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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第5章】魔力と恋の行方
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5−55 モノホンの化け物

 見れば見るほど、目の前の白いアドラメレクは優雅で美しい。燕尾服の裾から伸びる、長い尾はどこまでも純白。悪魔だというのに羽は穢れなく煌めき、燕尾服の光沢のある深緑と相まって、華やかなコントラストを放っている。


(そうよ……これよ、これ! ますます、いいじゃない!)


 そんなアドラメレク……ロイスヤードを前に、またも勝手な判断基準で「自分に相応しい」と思い込むステフィアであったが。無論のこと、当のロイスヤードの視界には、未だステフィアは存在していない。


「って……うっわ! ミーシャ、何してんだよ⁉︎」


 ステフィアが内心で勝手に盛り上がっているなんて、誰も知る由もなく。衝撃音に驚いたらしいガラが、廊下の向こうから慌ててやってくる。


「うっさいわね。見て分かんないの? 侵入者がいたから、やっつけようと思っただけだし。……リキュラからも、あんたの撤収まではフォローするように、言われてたんだけど⁉︎」

「そりゃ、そうだけども……!」


 騒動を聞きつけて、やってきたはいいけれども。ガラはミーシャが異形を顕にしているのにも気づくと同時に、彼女の旗色が悪い事もすぐさま悟る。何せ……ミーシャとガラを静かに見つめているのは、見覚えのある盾と漆黒のハルバードを構えた、とある悪魔だったのだから。


「ウゲェ……っ! まさか、こいつ……アドラメレクかよ⁉︎」

「ほっほっほ、どうやら……そちらのお若いのは、我らをご存知のようですね?」

「い、いや……ご存知も何も……」


 そもそもアドラメレクと思しき悪魔に存在を気取られたから、ガラは「ある物」の回収ついでに、「最後のご挨拶」に来ていたのである。後は撤収するのみ……であったのだが、本人の趣味が高じて「ガラファドへのご挨拶」が長引いたため、やや逃げ遅れた格好だ。


「ミーシャ、とにかく撤収! 逃げるぞ!」

「ちょ、何でよ⁉︎」

「分かんねぇのかよ⁉︎ モノホンの化け物を相手にしてたら、命がいくつあっても足りねぇぞ!」

「チッ! 分かったわよ。……あんたの意見、立ててあげる」


 ガラに諌められ、少しは冷静になったのだろう。悪態をつきつつも、思いの外素直にガラに従うミーシャ。戦況には悔しさが残るが、ミーシャは元より、不完全ながらも賢い子だ。ロイスヤード相手には手も足も出ないと、薄々と実力の差を痛感していた事もあり、アッサリと矛先を収める。


(ふぅ……ミーシャの聞き分けが良くて、助かったぜ……!)


 いつもの気怠げな表情と少女の姿を取り戻し、ミーシャはサッと後方へ跳躍すると、ガラの後ろに控えた。しかしながら、瞳には未だ怒りを宿したまま……ロイスヤードを憎々しげに睨みつけている。


「覚えてなさいよ、クソジジイ……! 次に会った時は、ギタギタにしてやるんだから」

「ふぅむ……その言葉遣いは、やはりいただけませんな? それに……誰が逃がして差し上げると、申し上げましたか?」


 次はありません。そう言うが早いか、純白の孔雀が軽やかに廊下を舞う。そうして、手にしたハルバード・イブリースブラントを一振りすれば。廊下のタイルというタイルが一直線に裂け、ガラとミーシャの足元を強か抉る。


「うわっ……! ちょ、ちょい待ち!」


 折角、もう少しで転移魔法の回路を起動できたのに。体制を崩されたことで、ガラの集中力はアッサリと途切れてしまう。しかも、ロイスヤードは悠長に待ってくれるつもりもないらしい。すぐさま禍々しい鉾槍を横薙ぎに払っては、今度はガラの腹を鮮やかに掻っ捌いた。


