5−59 自責の沼にドップリ沈んでいる
処理場とサイラック邸の捜索から、一夜明けて。ミアレットは僅かながらの浅い眠りから目覚めるが……気持ちの整理が追いつかないと、起きて早々にベッドの上でため息を溢す。
(結局、ナルシェラ様の行方は分からず終いかぁ……。あ、そうじゃないわね。場所は分かっているけど、行き方が分からない……だったっけ)
サイラック邸はウコバク達も総出で家探しが行われたそうだが、キーアイテムと思われる「王家の至宝」こと、「白薔薇の髪飾り(正式にはバレッタらしい)」はとうとう見つからなかった。ナルシェラに繋がる手がかりが切れてしまったが……意外な人物の証言により、髪飾りそのものが魔力適性奪取のギミックであった事が確定したため、ようやく王家の魔力適性が封印されていた原因は判明しつつある。
意外な証人……キュラータの弁によれば。白薔薇の髪飾りを奪えば、魔力適性も奪えるとガラファドの祖父に入れ知恵したのは、キュラータの先輩にあたるリキュラという人物であり、延いてはグラディウスの神が画策した事だった。
(王子様達……いや、彼らのお祖父ちゃんの代からかしら? そのリキュラさんって人が髪飾りに細工をして、王様達から魔力を奪い取っていたのよね……)
シルヴィアがローヴェルズに残したとされる「白薔薇のバレッタ」は、マナツリーの化石でできている貴重な魔法道具。霊樹の性質をほんのりと受け継ぐこの道具は、僅かながらに清らかな魔力を吐き出す事ができる。だが、その魔力は誰でも享受できるわけではなく、恩恵を受けるには特定の血筋……つまりは、シルヴィアと同じ「精霊の血統」に連なることが条件だった。
キュラータも具体的な方法までは、知らされていなかったようだが。彼が知る限りでは、ガラファドの祖父の代に魔力にまつわる「王家の色」を奪い、そちらを大臣一家も享受できるように、髪飾りの性質を作り替えていたらしい。そして、魔力の大元を王家から引き剥がす事で、王族達を無能たらしめたのだ。
(そして、ナルシェラ様は自力で「色」を取り戻しそうだったから、連れて行かれた……かぁ)
この世界では青い瞳は珍しくないし、自身の瞳も青いため、ミアレットはナルシェラの瞳だけが青い事になんら疑いを持たなかったが。王族の瞳が青かった場合はやや特別な意味を持ち、「女神と同じ色」を宿していると認識されるそうな。
そして、ナルシェラは髪飾りなしでも「女神と同じ色」……つまりは、女神と同じ素質を取り戻しつつあると判断されたため、魔力適性注入の処置をされた後に、眠らされたまま「とある場所」に連れ出されていた。そして、そのとある場所というのが……。
(グラディウスの神様の所……)
キュラータのご主人様がいる場所であり、黒いリンゴが生まれる場所。であれば、キュラータにガイドをお願いすれば、アッサリと乗り込めそうなものだが……ルエルとの契約で祝詞が書き換えられた事もあり、キュラータに刻まれていた転移魔法の回路は既に反応しなくなっていると言う。ご本人によれば、「完璧に見捨てられましたね」との事だったが。……意外と図太い彼は「人探しが続行できれば、帰れなくても構わない」と、開き直る始末である。
(でも、それじゃ困るのよぅ……! 一刻も早く、ナルシェラ様を助けに行きたいのに……!)
しかし……しかし、である。この場合はご本人様が宜しくても、総合的な状況は非常に宜しくない。
キュラータには悪いが、ミアレットにしてみれば彼の立ち位置よりも、ナルシェラの状況の方が圧倒的に心配である。彼が酷い目に遭っていないかを考えるだけで、ミアレットの胸は心配で張り裂けそうで……昨日も見事に眠れなかった。極上のフカフカベッドに慣れない以前の問題である。
(それに、ディアメロ様も心配なのよね……)
もちろん、最も心配なのはナルシェラではあるが。……正直なところ、ディアメロもかなりマズい。
ナルシェラは行き倒れたのではなく、攫われていた。しかも、悪名高き暗黒霊樹・グラディウスの神様の手に落ちている。深魔を生み出す元凶に攫われたとあらば、まだ城内で転んで頭を打っていた方がマシだったと……またも、「あの日にしっかりと迎えに行っていれば」ナドナド、ディアメロは頭の中で「Ifストーリー」を元気にフル回転させ、自責の沼にドップリ沈んでいる。「君のせいじゃない」と気安く言ってみたところで、彼をネガティブ沼から引き上げるのは難しい。
「ミアレット様、お目覚めはいかがですか?」
「あっ、はい! 起きてます……」
「……では、改めておはようございます。昨晩はよく眠れましたか……は愚問でしょうか。昨日の結果を受けて、ぐっすり眠れる方がおかしいですよね」
「アハ……そっすね」
きっと、ミアレットが目覚めた気配を感じ取ったのだろう。静々とやってきたかと思えば、専属メイドらしく、あれこれとミアレットの世話を焼くカテドナ。彼女も昨晩は大変だったろうに、疲労感を微塵も滲ませる事なく、涼やかな美貌は相変わらず。手際も完璧ならば、所作も完成されていて……ご本人様が寝ぼけ眼を擦っている間に、テキパキとミアレットの身支度も完了させる。
「それはそうと、ミアレット様」
「えっと、どうしました?」
「例のサイラック邸ですが、騎士団にて管理される事になったそうで……調査が終わった後は、魔法学園の宿舎として利用して良いとリオダ様から許可が出ました」
「そうだったのです? えぇと、それじゃぁ……」
「えぇ。第一目標である、常駐先確保は達成できそうです。……とは言え、ナルシェラ様が見つかっていない以上、安心するにはまだまだ早いのですけれど」
しかし、完全無欠と見せかけて……なんだかんだで、カテドナも心残りがある様子。長いまつ毛を寂しげに伏せると、やるせないとばかりにため息を吐くが。
「……それでも、できることをやるしかないです。ナルシェラ様がいる場所は分かっているんですから、迎えに行ける方法を探さないと」
「その通りですね、ミアレット様。……ふふ。ミアレット様の心意気は、このカテドナも感嘆するばかりです。これでこそ、誠心誠意お仕えする甲斐があると言うもの」
「いや、そんなに大した事、言ってませんけどぉ?」
いつものヨイショもバッチリ決めて。口元に微笑を取り戻したカテドナに続いて、部屋を出るミアレット。
……いずれにしても、明日から新学期も始まるし、ディアメロ同伴で登学する事も決まってしまっている。そうともなれば、一緒にナルシェラ救出の手段を見つけるのも一考である。……何せ、魔法学園本校には膨大な蔵書数を誇る「魔法書架」があるのだ。純粋な魔法書だけではなく、学術書も幅広く取り揃えていると聞くし……これを利用しない手はない。
(……そうよね。明日からはもっと忙しくなりそうだし、悩んでいる暇なんてないわ。……ディアメロ様の分まで、しっかりしなきゃ)




