5−58 お飾りの大臣
「奇遇ですな、カテドナ。もしかして、手がかりがこの階にあるのですか?」
「お疲れ様です、ロイスヤード様。ヒスイヒメの探索結果によれば、そうなるようです」
それはそれは……と、いつも通りに柔和な微笑を見せるロイスヤードであったが。激震の元凶であると判明している以上、今の彼は何よりも恐ろしい。
「……カテドナ様。一応、申し上げておきますと。……例の匂いは、こちらの部屋から特に強く感じます」
どことなく、気まずそうに。現実から視線を逸らしたヒスイヒメが、すぐ横の部屋を示すものの。そうされて、カテドナもチラとそちらを窺うが。……廊下の少し先で繰り広げられる、異常な光景をスルーできるはずもなし。部屋に誰もいないのを確かめた後で、廊下の惨状に視線を戻す。
「状況から察するに、ロイスヤード様を怒らせたのは、偽天使ではなく大臣達だったようですね。はぁ……本当に、何をしたのやら。手の甲に、呪いを刻まれていますし……」
「ひっ……! 呪いってまさか、アレ……ですか?」
「えぇ。ヒスイヒメのご想像通りのアレでしょう。……先んじて、ご愁傷様とでも申しておきましょうか」
ラウド達にはサッパリな内容であるが、途端にヒスイヒメが怯え出したのを見るに……ロイスヤードが施したのは、非常に恐ろしい呪いでもある様子。プルプルと震え出した彼女を宥めるように抱き上げると、カテドナがラウド達にも事と次第を説明し始める。
「バトラー階級以上のアドラメレクの飾り羽は、羽柄の先端で固有の呪いを刻むことができるのです。そして、ロイスヤード様の飾り羽がもたらす呪いは、潔白のデリート。この呪いを受けた者の声は、呼べど叫べど、他者には聞こえなくなります。……口は災いの元と、よく申すでしょう? 舌禍にまつわる全てを消去するのが、ロイスヤード様の呪いですよ」
「……!」
カテドナの説明を受け、一気に顔を引き攣らせる兵士の面々。そうして、ラウド達もステフィアの手の甲に注視してみれば……そこには確かに、真っ白な孔雀の目玉模様が浮かんでいる。
「私には、美しい模様にしか見えませんが……」
「あれが、呪い……ですか?」
「紛れもなく、呪いですね。あぁ、不用意に近づかない方がいいですよ。……魔力の波長が近しい者であれば、伝染する可能性がありますから」
仄かに輝く紋様は、一種の神々しささえ感じられるが……これが呪いだとは、誰が想像できようか。しかも、ご丁寧にも感染るらしい。
「ひぃっ……!」
カテドナの意地悪な解説に、ヒスイヒメの恐怖を理解したラウド達。少しばかり、間抜けな様子で軽く飛び退くが……兵士達以上の大袈裟な様子で、ズザザっと後退りしたのはガラファドであった。
「なっ……感染るのか、これは⁉︎」
「左様ですな。あぁ、ご安心ください。カテドナの言う通り、呪いが伝播するのは、魔力の波長が合う相手のみですよ。とは言え……同じ甘い汁ならぬ、甘い魔力を吸っていたあなたは、感染率も高そうですな」
恐怖に顔を歪めるガラファドに、嬉々として追い討ちの言葉を投げるロイスヤード。そんな中、あれ程までにギャンギャンとうるさかったステフィアが、言葉もなく涙を流しているのだから……呪いは本当なのだと悟る、ラウドご一行。
「さて……と。残念なことに、重要参考人を取り逃がしてしまいましてね。こればかりは私の落ち度なので、しっかりと反省文を認めねばなりません」
「ロイスヤード様が失敗、ですか? それこそ、あり得ない……あぁ、もしかして。そちらの小娘が邪魔をしたのですか」
「ふむ……見方によっては、そうなりますかな。しかし、あの程度の妨害に気を取られたのが、何よりもいけない。……私もまだまだですな」
ロイスヤードの怒りは鎮まった後のようだが。彼を相手に、妨害をしでかすなんて……なんて勇気のあることだろうと、カテドナは悪い意味で感心してしまう。彼を怒らせるなんて、本来ならば命がいくらあっても足りないというのに。
(命が残っただけマシ……いえ、そうではありませんね。……ロイスヤード様の呪いを受けたとあらば、いっそ死んでしまった方がいいのかも知れません)
地位を失い、声も失い。その上、呪いをばら撒くともなれば。物理的にも、立場的にも、ステフィアに手を差し伸べることはおろか、近付く者さえいないだろう。……終わりを選ぶ勇気があるのなら。生き地獄から逃げ出した方が安寧を望めるかも知れないと、カテドナはロイスヤードの恐ろしさをまざまざと思い知る。
「それで……代わりに、ガラファド殿に話をお伺いしようとしていたのですが。……呆れたことに、情報は出すから小娘の呪いを解けなどと、申しましてからに。……処遇をどうしようかと、この老体めも悩んでおったのです」
しかも、呪いをかけた当人はステフィアの行く末など、気にも留めない。親娘共々、軽蔑の対象となっているようで、ラウド達にはニコリと微笑む傍ら、ガラファドに向ける視線は冷ややかだ。
「ならば、ガラファドの処遇はこちらにて引き受けましょう。……それでなくとも、サイラック家は王家の至宝を強奪し、不当に魔力を奪っていた疑いが浮上しておりましてな。こちらの屋敷ごと没収し、下働きでもさせるのも面白い」
「なっ……! ラウド、貴様は何を言っておるのだ⁉︎ 私は、ローヴェルズの大臣だぞ⁉︎ 今まで、この国を動かしてきたのは……」
「お前だとでも、言いたいのか? ……魔力があるというだけで、威張ることしかしてこなかったお前が? 国の何を動かしていたと言うのだ?」
言われてみればその通りで、ガラファドが執務と称してやってきたことは、王家と騎士団の財源を絞ることくらい。それでなくとも、今の人間界は政治なんぞが機能しなくても、それとなく回ってしまうくらいには平和である。霊樹復活に伴い、復興にも天使達が力を入れた結果、人間界は末端に至るまで魔力の恩恵を受けられるように、整備し尽くされていた。余程の贅沢を言わない限り、人並みの生活はきちんと保障される世の中だ。
確かに、ガラファドの祖父は狡猾でありながら、優秀な大臣でもあったのだろう。動乱の終戦時期ということもあり、愚王・メリアデルスを支えてローヴェルズ王宮を立て直したのも、事実ではある。しかし、復興が完結した今となっては、目立った功績はなきに等しい。今のサイラックはただただ私腹を肥やす事だけしか能のない、「お飾りの大臣」でしかなかったのだ。
「……サイラック家が大臣として収まっていたのは、霊樹戦役後の復興の手腕を買われたからだ。だが、今のお前達は王宮に寄生して贅の限りを尽くすのみ。そんな大臣なぞ、いない方がいいに決まっている」
「……!」
そう……サイラック家の大臣が優秀だったのは、ガラファドの祖父の代まで。サイラック家に有利になるように王家との関係性の下地を整え、「ローヴェルズの王族はお飾り」の構図を作り出せたのも、結局は彼が突出して優秀だったからの一言に尽きる。




