5−51 発狂にも近い絶叫の果て
サイラック邸の中庭で、突如始まったのは天使(仮)と悪魔の激しいぶつかり合い。エレメントの関係性からしても、状況からしても。順当に考えれば、確かに悪魔・カテドナの分があまりに悪いはずであった。
「ふーん……あんた、結構やるんだ。人間を庇いながら、よくそこまで耐えられるわね? ほんっと、悪魔のクセに善人ぶってるのがムカつくわ」
自分の身の事だけを考えていられるのであれば防衛も容易いし、大天使が相手とて、そこまで遅れをとることもないだろう。だが、カテドナの背後には「守護対象」である人間達がいるのだ。いくら鍛え上げられた騎士団の面々とは言え、上級悪魔でさえも苦戦する天使相手では、無力である。
「見くびらないでいただきたいものですね。……我らアドラメレクは、守護こそが本領。いくら劣勢であろうとも、矜持も、信念も……捨てるつもりはございません」
それでも、カテドナは冷静だ。それもそのはず……対する少女・ミーシャが怒りっぽい性格らしいと、彼女はしっかりと見抜いているのだ。怒りに飲まれたら、勝てるものも勝てなくなる。憤怒の悪魔であるからこそ、カテドナはアンガーコントロールもしっかりと心得ている。
(ミアレット様がご不在なのが、却ってよかったのかも知れません。……彼女に害を加えるとなったら、私も冷静ではいられないでしょう)
一方で、アドラメレクは骨の髄まで使用人気質が染み付いている悪魔である。一時的であろうとも、「主人」と定めた相手を侮辱したり、危害を加えようとする相手に対しては途端に沸点が低くなる。
……かのお茶会での嫌がらせの際に、カテドナが怒りを鎮めるのに苦労していたのは、メイド達がミアレットにちょっかいを出したから。主人に危害が及ぶでなければ、カテドナは常に完璧かつ、冷静な淑女であった。
「そ? それじゃぁ……どこまで耐えられるか、見ものだわねッ!」
粛々と頭の中で防衛の算段を張り巡らせているカテドナに対し、ミーシャが猛々しく吠える。しかして……それはまさに、カテドナの思うツボである。
(そうです……その調子で興奮なさい。ボルテージが上がれば上がる程、怒りのコントロールは難しくなりますから)
自分よりも遥かに丈のある鎌を、まるで手足のように扱うミーシャ。片やカテドナはラウド達の立ち位置を気にしつつも……しっかりと防御魔法の展開ポイントを見定めては、照準合わせも抜かりなくこなす。
「その屈強なる大地の外皮を纏え、我が守護とせん……ガイアアーマー、トリプルキャスト!」
「チッ……! 本当にさっきから、鬱陶しいッ……!」
的確に攻撃を防がれたのも、癪に障るのだろう。気怠げな表情さえも引き剥がし、ミーシャの顔には剥き出しの怒りが滲み始める。そんなミーシャの様子に、カテドナは「しめしめ」と……更に意地悪い演出をしようかと、嘴の端をニヤリと歪めていた。
「おや……この程度の防御も破れないのですか? でしたらば……ふふ。皆様! 防御は私に任せ、攻撃の援護を願います! ここは一気呵成に、攻め落としてしまいましょう!」
「承知しました。攻撃魔法が使える者は、前へ!」
退屈凌ぎという訳ではないが。咄嗟のガイアアーマーが破られなかったのを確認し、更に彼女を煽ろうと……カテドナはラウド達に声を掛ける。そうされて、カテドナの意図もしっかりと理解したのだろう。ラウドは武器ではなく、魔法での攻撃を兵士達に指示し始めた。
「アァッ⁉︎ ゴミ共が……! 調子に乗るなよッ⁉︎」
防御魔法の向こう側。安全地帯から無遠慮に放たれる、格下の相手からの攻撃魔法。ミーシャは怒鳴り散らしながらも、しっかりと防御魔法を展開し……攻撃を防ぐものの。そんなミーシャの防御魔法を嘲笑うかのように、今度は彼女の脇腹に強烈な痛みが走った。
「クハッ……! く、クソッ……!」
「……先程の感触ですと、肋は全滅でしょうか? とは言え……これの一撃を受けて、まだ起き上がれるとは。……手心を加えたつもりは、なかったのですけれど」
打撃の主であるメイスを握りながら、冷めた様子でミーシャを観察するカテドナ。一方で……ミーシャはギリギリと歯を鳴らしながらも、器用に魔法詠唱を迅速にこなして見せる。
いくら仮初とは言え……そこは大天使というもの。ミーシャは素早く回復魔法を展開すると同時に、しっかりとディバインウォールをも展開し、体制を立て直した。そして……。
「……あったま、キた……! お前ら……全員、殺す……! ぶっ殺してやらぁぁぁッ‼︎」
ブワッと殺気立つ、小柄な天使。純白の魔法陣に彩られていても、彼女の形相は悪鬼そのもの。光属性の魔法さえも、その本性を隠し通すには弱々しく。折角の神々しささえも、狂気で上書きして……ミーシャが悍ましい咆哮を上げる。
「少し、煽り過ぎてしまいましたか? それにしても……何とまぁ、痛ましい本性でしょうね。こうなると、アレは天使ではなく悪魔に近いのかも知れませんね……」
発狂にも近い絶叫の果てに。少女だったはずの天使は……白い翼を真っ赤に染めた、死神さながらの姿へと変貌を遂げている。顔こそ肉を持ち、あどけなさを残しているが。手足は継ぎ接ぎであったのか、緩んだ包帯の下から覗く接合跡がとにかく痛々しい。
【武具紹介】
・野心を抱く三日月(光属性/攻撃力+108、魔法攻撃力+99)
ミーシャが所持する魔法武器。
ミシェルの愛弓・アンヴィシオンの性質をベースに、ミーシャと共に具現化した白銀の刃を持つウォーサイス。
元となったアンヴィシオン(野心)が示す通り、ミーシャの「大天使に復讐し、成り代わる野望」を体現したような武器。
性能こそオリジナルの神具には及ばないが、白銀の神々しさと大鎌の禍々しさとが同居した外観は、神具顔負けの神聖性と威圧感とを存分に放つ。
【魔法説明】
・ガイアアーマー(地属性/上級・防御魔法)
「その屈強なる 大地の外皮を纏え 我が守護とせん ガイアアーマー」
物理攻撃に特化した、堅牢な防御魔法。一定レベルであれば、魔法攻撃もある程度は防ぐことができる。
対魔法性能はクリスタルウォールに譲るが、防衛対象の物理防御力を一時的に高める追加効果がある。
しかしながら、地属性の魔法であることもあり、炎属性の攻撃魔法であっさりと破られてしまうことも多い。
クリスタルウォールよりも構築難易度・魔力消費量が控えめで、展開スピードも圧倒的に速いのが特徴。
反面、錬成度を高められないと堅牢性が損なわれるため、追加効果までしっかりと得ようとするならば、相当の修練が必要となる。




