5−56 真逆の神話
「い、今の振動は一体……?」
ロイスヤードの指示通りに、カテドナ達は少しでもナルシェラに繋がる手がかりを見つけようと、サイラック邸を捜索していたが。突然、頭上からズドンと大袈裟な衝撃音が響いてくる。
「この感じは……もしや?」
「カテドナ殿、何かお心当たりが?」
「……ロイスヤード様の魔力の圧力ですね。やれやれ。あの天使もどきは、とうとうロイスヤード様を怒らせたのですか。一体、何をしたのやら」
人の姿に戻っているカテドナは、さも呆れたと遠い目をしている。ロイスヤードを怒らせたのは、ミーシャではなくステフィアだったのだが……彼女達には事実を知る術もないし、知る必要もない。
ただただ温厚なロイスヤードを怒らせた愚か者がいて、ただただロイスヤードが本気を出しただけ。
ただ、それだけである。
「いずれにしても、私達の任務に支障はありません。このまま捜索を進めましょう」
「しかし……本気を出したという事は、苦戦をされているのでは?」
「いいえ? あのロイスヤード様に苦戦なぞ、あり得ませんわ。あるとすれば……偽天使がロイスヤード様の癇に障る事でも言ったのでしょう。本当に、馬鹿なことをしたものです」
まるで見透かしたように、淡々と予測を述べるカテドナであるが。少しばかり、愉快なことを思い出したのだろう。クックと押し殺すように、微笑を漏らす。
「ふふ……ロイスヤード様を怒らせたからには、タダでは済まないでしょうね。あれでロイスヤード様は、呪術にも精通しておいでです。死なずとも、相当に厳しいお仕置きを受けているものかと」
それは面白がっていい事ではないと思う。ラウド以下、兵士達の面々はカテドナの貴重な微笑(悪魔風味)に、思わずたじろいでしまうが。当のカテドナはすぐさま涼しい表情を取り戻すと、冷静に足元で鼻を鳴らしているヒスイヒメに調子を問う。
「……ところで、どうですか? ヒスイヒメ。何か、手がかりになりそうな匂いはありましたか?」
「はい……少し先から、ナルシェラ様と一緒にいた相手の匂いが漂ってきます。ピンポイントで匂いが固まっているのを感じるに、何かの目的があってこの屋敷に寄ったものかと。匂いもまだまだ強いですし、立ち去ってから時間もそう経過していません」
「そうでしたか。では……早速、そちらに向かいましょう」
ヒスイヒメのガイドに従いつつ、ラウド達の様子にも気を配るカテドナ。確かに、ヒスイヒメの鼻は非常に頼りになる。だが、カテドナもヒスイヒメもこの屋敷に来るのが初めてならば、屋敷の主人について何も知らない。一方で、ラウド達はその限りではないだろう。
(この様子ですと……ナルシェラ様の行方もそうですが、大臣にも隠し事がありそうですね。特に……ラウド様の表情が気にかかります)
ナルシェラが第一なのは、間違いないのだろうが。それ以外にも探し物があると見えて、兵士達の面差しが屋敷に入った途端に、極端に険しくなっていた。
「……ラウド様。少し、お伺いしても?」
「何でしょうか、カテドナ殿」
「……皆様は何をお探しなのですか? 察するに……ナルシェラ様の手がかり以外に、探し物があるのでは?」
「……」
カテドナの問いに、ラウドの表情が一段と強ばる。そして、彼のすぐ隣に控えていた兵士の眉間にも皺が寄ったのを見る限り……余程、重要な事なのだろう。
「やはり、カテドナ殿には敵わないな……そうですね。ここは正直に、白状してしまうか」
「し、しかし、副団長……!」
「そうだな。これはグランティアズの問題だものな。本来……カテドナ殿には、関係のないことだ」
だが、気付かれてしまったものは仕方ない……と、ラウドが探し物について語り始める。
「ローヴェルズ王宮とサイラック家のギクシャクした関係は、今に始まった事ではなくてな。ガラファドの祖父の代……大凡、霊樹戦役の直後からか。……王族は魔力を取り戻せなかったという理由で、サイラック家が我が物顔で振る舞っていたのだ」
淡々と、それでいて悔しそうに。ラウドは歩みを進めつつも、無念を滲ませては言葉を続ける。
「どうやら、ガラファドの祖父も相当に強欲な奴だったようでな。……何を勘違いしたのかは、知らんが。ローヴェルズ王宮の至宝でもあった、白薔薇の髪飾りを王宮から奪ったのだよ。王に相応しい宝は、本物の王が持つべきだ……と」
「白薔薇の髪飾り……あぁ、そう言えば。シルヴィア様は確かに、そんな髪飾りをしていましたね。そして、死に際の父王を看取った際に、故郷への餞別として残したと聞いておりましたが」
「……えっ?」
カテドナの何気ない呟きに、ラウドだけではなく、兵士達も驚きの表情を隠さない。
それはそうだろう。何せ、女神・シルヴィアは恨みのあまりに父王を見捨て、ローヴェルズ王族から魔力を取り上げ……結果として、「愚王」たらしめたと伝えられていたのだから。そんな女神が恨んでいるはずの父王を看取り、餞別を残したりするだろうか……?