「うぁ……痛ってぇぇぇ⁉︎」

「ガラ! 喚いてないで、サッサと魔法回路を起動しなさいよ! 傷は塞いでや……ウグッ⁉︎」

「ミ、ミーシャ⁉︎」


 ミーシャもガラの転移魔法発動が最重要だと理解している。だからこそ、彼の傷を塞ごうと回復魔法の詠唱を試みるが……純白のアドラメレクは彼女を盾で吹き飛ばすことで、その呪文さえも無慈悲に掻き消した。


「ご心配なく。……この場で殺しはしませんよ。あなた達にはお伺いしなければならない事が、山ほどあるでしょうから」

「……!」


 絶体絶命とは、この事を言うのだろう。ボタボタと黒い血が溢れる腹を抑えながら、ガラは尚も魔法回路の起動を試みる。しかし、ロイスヤードがガラの企みに気付かぬはずもなし。彼はガラの様子を一瞥し、「諦めの悪い方だ」とフルフルと首を振りつつ、更に一撃を与えようとハルバードを振りかぶるが……。


「そうよ! やっておしまい、アドラメレク!」

「……はい?」


 素っ頓狂な掛け声に、ロイスヤードの動きがピタリと止まる。そんな声の主を、仕方なしに見やれば。……ロイスヤードとしては初顔の見窄らしい娘が、何故か堂々と偉そうに胸を張っていた。


「失礼ですが、あなたはどちら様でしょうか?」

「私はステフィア・サイラック! この屋敷の娘よ!」

「は、はぁ……。では、ステフィア嬢。邪魔しないでいただけますでしょうか。正直なところ、あなた様に構っている暇はありません」

「これから主人になる相手に向かって、なんて無礼なのかしら⁉︎ いいこと⁉︎ 折角、私が専属の使用人にしてあげると言っているのよ? だから、私のことはステフィア様とお呼び!」


 ……何がどうなって、そうなる? 確かに、ロイスヤードは使用人の悪魔ではある。しかしながら、彼が主人と定めているのはサタンであるし、こうして人間界に出ている以上、天使との契約もきちんと済ませている。故に……彼女がロイスヤードの主人になるなんて可能性は、万が一にもあり得ないのだが。


「誠に申し訳ございませんが、この老体めには主人がおりましてね。……あなた様に仕える理由も、道理も、存在しないのです」

「あら、お給金ならきちんと支払うわよ? それに、ちゃんと契約もしてあげるわ。悪魔って契約さえすれば、いう事を聞いてくれるのよね?」

「いいえ、その必要はありません。給金は要りませんし、契約もしませんよ。とにかく、お静かに……」

「そうなの⁉︎ それはつまり……私にタダで奉仕するつもりなのね⁉︎ なんて、素晴らしいのかしら!」

「……なんでしょうな。点で話が通じませんな……」


 ロイスヤードは元より、ガラやミーシャも。意味不明な超理論を展開するステフィアには、もうもう呆れるより他にない。しかし、ロイスヤードの意識を少しでも逸らしてくれたのは、ガラにとっては思わぬ幸運。ロイスヤードが呆気に取られている僅かな隙を突いて、そっと転移魔法の回路を発動せしめた。


「……! 逃げられてしまいましたか……!」

「ふふっ……これでこそ、私のアドラメレクね! あいつら、恐れを為して逃げていったわ!」


 重要参考人を逃してしまっただけでも、かなりの痛手なのに。その上、背後から勘違いも甚だしく、偉そうに声をかけられれば。いくら温厚なロイスヤードとは言え……堪忍袋の緒が切れそうになるのを、必死に堪えるより他にない。そうして粛々と「気を取られた自分が悪い」と思い直すことで、冷静さをギリギリ保っていたが……。


「ほら、とにかく働いて頂戴。早速、ディナーの準備を……あっ、その前に! お茶を用意してくれるかしら?」

「……私の話をきちんと聞いてくださいますか? あなた様にはお仕えする気はないと、申しているでしょう? 私には既に、お仕えしている主人がいるのですよ」

「だったら、そっちとの契約を切って来なさいよ! 悪魔なんだから、忠誠なんてあってないようなもんでしょ? 鞍替えも、当然なのではなくて?」

「ほぉ……? ステフィア嬢はこのロイスヤードの忠誠を、随分と軽んじられているようですな……?」


 ピシリ……ピシピシッ……!

