!
「やい、ミアレット! 俺のチート展開を返せ! お前が主人公特典を横取りしたから……」
「はい、ストップ、ストップ。主人公特典なんて意味不明な言葉、こっちでは絶対に通用しませんよ。そんな事ばっかり言ってると、友達どころか、誰にも相手にされなくなりますって。リアルで“しっ! 見ちゃいけません!”とか言われたいんですか?」
ぐわぁぁぁッ⁉︎ なぜ、それを知ってる⁉︎ 昔の俺がそんな目で見られてたのを、なんで知ってるんだ、貴様!
「ち、違う……! 俺に相応しい仕事がなかっただけだ……! 俺を認めない世間が悪いんだ……!」
「……もしかして、ここに来る前はリアルでそう言われてたクチ……? うわぁ、ないわぁ……。自分を認めない世間が悪いとか、ないわー。マジで、ないわー」
ぐっ……! 小癪にも鎌をかけやがったな……? しかも、遠い目をしながらドン引きするのは、マジでやめろ。ますます惨めだろうが……!
「まぁ、いいか。話くらいは聞いてあげるから、とにかく移動しましょ。自習室で騒ぐのは、完璧にマナー違反ですし……。それにしても、ハァァ。折角、忘れない内に復習しようと思ったのになぁ。……飛んだ邪魔が入ったわぁ」
くそぅ! モブのクセに、いかにも迷惑そうにため息を吐きやがって! 大体、お前は俺のおまけ(つまりはサポートキャラ)なんだから、大人しくチート展開の手伝いをすればいいんだよ。そんでもって、俺の過去は綺麗さっぱり忘れろ!
「で? ご用件は? 言っておきますけど、私、暇じゃないんで。サッサと済ませてくれます?」
場所を変えようと言われてやって来たのは、自習室から出てすぐの中庭。しっかりと距離感を保ちつつ、俺を睨んでくるミアレットだったが……。モブにソーシャルディスタンスを保たれても、悔しくもなんともないし。く、悔しくなんか、ないんだからね!
「だから、俺にもチートを寄越せって、言ってるだろ! お前がいきなり上位クラスだったのは、チートがあったから……だよな?」
「はぁ? そんなもの、ある訳ないでしょ。チートなんてあったら、こんなに勉強してないって。私は元の世界に帰りたくて、魔法の勉強をしているんですよ。どっかの誰かさんのせいで、異世界転生に巻き込まれた挙句に、苦労させられてるの。……それなのに、チート? 勘違いもいい加減にしなさいよ、このヒキニートが」
ちょ、ちょっと待て! 俺がいつ、ヒキニートだって言った⁉︎ 俺はただのニートだ! 一応、ママとの交流はあったもん! 引きこもりじゃないもん! それと、チートがないって嘘だよな⁉︎ 嘘だと言ってくれ!
「そもそも、女神様達にこの世界の魔法について、説明されなかったんです? 彼女達に言われた事をちゃんと理解できていれば、そんなキショい妄想は生まれないはずですけど」
「キショい、言うな!」
しかし、何となーく、そんな事を言われてもいたような……。
「……私がこっちに来た時、マナ様に言われましたよ? 魔力があることと、魔法が使えるのは別の話だから、ちゃんと勉強しなさいって。この世界の魔法は難しいんだって、きっちり言われたし……実際にこの世界に放り込まれて、痛感したけど」
えぇと、初日はエレメントを選んで、魔力チートをもらって……。この世界についても、一応は説明されて……。
《この世界では魔力があることが、そのまま魔法を使えることにはならんものでな。いくら魔力量が多くとも、魔法を使いこなせるかどうかは別問題だ。故に、弛まず鍛錬に励むように》
言われてた! 確かに、マナ様に言われてた気がする! 妙に努力しろと念押しされていると思っていたが……いや、だってさ? 冒頭部分の啓示なんて、タダの通過儀礼だと思うじゃん? チートあるあるの様式美だと思うじゃん? 転生者には特例措置が発生するのは、デフォルトだろ⁉︎
「あれ……脅しでも冗談でもなく、ガチだってってこと……?」
「いや、こっちで13年も過ごしてて、気づかないとか。……どんだけ、頭にお花畑が広がってるんです?」
これ……立場的にかなりヤバい状況じゃない? ミアレットに軽蔑されているのはともかく、俺は13年間、ほぼ魔法の勉強はしてこなかった。それもこれも、主人公特典があると信じていたからだが……この世界、いわゆるチートラノベの世界じゃなかったのか……?
「……向こうで、この日・この時間に死ねば、魔法世界に受け入れてやる……って、スマホにメールが来てたんだよ。んで、どうせ生きてても楽しいこともないし、転生できるんだったらやってやろうって、あの日飛び降りたんだけど……」
「いや、待って。なんで、そんなオカルトチックな話にホイホイ乗っかるの。……まぁ、死にたいくらいに辛かったって事情は察してあげたいし、実際に転生はできているもんだから、オカルトで片付けられないかもだけど。で……もしかして、あの日がその指定日だったのかしら?」
「あぁ、そうだよ。でも、さぁ。俺が知ってるラノベ世界じゃなかったんだよなぁ、ここ。これじゃ、転生し損じゃないか……」
「お望みの展開がなかった事は……うん、それは残念だったねとしか、言えないわー。それ以上に、そのメールを出した奴が誰かが問題だと思う。受け入れてやるって時点で、こっちの世界の奴な気がするけど。女神様達の様子を見ている限り、自殺を唆す感じじゃないのよねぇ……」
「だよなぁ。……俺、てっきり女神様に呼ばれたんだとも思ってたんだけど。マナ様もシルヴィア様も、殺伐とした雰囲気じゃなかったよな」
もしかして、俺は……騙されたのか? ミアレットの話を聞いていても、奴も楽して美味しい思いをしているわけではなさそうだ。
「ま……メールを送った奴については、さて置き。来ちゃったもんは、仕方ないでしょ。だったら、こっちの世界でも楽しくやれればいいと思うし、今からでも頑張ればいいんじゃないの?」
「へっ?」
「平凡なOLだった私でさえ、ここまでできたんだから。アンタにだって出来るでしょ。それに、魔力適性がある事自体がラッキーなのよ? 女神様達に魔力適性だけはちゃんと貰ったんだから、それを活かさないなんて、勿体ないわ」
なんか、前向きに励まされたが……。そう、言われてもなぁ。俺、努力なんてした事ないし、仕方も分からないし。頑張るって、どうすればいいんだ……?