「我らはてっきり、女神様とローヴェルズ王族は不仲なのだと、思っておりましたが」
「なるほど。……どうやら、シルヴィア様の恩寵をなかったことにした挙げ句、事実を曲げて伝えた者がいるようですね」
「そのようですな。だとすると……」
「……えぇ。おそらく、不仲説を作り上げたのは、大臣の祖父とやらだったのでしょう」
まだまだ憶測の域を出ないが。おそらく、ガラファドの祖父は真実を曲げて伝えることで……王宮の権力をほしいままにしたのだろう。
ローヴェルズ王族が女神に連なる最高の血筋を引いている現実は、どう足掻いても覆らない。だったらば、女神の温情と餞別をなかったことにし、女神の血筋を引いているからこそ蔑ろにされたのだ……と、真逆の神話をでっち上げれば。彼にとって、何よりも都合のいい構図が出来上がる。
「悪いことに、シルヴィア様が父王・メリアデルスから虐げられていたのは事実ですから。人間界では有名な話でもあったようですし……父王が見捨てられたとした方が、信憑性も生まれるというものです。これでは、王族の立場は危うくなると同時に、大臣の権力が相対的に強まるのも……ままある事でしょうね」
だが、事実はやや異なる。
晩年のメリアデルスは彼女への仕打ちを心から悔い、霊樹戦役を生き延びた事も幸運と……残りの人生はローヴェルズの復興に尽力し、「愚王」と揶揄されようとも最終的には娘と和解していたのだ。しかし……残念な事に、国王と女神の和解はきちんと公表される事もなければ、父王の死に際に「娘」が流した涙の意味も伝わる事はなかった。
「シルヴィア様は既に、女神として立派にお役目を果たしていました。だからこそ、父親だけを特別扱いもできなかったのでしょう。故に……彼女が父王の最期を見届けるために降臨した事も、公にはなりませんでした」
それでなくとも、シルヴィアは元来から大人しい性格である。彼女はこっそりと人間界にやってくる事はあっても……仰々しく降臨する事を良しとしない。その女神の美徳もまた、大臣にとって都合が良かったのだ。
【登場人物紹介】
・メリアデルス・ヴァンクレスト・グランティアズ
オフィーリアの女神・シルヴィアの実父であり、現代より3代前のローヴェルズ国王。没年67歳。
壮年期は「暴君」として悪名を馳せ、ローヴェルズに圧政を敷いていたが……実際には、最愛の妃を失った事による反動であったらしい。
そのためか、妃によく似た妹姫・ジルヴェッタを溺愛する傍ら、妃の色を引き継がなかった姉姫・シルヴィアを蔑ろにしていた経緯がある。
クージェ帝国と一触即発の状況を作り出していたが、戦争に入る前にリンドヘイム聖教に実験台として利用された事により、皮肉にもクージェ帝国との全面戦争は免れている。
霊樹戦役後に、女神・シルヴィアとも和解。
晩年はそれまでの暴君っぷりが嘘のように、穏やかにローヴェルズを導いていた。
・ジルヴェッタ・ヴァンクレスト・グランティアズ
シルヴィアの双子の妹であり、暴君・メリアデルスの愛娘。没年15歳(推定)。
姉・シルヴィアの分まで父王に愛されていた事もあり、父親に負けず劣らず、高慢で攻撃的な性格。
国王の寵愛をいいことに、ワガママ放題に振る舞っていたが……霊樹戦役の際に行方不明になったとされており、彼女がどのような最期を迎えたのかについては、正確な記録は残されていない。