 ロイスヤードの純白の羽毛の下で、何かの筋が弾ける音がする。そうしてもう我慢ならぬと、彼が上尾筒を広げれば。優雅な見た目とは裏腹に、ファサと扇が開かれた衝撃で廊下の天井や壁にピシリと亀裂が走り、足元は魔力の重みでズシリと陥没したではないか。


「ひっ……⁉︎」

「この愚か者が……! 我が忠誠を侮辱するなどと……身の程知らずも、甚だしい……!」


 ……ロイスヤードの勘所。それは彼の忠誠そのものを否定し、疑う事であった。

 生前のロイスヤードには、晩年まで尽くした貴族に忠誠を反故にされた挙句、汚職の冤罪を着せられて処刑された過去がある。それが故に、彼は自身の忠誠を疑われる事を何よりも嫌い、疑いの目を向けてくる者には容赦しない一面があるのだ。

 アドラメレクは「主人に裏切られた事に対する、怒りに飲まれて闇堕ちしてくる悪魔」と解され、彼らが元から使用人然としているのは、この出自に依るものが大きい。悪魔になってからはサタンに(意見をする事も多いが)忠誠を誓い、サタンの方も脳筋なりに彼らの忠誠を裏切るようなことも、疑うようなことも一切していない。……なんだかんだで、サタンはアドラメレク達から愛される、微笑ましい主人だったりする。


「そんなにお望みなら、契約をして差し上げましょう。呪いという名の契約をッ!」


 曲がりなりにも、アドラメレク達からは敬愛されているサタン。あろう事か……そんな憤怒の真祖への忠誠を捨てて、自分に鞍替えしろとこの小娘はほざきよった。

 アドラメレクの実態を知らなかったとは言え。温厚なロイスヤードを激怒させてしまったとあらば、もうもう手遅れである。穏和な相手ほど、怒らせると怖い。……これは人間でも悪魔でも、変わらないのかも知れない。

【武具紹介】

・イブリースブラント(闇属性/攻撃力+225、防御力+54、魔法攻撃力+100)

ロイスヤードが所持する魔法武器。ブレード部分にアダマンクロサイトを使用した鉾槍。

ブレードは斧と鎌とを組み合わせたような形状をしており、素材由来の漆黒も相まって、禍々しい雰囲気を持つ。

リーチの長さに加え、ブレード部分が非常に重いため、振り回すように使うことで驚異的な殺傷力と破壊力とを発揮するが……当然ながら、この鉾槍を振り回すにはかなりの腕力と技術が必要である。


【補足】

・アダマンクロサイト

魔界の最奥エリア・ヨルムツリー周辺の特定区域のみで採掘される、希少性の高い漆黒の魔法鉱石。

通称・クロサイト系鉱物と呼ばれる、魔界の魔法鉱石群の中でも最高硬度を誇る反面、魔力よりも先に瘴気を溜め込む傾向があり、闇属性のハイエレメントを持たない者が触れると瘴気障害を引き起こす可能性がある。

非常に硬い鉱物でもあるが故に加工が難しく、アダマンクロサイトを利用した武具は超貴重品。

そのため、アダマンクロサイトを利用した武具を保持できるのは、魔界でも相当上位階級の悪魔のみとされている。

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「……なんでしょうな。点で話が通じませんな……」←爆笑 そして完全にアドラメレクさんを怒らせるステフィアさん……
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